第1話 逢瀬 ②

 山を下りて行くと、向かって右側に神社が見えてくる。何でも人間たちが水神を祭るとか何とかで建てたものらしい。赤い鳥居をくぐった先にはその水神を祭るための祠がある。

 時々、人間たちが果物や饅頭なんかをそなえているのを遠目から見たことがある。

 この鳥居を目にするたびに、人里がすぐそこにあると実感する。

 清流は人里に下りると、そのまままっすぐ歩き始めた。

 辺りには畑や田んぼが見える。

 そこを通り過ぎていくと、いよいよ人間たちが暮らす長屋が立ち並ぶ一帯へ出る。

 ふと顔を上げると、傍らに植えられた木の枝に小さな膨らみを見つけた。桃の花の蕾は一つではなく、いくつも付いているようだ。

 春の訪れを感じて少しの間見入っていたが、再び顔を前に戻して足を速める。

 辺りはしんとしていて、川のせせらぎが聞こえてくるだけ。他に音は聞こえない。

 夜更けなのだから人間たちが寝ていて当たり前だ。ただ一人を除いては。

 長屋を通り過ぎると、見えてきたのは立派な屋敷。

 閉じられた正面には大きく立派な門がそびえ立つ。この門の上部分には格子が取り付けられているため、いつもここから屋敷内へ入るのだ。

 清流は自分の身体を液体状の姿へ変化させて、素早く格子と格子の間に出来た狭い隙間に入り込む。

 屋敷内へ入ると元の魍魎の姿に戻り、目的の場へと向かう。

 屋敷同様、目の前に広がる庭園も広く様々な草木や花が植えられており、見る者を飽きさせない造りになっているようだ。

 庭園のちょうど真ん中あたりには池があり、庭と庭との間に掛けられた朱色の橋を渡った先は木々で覆われている。

 橋を渡った後、清流は気にすることなくその木々の間を通り抜けた。

 やがて見えてきたのは、乳白色のこじんまりとした蔵。

 清流がその蔵に近付いて行くと、格子の内側に取り付けられていた引き戸が開いた。中から行灯あんどんの灯りが漏れる。

 「清流」

 蔵の中から女性の静かな声が聞こえた。

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