第38話 朧と牡丹

 先程まで晴れていたのに、急に雨が降り出した。

 晴れたと思ったら、雨が降ったり。土砂降りになったと思ったら、いつの間にか快晴になっている時もある。

 最近、天候が不安定すぎやしないか。

 そんなことを考えながらおぼろが雨に当たっていると、

 (何だ?)

 何者かの視線を感じたが、辺りを見回してもただ木々があるばかり。

 「そこに誰かいるのか?」

 朧がそう口にすると、ややあって近くの木の後ろから魍魎の少女が顔を覗かせた。

 「おや、これは魍魎のじゃないか。あたしに何か用かい?」

 「はい。あの、清流についてお聞きしたくて」

 おずおずと姿を現した牡丹はゆっくりと朧に近付いて行く。

 「おや、意外だね。もしかして、清流殿と喧嘩でも?」

 「いえ、そんなことはしていません。最近、彼の様子がおかしくて……」

 「清流殿が?」

 牡丹は頷くと、再び口を開いた。

 「なんだか物思いにふけっていることが多くて。心ここにあらずといった様子なんです」

 「心ここにあらずか……」

 「水羽すいは壬湧みわくも同じことを話しています」

 「水羽殿と壬湧殿は、確か清流殿と一番親しい魍魎たちだね?」

 「ええ、いつも一緒にいます。けれど、彼らにもその理由は分からないようで。朧さまと一緒にいる時の清流はどんな様子なのですか?」

 「どんな様子かと言われても、普通だよ。たわいもない会話をするだけさ。

 清流殿を見ていても特におかしいと感じたことはないな」

 「そうですか。清流に直接聞いてみたいと思ったこともあるのですが、なかなか聞けずじまいで。それに」

 「それに?」

 「それに、もし聞くことが出来たとしても返って来る反応が怖いんです。彼を不快にさせてしまったらと考えると。嫌われるのが怖くて」

 牡丹は顔を伏せた後、頬を赤らめてそう口にした。

 「そうだな、誰だって知られたくないことの一つや二つはあるもんさ。お前様だって、そうだろう?」

 牡丹はぎくりとしてますます顔を赤らめる。

 「そ、それはそうですけれど」

 「なら、そっとしておくことだ。野暮なことを聞けばお前様の言う通り、相手に嫌われてしまうぞ?」

 「うっ……」

 牡丹はますます項垂うなだれた。

 「心配しすぎるのは身体に悪いよ。お前様がそうだと、お父上はさぞかし心配するだろう。それこそ倒れてしまうかもしれないぞ?」

 「父は心配はするかもしれませんが、倒れはしませんよ」

 ふつと笑うと、牡丹は立ち上がった。

 「朧さまに相談して気持ちが軽くなりました」

 「そうかい。それならよかった」

 「はい、ありがとうございました。そろそろ戻りますね」

 「ああ。それじゃあ、お気を付けて」

 微笑して牡丹の背中を見送っていた朧の顔はいつの間にか無表情になっていた。

 (これはやっかいだな……)

 朧はおもわず空を見上げる。空はどんよりと黒い雲に覆われ、まだ雨が降り続いている。止む気配のない雨は朧を容赦なく濡らした。

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