第16話 寿(ひさ) ①
中では奉公人たちが慌ただしく調理作業に追われている。
家人やこの商家でお勤めをする者たちの朝餉を作っているようだ。
味噌汁のいい香りや魚が焼ける匂い、根菜を包丁で切る音などが調理場を包む。
その様子を目にした寿の頭に浮かんだのは実家の台所。
朝早く朝餉の準備に取り掛かる母の後ろ姿を思い出していると、突然一人の女中が料理が盛られた皿を乗せた盆を持って、寿の元に歩いて来た。
「はい。これ、出来たから持って行って」
「は、はいっ!」
驚きつつ、その盆を受け取ってから、何気なく視線を下ろすと、
(え?)
寿は驚いて、自分が持っている朝餉と家人や他の奉公人用の朝餉を見比べた。あちらの朝餉には白米と具沢山の味噌汁がそれぞれ椀に盛られ、おかずも三品はある。
それに比べて、こちらの盆に盛られた朝餉は貧相だ。白米は盛られているが、味噌汁はほとんど汁のみ。おまけに、おかずは焼き過ぎて油気の抜けた魚が数匹に、わずかな量の漬物のみ。
一体これは誰のための食事なんだろう?
寿が顔をしかめていると、指導係の女中が口を開いた。
「寿、さきほど大奥様から話があったと思うけど……」
「はい、お孫様が離れに住んでいらっしゃると」
「その孫娘に
それを聞いた寿は口を開けたまま固まった。
自分が聞き間違いをしているのではないかと思ってしまったほどだ。けれど、そうではない。
寿はもう一度顔を伏せて、自分が手にする盆に視線を落とした。
この粗末な朝餉はお孫様用なの?
「あの、これを持って行くんですか?」
顔を上げて尋ねると、女中はさも当然といった様子で返してきた。
「そうだよ。ほら、さっさと行っておいで」
「わ、分かりました」
寿は頭を下げると、説明を受けた通り庭に向かって歩いて行った。
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