第14話 回想 ②

 しばらく歩いて行くと大きな屋敷が見えてきた。

 屋敷の屋根に片喰かたばみの模様があることに気付いた清流が尋ねると、「あれは家紋というんだ。人間が使う紋章だよ」と、朧が教えてくれた。

 中に入ると大きな建築物があり、丁寧に手入れされた立派な庭も見える。庭に向かって歩いて行き、池の上に掛かる朱色の短い橋を渡る。

 「なあ、この先に本当に蔵があるのか? 木々しか見えないぞ?」

 「この木々の先に娘が閉じ込められている蔵がある。地上から見えなくても、空からなら一発で分かるよ」

 朧はそう言うと、再び飛び始めた。清流は何も言わずにただ朧の後を付いて行った。

 歩みを進めた先に乳白色の小屋が見えてきた。

 清流はゆっくりとその蔵に近付いて行く。

 「ほら、あの中にいるのが人間の娘だよ。まあ、娘って言ってももう成人しているけど」

 格子から覗いてみると、女が布団で横になって眠っているのが見えた。

 表情は長い髪で隠されていて伺うことは出来ないし、身体にあるという火傷も布団を掛けているから確認出来ない。

 以前見た娘に面影はあったが、清流はまだ信じられずにいた。

 本当にあの時、自分の腕を引っ張って走ってくれた少女なのだろうか?

 そんなことを考えていた時、突然女が目を覚ました。

 まずい、と思った時にはもう遅かった。身体を起こすと、顔に掛かっていた髪が揺れ火傷の跡が露わになった。

 その真っ白な顔の半分は火傷の跡で占められている。見れば、着物の裾から見える同じく白い片方の腕にも火傷の跡が見えた。

 清流はその場を動けなかった。やはり、あの時聞いた音は聞き間違いではなかったのだ。

 「俺があの場にいなければ……」

 あんたは逃げられた。母親も死ぬことはなかったかもしれない。

 絶望の底に突き落とされるのを感じた。

 背後で朧の視線を感じる。どんな表情をしているのかまでは知らない。

 突っ立ったまま動かない清流を女はじっと見つめている。やがてゆっくりと口を開くと、

 「あなたは……」

 言いかけた彼女の目が大きく見開かれる。赤い瞳に赤黒い髪、どこかで見たことがある。

 「……確かめに来た。あの日、周りの木々が燃えさかる中、俺の腕を掴んで走ったのがあんたなのかを」

 「あなた、やっぱり」

 清流は女の言葉を遮るように、格子を両手で掴んだ。

 その手は震えている。

 「すまん。あんたは逃げ遅れて、火傷まで負って、こんな所に入れられて。母親は焼け死んだと聞いた。俺に会わなければ、火傷を負うこともなかったし母親も死なずに済んだ! 全部、俺のせいだ」

 項垂うなだれたまま、顔を上げることが出来ない。恐ろしくて格子越しの彼女の顔を見ることが出来ない。

 魍魎もうりょうのくせに、拒絶されるのが何よりも恐ろしい。

 女はしばらくの間呆然としていたが、震えている清流の手に自分の手を伸ばした。優しく包んでから、再び口を開く。

 「ここに入れられた後、少ししてからあなたのことを思い出したの。ちゃんと逃げられたかどうか気になっていたの。でも、あなたが生きていてほっとしたわ。

 あの時ね、あなたに行けって言われた後、私一旦は母の元に戻ったのよ。あなたのことがどうしても気になったの。母に止められたのに、またあの場所に戻ろうとしたのよ」

 苦笑を浮かべたまま、彼女は更に続けた。

 「だから、あなたのせいじゃないの。私の不注意よ。だから、そんなに自分を責めないで?」

 清流の手を包む彼女の手に少し力が加わる。冷たくて、体温を感じない。

 清流はまだ顔を上げられずにいる。

 「私は紅蓮。あなたは?」

 「俺は……」


 ※※※


 「清流?」

 名を呼ばれた清流は身体をびくりと震わせた後、慌てて顔を上げた。

 目の前には心配そうに見つめる紅蓮の姿がある。

 「どうしたの? 心ここにあらずって感じだったわよ?」

 「いや、その」

 少し黙った後、思い直して、

 「初めてここに来た時のことを思いだしていたんだ。再開した時のことを」

 「あの時の?」

 紅蓮も懐かしそうに呟く。脳裏に浮かんでいるのは、頭を下げて自分を責める清流の姿だろうか。

 「あの時は本当に驚いたわ。まさか会いに来てくれるなんて思わなかったから」

 「あんたのことがずっと気になっていたから。でも、まさかこんな……」

 言いかけた途中で言葉を切った。これ以上は口にする必要はない。

 「いや、何でもない。今日はくしを渡せて良かった」

 「それと桃の花ね」

 紅蓮は清流から受け取った桃の花を手にする。

 「なぁ、紅蓮。いつか必ずここから出してみせる。だから、もう少し我慢してくれ」

 「清流……」

 「あんたがずっとここに閉じ込められている必要はない」

 真剣な表情を見せる清流に紅蓮はただ静かに頷いた。

 夜の暗い空が徐々に白み始める。

 昇り始めた朝日が別れの時を知らせている。

 「俺はそろそろ行くよ。またな、紅蓮」

 「ええ。ありがとう、大事にするわ」

 笑顔を向ける清流に彼女も同じ様に微笑んだ。

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