第4話 火上国(ほがみのくに)①
この
その中でも、とりわけこの一帯は火事が多い。季節問わず昼夜問わず炎と煙が上がるのだ。
今のように人家の火事から山火事まで、数えたらきりがない。
民の中にはこの国の名に『火』の文字が入っているからだ、と騒ぎ立てる者も少なからずいるという。
清流は真っ赤に燃える炎とその黒い煙を凝視したまま、この山に住みついた時のことを回想した。
※※※
以前住んでいた山には別の神が住んでいて、その神はとにかく魍魎を嫌った。
魍魎の特徴である赤黒い髪と赤い目、それに鋭い牙を醜いと言い、魍魎が死んだ人間の肝を好んで食うという噂を耳にすれば、
その山で暮らすには十年が限界で、今住む山に移ることになったのだった。
それが現在住んでいる火上国の山である。
初めてこの山に来た日も人家が燃えていた。人間たちが逃げ惑う姿を見ながら山を登っていると、先頭を歩いていた
「お前たち、天に向かって力を解放せよ。人里に一雨降らしてやろうではないか」
その言葉に、後ろを付いて来ていた仲間たちは驚いた。
「長、人間を助けるのですか?」
「そうだ。その方が今後もこの山で過ごしやすくなる。人間は信心深いというだろう? さあ、お前たち準備を」
長の一声に皆が天を仰ぐ。
よく晴れた秋晴れだった。雲だって一つ無い。こんなに快晴なのに、いきなり雨が降ったら人間たちはさぞや驚くだろうな。
長が力を解放した。天に向かって放つのは人間の成人した男の頭よりも一回りも二回りも大きな水の玉だ。それが天に高く打ち上げられると、思い切り飛散した。
仲間たちも同じ様に水の玉を放つ。すると、飛散した玉は見事に雨となって人里に降り注いだ。
空に向かって立ち上っていた炎はみるみるうちに勢いを失くし、やがて沈下した。
あの時に見た人間たちの驚いた表情や火が沈下したことを喜び合う様子は忘れられない。皆ずぶ濡れなのに、そんなことも気に留めていないぐらい嬉しそうだった。
しばらくして、人間たちは山の近くに祠を立てた。「水の神」を祭るための祠である。
それを仲間から聞いた長はとても満足そうな笑みを浮かべていた。
あれからもう二十年が過ぎた。その火事を知っている者も知らぬ者も祠を訪れては手を合わせて、時には果物や饅頭といった食べ物を備えて帰って行く。
人間が信心深いという、長の話は本当なんだ、とその時初めて思うことが出来た。
※※※
山から見える人家はまだ燃えている。
清流は
「みずはさま、どうかお助け下さい。この炎を消して下さい」
耳を澄ましていた清流に、懇願する女の声が聞こえた。
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