第4話 火上国(ほがみのくに)② 

 外がずいぶんと騒がしい。一体、何が起こっているのかと格子越しに目をやれば、真っ黒な煙が天高く昇って行くのが見える。

 時折、人々の叫び声や誰かの名を呼ぶ声も聞こえた。

 紅蓮が格子から外の様子を凝視していると、こちらに近付いて来る足音が聞こえてきた。

 足音と同時に食器のぶつかる音も聞こえる。配膳係のおるい朝餉あさげを運んで来たのだ。

 「おはようございます、紅蓮さま。朝餉でございます」

 しわがれた声で女がそう言った。格子越しに見えるその女性は、白髪の頭を団子のように丸く結わえた六十をとうに過ぎた老婆。青白い顔色は健康的とは言えない。

 「おはよう、お累」

 紅蓮が声をかけると彼女は頭を軽く下げてから、カギを取り出してその場に屈んだ。格子の下部分に運搬用に使用する小さな観音開きの扉が設けられており、そこから朝餉や夕餉が乗った盆や風呂敷に包んだ衣類などを紅蓮に渡せるようになっている。

 お累は観音扉に掛けられていた錠を外して扉を開けた後、その隙間から朝餉が乗った盆を渡した。彼女が盆を手にしたのを確認してから、一緒に持って来ていた風呂敷も置く。

 「お召し物もいつも通り置いていきますゆえ」

 そう言うと、扉を閉め錠を掛けて立ち上がった。

 「今日でお勤めも最後ね」

 格子越しに聞こえた主の声に、お累が顔を上げる。

 お累は紅蓮がこの蔵に幽閉された後に採用された女中だ。長年、紅蓮の配膳係として彼女に食事や衣類を届ける仕事に従事していたが、ここ最近は体調が優れず今日でそのお勤めも最後となる。

 普段から口数が少なくあまり愛想もないが、当主である紅蓮の祖母や他の女中の目を盗んで紅蓮に団子やどら焼きなどの甘味を持って来たり、天候が良くない日には何度も彼女の様子を確認しに来てくれた。

 女性にしては珍しいくらい不器用な性格だったが、幽閉され孤独を感じていた紅蓮にとってお累は一番信頼出来る人物だった。

 「左様でございます。長い間、大変お世話になりました」

 「お世話になったのは私の方よ。今までありがとう。最期は故郷でゆっくり過ごしてね」

 「ありがとう存じます。紅蓮さまもお身体を大事になさって下さい」

 お累はそう口にした後、少しの間紅蓮を見つめていた。

 その様子を不思議に思った紅蓮が口を開きかけた時、

 「出来ることなら、あなたをこの蔵から出して差し上げたかった」

 まるで独り言でも呟くように口にしたお累の言葉に、紅蓮は目を見開く。けれど、すぐに何事もなかったように笑みを浮かべた。

 「私は大丈夫よ」

 笑顔の紅蓮とは対照的に口を引き結んだままお累は深く頭を下げた。

 「私はこれにて失礼致します。お食事が終わる頃にまた伺いますので」

 小さくなっていく彼女の背中を見つめていた時、外が騒がしい理由を尋ねるのを忘れていたことに気付く。

 外の方ではまだ人々の騒がしい声が聞こえるのと同時に黒い煙が見えていた。

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