第68話 再会

 廃寺を離れた清流は、籠を背負った若い男が歩いて来た道を突き進んで行く。

 女物の着物に片喰かたばみの家紋。彼はそう独り言ちていた。

 恐らく紅蓮はあらものと呼ばれているあの男と一緒にいるのだ。

 複雑な思いを抱えたまま、辺りに顔を向け紅蓮がいそうな場所を探した。

 だが、周辺に建物はほとんど見当たらない。昔使われていたと思われる半壊状態の小屋や屋根に敷いていたススキなどのかやがすっかり抜け落ちて異様な形のまま佇んでいる茅葺屋根かやぶきやねの家屋があるのみ。

 人里では必ず見掛けていた長屋もここでは見当たらない。

 草が伸び放題になっていることから、長らくこの一帯に人間が住んでいないことが分かる。

 だが、不思議なことにそんな寂れた場所であっても確実に人間の気配は感じるのだ。

 清流が顔をまっすぐ向ける先は細い道が伸びている。気配がするのは、その細い道の奥から。

 (この先にいるのか?)

 焦る気持ちを抑えて、その道に足を踏み入れた。


 ※※※


 雷太らいたが去り、再び一人になった毒丸は二つ並んでいる長方形の石を見つめた後、手にしていた着物をそれぞれの石に掛けた。

 雲一つない夜空には満月が浮かび、月明かりがちょうどこちらを照らしている。おかげで、姉の墓(として代用している)石に掛けられた着物の色が判別出来るくらいに明るい。

 その場にしゃがみ込んで、並んでいるそれらを眺めた。ここに来る度に死んだ姉たちの顔を思い出す。

 育児を一切せず夫(毒丸の父親)にかまけてばかりだった母親に代わり、苦労しながら自分のことを育ててくれた姉たちに出来ることはこのくらい。

 いつもボロの着物を身に着けて、綺麗な着物を着ている姿など一度も見たことはない。

 「着心地はどうだ? あんなボロのもんとは大違いだろう?」

 目を細め、穏やかな口調で語りかける。自然と口角が上がっているのが自分でも分かる。

 死んだ姉たちはどう思っているだろう。

 ただ、喜んでくれているなら、それでいい。それだけで十分だ。

 少しの間、墓代わりの石を見つめていた毒丸だが、あることを思い出して顔を上げた。

 そういえば、紅蓮をあんの中に閉じ込めたままだ。

 「そろそろ様子を見に行くか」

 腰を上げて、彼女を閉じ込めている庵へ向かう。

 カギを外して引き戸を開けると、中に籠っていた熱とともに紅蓮が倒れ込むように出て来た。

 何が起きたのか分からないと言った顔で毒丸を見上げる。

 「……毒丸?」

 「何だ、寝てたのか。わりいなぁ、起こしちまって」

 全く悪気のない様子でそう言って紅蓮を見下ろした。

 彼女の額や首元には汗が浮かび、顔色も悪い。元々白い肌が更に青白く見える。

 それでも、彼女は何か言いたげにじっと毒丸を凝視している。両目に非難の色を強く浮かべながら。

 毒丸はそれを鼻で笑った後、更に続けた。

 「そんな顔すんなよ、別に殺そうなんて思ってねえんだからよ。

 しかし、とずいぶん変わっちまったなぁ。豪商なんてのが嘘みてえだ」

 毒丸の言葉に紅蓮は目を見開く。

 (あの頃?)

 「野次馬どもの中に混じっていても、周りと違うのはガキの俺でも分かったぜ。着ている物から持ち物まで全て違うんだから、当然だけどな」

 野次馬と聞いた紅蓮の脳裏に一つの光景が蘇る。

 子どもの頃、母親と出かけたある日のこと。市場で買い物を済ませた帰り道、長屋の前で人だかりが出来ているのを発見した。

 気になって人と人の隙間を抜けて前に出てみれば、目の前には自分と同じ年くらいの男の子が。

 少し離れた場所では大人の男が血の付いた着物を着ていて……。

 「今は見る影もねえな。その白い着物は死装束かよ?」

 毒丸は笑ってそう言うと、紅蓮の着物の袖を踏みつけた。

 その時、背後から何かが近付いて来る気配を感じた。

 「何だ?」

 振り返った毒丸と同じ様に紅蓮もそちらへ顔を向ける。

 段々とその気配は強さを増しているようだった。

 細い道の先を毒丸がねめつけていると、姿を現したのは見覚えのある少年。

 赤黒い髪に赤みを帯びた肌、特徴的な長い耳に、鮮血を思わせる真っ赤な瞳。

 赤い両目に宿した激しい怒りまで、以前見た時と変わらない。

 「魍魎ってえのは恐ろしいな。こんな所まで追い駆けて来んのかよ」

 毒丸が挑発しても、清流の表情は変わらない。

 「紅蓮から離れろ」

 怒りを抑え、短い言葉で彼に言い放つ。落ち着いた雰囲気を見せていても、全身にまとった怒気は禍々しさが渦を巻いている。今にも辺りを焼き尽くしそうな勢いでこちらに向かって来る。

 「清流……」

 紅蓮がか細い声で彼の名前を呼ぶと、清流は一度足を止めた。そして、今までの怒りを忘れたように彼女の元に駆け出した。

 毒丸もそれに合わせるようにその場から距離を取る。

 紅蓮に駆け寄った清流が片膝を付いて彼女を抱えると、彼の手にじわりと湿っぽい感触が伝わった。

 見れば、額や首には汗が浮かび顔色も悪い。蒼白の額や首には数本の髪の毛が張り付いている。

 清流が顔を上げると、目の前には小屋のような狭い作りの建物が。

 窓があったと思われる場所には数枚の板が貼られ、密閉状態だったことが伺える。

 「まさか、ずっとこの中に……」

 「ああ、そうだ」

 声のした方に顔を向けると、毒丸が薄ら笑いを浮かべていた。彼はそのまま続ける。

 「けど、そんなに長い時間閉じ込めてないぜ? ちゃんと生きてるだろ。お前の愛しいお方はよ?」

 平然とした様子で言い放つ毒丸に清流が食って掛かろうとした時、どこからか水の流れる音が聞こえてきた。

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