第25話 妖気

 (まただ……)

 寿は顔の半分まで布団をかけたまま、じっと庭園を隔てている障子を凝視していた。

 ここに初めて来た日に感じた違和感と全く同じものを、もう何度も感じている。

 奉公に来て今日で三週間が経とうとしているが、この違和感は一体何なのだろう。

 しかも、決まって同じ方向から感じる。障子の向こうにある庭園を通って移動しているようだ。

 (この先って紅蓮さまのいらっしゃる蔵だけど)

 寿はもう既に何度目か分からない同じ考えを振り払うように頭を振った。今まではそれ以上考えないようにして、眠ることだけに集中してきた。

 今も固く目を瞑って無理やり寝ようとする。

 少しの間、そうしていたけれど、

 「やっぱり気になる……」

 掛けていた布団をめくって障子に近付いて行き、そっと開けてみた。

 その瞬間、ひんやりとした外気が中に入ってきた。少し肌寒さを感じながらも庭園に目を凝らす。

 さきほどまで雨が降っていたが、いつの間にか止んだようだ。

 障子の隙間から目を凝らしても、怪しい者の姿は見当たらない。けれど、妖気は確実に感じる。正面にある庭園と庭園を繋ぐ橋の奥に木々で覆われた箇所がある。

 謎の妖気はあの奥から。

 寿は寝ている女中たちを起こさないように、細心の注意を払って障子を閉めた。

 庭に下り立つと、一層外気が肌を刺す。

 寒さをこらえたまま、妖気の感じる方に向かって歩いて行く。

 通り慣れた橋を渡っていた時、何かが飛び跳ねる音が聞こえた。

 「ひっ!」

 思わず小さな悲鳴が出てしまう。恐る恐る池を覗き込むと、真っ赤なこいが悠々と泳いでいるのが暗闇の中でも確認出来た。

 (なんだ鯉か。脅かさないでよ)

 鯉は安堵して息を吐く彼女を笑うように、そのまま暗闇の中へと消えてしまった。

 寿は気を取り直して、橋を渡り庭園をまっすぐ歩いて行く。木々に近付いて行く度にだんだんと妖気が強くなる。

 木々で覆われた箇所で立ち止まった時、自分が思っているよりも緊張していることに気付いた。

 小さい頃から人には見えないものを時々見た。幽霊などではなく、それは恐らくもののけあるいは妖怪と呼ばれるたぐいのもの。

 両親や祖父母、兄弟、友達に話しても誰も信じてくれなかった。そんなものはいないと言われて、時にはきつく叱られた。

 この先にいるのは妖怪だろうか。何故、紅蓮のいる蔵の方から妖気を感じるのか。

 本音を言えば、このまま寝室に戻りたい気持ちもない訳ではない。

 けれど。

 (紅蓮さまに何かあったら……)

 寿は決心して、木々の間に入って行った。

  

 

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