第6話 髪
「おっ、そろそろじゃないか?」
「ああ、この先だ。絶対うまいぜ?」
山に残る雪を踏みながら歩みを進めて行くと、水の流れる音がよりはっきりと聞こえて来た。
やがて、小川付近の日当たりの良い場所に出た。辺りに日差しが降り注いでいる。
小川のすぐ近くにはフキノトウの若い芽がいくつも出ていた。
雪の下から顔を覗かせる鮮やかな緑に、思わず顔がほころぶ。
清流たちはその場に腰を下ろして、フキノトウに手を伸ばした。根本を掴んで引っ張る。
採ったそれを一気に口の中に放り込んだ。噛んだ瞬間、独特な香りとともに程よい苦みが口の中に広がる。
「うん。やっぱり、うまい!」
壬湧がそう口にすると、水羽も頷いてから、
「あーあ、酒欲しいなぁ」
「お前、あんなに飲んだのにまだ飲みたいのか?」
清流が呆れた視線を彼に送る。
「何言ってんだよ、酒っていうのは何時飲んでも美味いだろうが。いいか、清流。酒っていうのは……」
水羽が熱弁していると、近くにいた壬湧の悲鳴が聞こえた。
「痛ででっ! おい、俺の髪から離れろ」
声のした方に水羽と清流が顔を向けると、小鹿が壬湧の髪を噛んでいた。どうやら彼の髪の毛をエサだと思っているようだ。
「壬湧! 大丈夫かー?」
水羽が彼の傍に駆け寄って行く。
「髪……」
清流の脳裏に紅蓮に触れられた時のことが蘇る。
次の瞬間、再び顔が熱くなった。
「おい、清流! 何してんだよ、早くこっちに来てくれよ」
我に返った清流は慌てて彼らの元に駆け寄る。
試しに持っていたフキノトウを小鹿に近付けてみたが、苦味があることを知ってか興味を示さない。
その辺に生えている草でも食べさせようかと考えていた時、少女の声が聞こえた。
「髪の毛よりもこっちの方が美味しいですよ?」
そう言うと、手に持っていたツクシを一本小鹿の口元に近付けた。小鹿は壬湧の髪の毛を噛むのをやめると、ツクシを食べ始めた。
壬湧はやっと解放された、といった表情を浮かべてから、
「牡丹さま、ありがとうございます」
「いえいえ、食べられなくてよかった。清流、どうかしましたか?」
笑みを浮かべて尋ねる彼女の髪が揺れた。腰近くまで伸ばした長い髪は艶もあり柔らかそうだ。
紅蓮の長い髪を思い出す。
「髪、きれいですね」
「!?」
視線が一気に清流に集中する。水羽と壬湧は口を半開きにしたままで固まっているし、牡丹は顔を真っ赤に染めて口元は動いているけれど言葉は出ていない。
「あ、ありがとうございます……」
顔を伏せながら、やっとそれだけ口にする。
再び小鹿が壬湧の髪をくわえたのにも気付かず、皆しばらくそのまま動かなかった。
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