第3話 牡丹
清流が目を覚ますと外から声が聞こえて来た。
寝床にしていた洞窟からのそのそと外に出れば、楽しく談笑する仲間たちの姿が目に入る。
その後ろを何頭か猪が通り過ぎ、木の枝には
快晴の空には太陽が高く昇っていて、暖かな日差しが降り注いでいた。
視線を外してから、洞窟の脇にある花々に目をやった。
数日前までは蕾を付けていたものの、いつの間にか開花している。
スミレ、桜草、スズラン、菜の花にナデシコ……。
風に揺れる色とりどりの花々を眺めていると、背後から足音が聞こえてきた。
思わず振り返ると、
清流と同じ赤黒い髪を下の方で緩く結わえ、その真っ赤な目と同じ色の着物には白い
両手には同じ種類の花を何輪も抱えていた。
「
清流がそう呟くと、牡丹と呼ばれた少女は更に頬を緩ませた。
「今年も見事な花が咲きましたよ。ほら」
そう言って、抱えていた花を彼に見せる。
白、紫紅、桃色と色は違えど、大きくて立派な花びらは皆同じ。
「どの花も綺麗ですね」
清流が微笑んでそう口にすると、牡丹は少し俯いてから遠慮がちに言った。
「さきほども伺いましたが、寝ているようだったので……」
「そうでしたか。すみません、気付かずに。ところで、宴の疲れは取れましたか?」
「はい、もうだいぶ。清流こそ大丈夫ですか?」
「俺はそもそも酒を飲んでいませんから、大丈夫ですよ。むしろ、心配なのは
清流の脳裏に緯澄の姿が浮かぶ。
清流や牡丹よりも年上である彼は、よく困っている者の相談に乗り、言い争いをしている者がいればすかさず仲裁に入る。優秀でよく気が利き、信頼の厚い魍魎だ。
そのため、清流をはじめ他の魍魎たちから慕われている。特に彼らの長である
今回、三日三晩続いたこの宴は、そんな彼が長の側近になったことを祝うために催されたものだ。
「私の父がずいぶんと緯澄にお酒を注いでいましたから、起きて来るのはまだ先になるかもしれませんね」
彼女は俯いたまま苦笑する。それでも、彼の昇進を心から喜んでいるように見えた。
「そうですね、緯澄さまが一番お疲れでしょうから。ところで、その花は一体……」
「ああ、これは。清流、良かったらこの花を貰ってくれませんか?」
「いいんですか? 以前も別の花を頂きましたが」
「もちろんです。あなたにお渡ししたくて持って来たのですから」
そう言うと牡丹は手にしていた花を彼に渡す。
「それでは、私はこれで失礼しますね」
「はい。花、ありがとうございました」
牡丹は笑みを浮かべて、その場を後にした。
「おーい、清流」
友人の
同じく友人の
「やっと起きたか。いつまで寝てんだよ」
「水羽の言う通りだぞ? あれ、お前この花って」
壬湧が清流の持っていた花に視線を落とす。
「ああ、さっき牡丹さまに貰ったんだ」
「牡丹さまに貰ったって……」
「この花、牡丹さまと同じ名前の花だろ?」
「言われてみると確かにそうだな」
「何でお前ばっかり! なあ、一輪だけでいいから俺にも分けてくれよ?」
「じゃあ、俺には二輪!」
それを聞いた水羽が聞き捨てならないと言った様子で壬湧に食ってかかる。
その様子を清流が苦笑いを浮かべて眺めていると、別の魍魎の声が耳に飛び込んできた。
「何か、煙が上がってるぞ?」
「また人間どもが稲でも焼いているんだろう?」
「こんな時期に稲なんか燃やすかぁ?」
「どうせ火事だろ? ほら見てみろよ、煙なんか真っ黒だぜ?」
仲間たちの会話を聞いた清流の顔から血の気が引いた。
牡丹から貰った花を水羽に押し付けると、そのまま人里が見える場所まで走って行く。
人里を見下ろすと、一棟の人家から黒い煙が上がっているのが見える。燃える人家の周りでは人間たちがてんやわんやと走り回り、火消しに追われていた。
紅蓮の屋敷やその周辺が燃えているのかと気が気でなかったが、どうやらそうではないようだ。今燃えている人家は紅蓮の屋敷がある方向とは離れている。
風がないため、それだけが幸いか。
清流は安心するのと同時に、胸にはいかんせんモヤモヤとした気持ちが残ったままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます