第69話 対峙 ①
清流が顔を上げた先にあったのは小川。庵のすぐ後ろを流れていたようだが、今まで気付かなかったのだ。
清流は紅蓮を抱き上げると、小川まで彼女を連れて行った。
「紅蓮、川だ。取りあえず水を」
清流は彼女を下ろした後、両手を川の中に入れて水をすくい、それを紅蓮の口元に近付けた。
「紅蓮」
清流の呼びかけに頷いてから差し出された水に口を付ける。喉を鳴らしてあっという間に飲み干してしまった。
それを何度か繰り返した後、清流は紅蓮を見据えたまま再び口を開いた。
「紅蓮、少し待っててくれ」
そう伝えると立ち上がった。まっすぐ毒丸に顔を向けたまま、そちらへ歩いて行く。
「待って、清流……」
少しずつ遠ざかる彼の背中に手を伸ばしたが、虚空を掴んだだけ。
名残惜しさを感じつつも、清流の後ろ姿を見送った。
「何故、こんなことをした? 紅蓮をあんな所に閉じ込めて、一体どうするつもりだったんだ?」
「何故、か。お前には一生分からねぇさ」
毒丸の背後に見えるのは二石の石。どちらにも女物の着物が掛けられている。
それを不思議に思っていると、突然、
「それ以上近付くな」
毒丸はそう言うと、懐から巻物を取り出した。勢いよくそれを広げてみせる。
次の瞬間、清流の足がぴたりと止まった。
描かれているトラの画を見た瞬間、見開かれた赤い瞳が大きく揺れた。
清流の全身に恐怖が駆け上る。
その場を動きたくても足が
そんな彼の様子を見て、毒丸は再びニヤリと口角を上げた。
「なるほど。こいつは使えるな」
雷太がこの巻物を自分に勧めた理由がよく分からなかった。ここまで持って来た理由もよく分からず、相変わらず変なヤツだと思っていたが、今ならその理由が分かる。
(俺を守ってくれるってのはそういう意味か)
「おい、魍魎。こいつが何だか分かるだろ?」
毒丸はそう言うと、更に巻物を付き出した。
清流の顔はますます強張り、額に冷や汗が浮かぶ。
足の震えを止めたいのに、どうしたって上手くいかない。
何も言い返してこない清流を鼻で笑うと、毒丸は更に続けた。
「不思議なもんだよなぁ? 水神のくせにトラが苦手なんてよ」
「うるさい……」
咄嗟に出た声も震えてしまい、情けなさが次第に自分の中で大きくなる。
こんな姿を紅蓮に見られたくないという気持ちと、彼女だけでも無事に逃がしてやりたいという気持ちが同時に押し寄せる。
——あんただけでも逃げろ――
そう彼女に言いたくても、上手く言葉が出ない。
魍魎が恐れるものは二つ。
一つ目はトラ。昔、別の国の山に住んでいた際、虎を神として祀る神社があり、ぞっとした記憶がある。そのため、清流をはじめ魍魎たちは絶対にその神社には近付かなかった。別の目的でその神社の前を通らなければならない時は、必ず迂回してその神社を避けて目的地に向かった。
二つ目は……。
「本当は
ブナ科である柏は寒冷地や乾燥した地域でも生息するが、この辺りには生息していない。
「今度は柏の葉でも吊るしておかねえとな。魍魎除けにちょうどいい……」
「毒丸っ!」
声のした方に顔を向けると、ちょうどこちらに向かって来た紅蓮が目の前で何かを振り上げた。
彼女が手にしていたのは
毒丸が持っている巻物目掛けてそれを振り下ろす。
巻物は彼の手を離れて行灯ごと地面に叩きつけられると、その衝撃であっという間に炎に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます