第26話 傘
金平糖と木苺を交換した日から一週間近くが経過した。
この日は一日中雨が降っていて、一向に止む気配はない。
夜中になり、やっと雨も小降りになったところで清流はいつものように洞窟を出た。
さきほど人里に下りる途中で拾った傘を持ったまま、もう何度渡ったか知れない朱色の橋の上を歩いて行く。
木々を抜けてまっすぐ進んだ先には、見慣れた乳白色の蔵が見えてくる。
「紅蓮」
「こんばんは、清流」
紅蓮は掛けていた布団を
「ああ、こんばんは。寝ていたか?」
「いいえ、少し肌寒かったから布団に入っていただけよ。それより、濡れなかった? 雨が降っていたでしょう?」
紅蓮は格子から夜空を見上げて尋ねた。
「さきほどまで降っていたが、ようやく止んだみたいだ」
「そう。あら? あなた、それ」
「ん?」
清流は持っていた傘をその辺に無造作に置いてから、紅蓮の顔を見る。
「傘なんて持っていたの? 前に雨が降っていた日は濡れたまま来ていたけれど」
紅蓮に指摘され、清流は開いたままになっている傘に視線を落とす。
「ああ、これはさっき拾ったんだ。誰の物かは知らないが」
「そうだったの。ねぇ、清流。もう雨止んでいるから、傘閉じても大丈夫よ?」
彼女の言葉に清流は首を傾げる。傘を閉じるとは一体どういう意味だろうか? 彼が傘を見つけた時はすでに開いたままだった。
言われた通り閉じてみようとするが、なかなか上手くいかない。
清流が無理やり傘の骨を曲げて折りたたもうとするものだから、
「清流、ちょっと待って。一度、私に貸して」
見かねて紅蓮が格子から手を伸ばす。
清流は仕方なく傘をそのまま手渡した。
紅蓮は慣れた手つきで傘を閉じた。左手で柄の部分を持ち、右手でハジキ(止具)に手を掛けると、それを自分の方へ引いてみせる。あっという間に開きっぱなしだった傘が綺麗に閉じられた。
「そうやって閉じるのか」
「そうよ。開いたままだと置いた時、場所を取るもの。この方が立て掛けられるし便利よ」
紅蓮は笑みを浮かべてそう言うと、清流に傘を返す。
清流は受け取った後、閉じられた傘をしげしげと眺めていた。
「あなたはこういったものを使うことがないでしょう?」
「まあ、必要ないからな。
すると、ふふっと紅蓮が笑った。
「何だか不思議な感じね。傘をさすあなたを初めて見たわ。最初、清流じゃないかもしれないって思ったのよ」
「こんな真夜中に俺以外のヤツが来るはずないだろ。それに、俺の顔ならいつも見てるじゃないか」
困った様子の清流に紅蓮は更に笑みを浮かべる。
「そうだけれど、まさか傘をさして来るなんて思わなかったから驚いたのよ。人間みたいって思ったの」
紅蓮が楽しそうに話すのを聞いていて、清流はあることに気付いた。
「あんた、前よりも表情が明るくなったな」
「え? そう?」
「ああ。前から思っていたけど、こんなに楽しそうに笑うあんたをここ最近よく見る気がする。何かいいことでもあったのか?」
清流が尋ねると、紅蓮は何かを懐かしむように目を細めて、その理由を話し始めた。
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