第43話 Monitoring Bottom

そんな格好で何処へ行かれるのですか?

民警は真っ直ぐ私を見て そう問いかけた


これは非常にマズイのではないか?

私は強い危機感を覚えた 嗚呼


私の人生はこれで終わってしまうのか

私の人生はここまでだったのか

そんな恐怖を抱きつつ


何処にも行かない 家へ帰るだけだ

私がそう答えると

そんな怪我で病院は行かないのですか?

民警は再度切り込んできた


これは動物の事故に出くわしただけ

私の血ではないから大丈夫だよ

私が苦しみながらもそう答えると

民警はそれ以上問い詰めてはこなかった


嗚呼 私は助かったのか?

やはり民警は馬鹿なのか?


民警が立ち去っていくその間際

私が内心で喜びかけたその瞬間

彼は捨て台詞を残した


この程度では流石に馬脚を現さないか


その台詞を聞いたその瞬間

私の脳味噌は凍結した

彼のその言葉一つで


私は自分がかなり追い詰められているのだと悟ったのだ


何処マデ知ッテイル?

何処マデ掴ンデイル?


少し離れた人混みの中からまた一人

軍人らしき人が近付いてきて私の耳許へ囁く


今日のところは引き下がっておいてやるが

お前はもうお終いだ お前にはもう自由はない


彼はそう言いながら 人の波の中へと消えていった

先程の民警もそれに倣い 人の波の中へと消えていった

私を監視する人の波の中へ


そう よくよく見ると 私の周囲では

人の移り変わりが非常に少ないものになっていた


あの太った男はもう 1時間以上ずっと私の近くに居続けている

あの痩せた男はもう 2時間以上ずっと私の近くに居続けている

あのおばさんはもう 3時間以上ずっと私の近くに居続けている


確実に私は監視されていた


もっと犯したい もっと殺したい もっと食らいたい

私の中の赤い狂気は訴え続けているのに

もっと犯したい もっと殺したい もっと食らいたい

私の中の赤い狂気は凶悪に暴れているのに


どう見てももう その欲望を満たすことはできなくなっていた

どう考えてももう 人を殺めることはできなくなっていた


本当に私は ギリギリのラインまで追い詰められていた


不安と絶望を抱えたまま家に帰ると

フェーニャが私の姿を見て驚いた顔をしたので


これは動物の事故に出くわしただけ

私の血ではないから大丈夫だよ

同じように伝え 今日はそれでお終い

そうしたかったのだが


フェーニャは戸惑いを浮かべた表情をして

私に言ったのだ


今日 民警の方かしら? コストイェフという人が来たんだけど

貴方のこれまでの出張録を細かく話していったわ

私の知っているものも 知らないものも 覚えていないものも

たくさんたくさん とても細かく話していったわ

これってどういうことなのかしら?


私は雷に打たれた気がした


その雷で私の中の何かが崩れ

その雷で私の中の何かが壊れた


私はトイレに駆け込み吐いた

伊の中が空になる程吐いた


今日は手軽に仕事先の町で1人

明日はちょっと足を延ばして1人

明後日は仕事先の別の町でまた1人


血肉熱死 血肉熱死 血肉熱死

肉肉赤赤 肉肉赤赤 赤赤赤赤

死死死死死死死死


狂気の宴を開いていたのだが

それはつまり


私の狂気の宴の開催地はほぼ全て

私のトルカチの仕事先に紐付いているのだ

私のトルカチの仕事先を知っているのは

狂気の宴の開催地を知っていることだ


あの町で いつ誰が 私に殺されたのかを

その町で いつ誰が 私に殺されたのかを

向こうの町で いつ誰が 私に殺されたのかを


コストイェフは全て知っているのだろう

状況証拠をほぼ全て握っているのだろう


それでもまだ 私の逮捕に踏み切れないのは

そこへ至るピースが少し足りないのだろうが

嗚呼 それでももう


私はお終いだった

いや 既に終わっていたのだ


もっと犯したい もっと殺したい もっと食らいたい

私の中の赤い狂気は訴え続けているのに

もっと犯したい もっと殺したい もっと食らいたい

私の中の赤い狂気は凶悪に暴れているのに


どう見てももう その欲望を満たすことはできなくなっていた

どう考えてももう 人を殺めることはできなくなっていた


その時点で シリアルキラーとしての私は死んだも同然で

その時点で 人間としての私もチェックメイトだったのだ


今の私はもう 処刑を待つ囚人も同じ

残された時間もごく僅か


だが 何かが崩れ 更地な心になった私は

何処かで開き直れてしまったのか

不思議と晴れやかな気分となった


頭の中が混乱してしまっている

整理し 話すには時間がかかるだろうが

フェーニャには必ず話すよ


不安そうな顔をしていた妻に

そう伝えた時も変わらないまま

残り僅かな時間を噛み締めて


そう フェーニャには伝えなければならない

フェーニャには話して聞かさなければならない


本当のこと 本当の私 ろくでもない私

本当のこと 本当の私 シリアルキラーな私

酒乱より遥かに最低最悪な 正真正銘のクズ


こんな本当の私を知ったその瞬間

チカチーロ・ファミリーは終わる


色々と築いたつもりではあったけれど

殆ど崩れて消え去ってゆき

最後に残ったこの家族もまた

遠くない未来に終わる


残された時間は本当に後僅か


明日もまたフェーニャの顔を見られるだろうか?

明日もまた子供達の顔を見られるだろうか?


まだ共に居てくれている有難味と共に

私はその日の眠りについた


この今日が永遠に終わらなければと

愚かしく願いながら

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