第24話 木苺と金平糖 ①

 寿ひさは女中からもらった金平糖を漬物を盛り付けるための小皿の中に入れると、手拭いでそれを包んだ。

 蔵にいる紅蓮に持って行くためだ。

 蔵に駆けてくる足音が聞こえたので紅蓮が格子に近付いて行くと、ちょうど寿が勢いよく走って来るのが見えた。

 「紅蓮さまー!」

 走りながら、紅蓮の名を呼んだ。

 それに答えるように、彼女も寿に対して片手を振る。

 「そんなに走ったら転んでしまうわ。一体どうしたの?」

 「大丈夫ですよ、心配はいりません。それより紅蓮さま、これを見てください」

 寿はそう言うと手拭いをめくり、小皿の中身を紅蓮に見せた。中には色とりどりの金平糖が六粒。

 「これは……」

 「金平糖ですよ、おみねさん(先輩の女中)から頂いたんです。紅蓮さま、半分こしましょう」

 「まあ、それはあなたが貰ったものでしょう? 私はいいから、あなたがお食べなさい」

 「紅蓮さまは甘いものがお嫌いなのですか?」

 「そういうわけではないけれど……」

 紅蓮は左右に目を泳がせて、次の言葉を探していた。

 不思議そうな顔をしてから、再び寿が口を開く。

 「色も綺麗ですし、きっとおいしいですよ。紅蓮さまは普段甘いものを召し上がらないでしょう?」

 そう言うと金平糖が乗った小皿を紅蓮に差し出す。

 「さあ、どうぞ」と勧められ、紅蓮はそれに手を伸ばす。

 一粒つまんでから、少しの間それを眺めた後口に運んだ。

 噛んだ瞬間、カリッと小気味良い音がして程よい甘さが口の中に広がる。

 子どもの頃、まだ生きていた母が金平糖を買って来て一緒に食べた記憶が脳裏に蘇った。

 寿に目を向けると、彼女も美味しそうに金平糖を食べている。こちらを眺めている主に気付くと、

 「どうされたんですか?」

 「ううん、何でもないわ。久しぶりに食べたから、懐かしくて」

 「やはり久しかったのですね」

 「ええ。子どもの時以来だったから」

 そう言った後、紅蓮は「あっ」と声を上げて寿を見ると、

 「ねぇ、寿。小皿を今日一日だけ貸してくれないかしら? 明日には返すから」

 「分かりました」

 寿は頷くと、金平糖が三粒乗ったままの小皿を彼女へ渡した。

 (紅蓮さま、金平糖を味わって召し上がりたいのかな?)

 紅蓮が礼を言った後、嬉しそうに小皿に視線を向ける。

 (残りの三粒は清流が来た時に……)

 きっと清流は人間の作った甘味を食べるのは初めてだろう。口に入れた瞬間、彼がどんな反応を見せてくれるのか、その様子を考えただけで自然と口元が緩んだ。

 「紅蓮さま、また機会がありましたら金平糖をお持ちしますね!」

 目を輝かせてそう口にする寿に、紅蓮は慌てて頷く。

 その後、寿は「それでは失礼します」と言って、仕事場へ戻って行った。


 ※※※


 「清流さま、見てください!」

 興奮した様子で天が清流を呼ぶ。

 「どうしたんだ、天?」

 清流が彼の元へ近付いて行くと、

 「木苺ですよ。ほら、こんなに」

 天が顔を向ける先にはたくさんの木苺が実っていて、鮮やかな赤い実が風に揺られている。

 「本当だ。いい感じに熟しているな、今が食べ頃だろう」

 天は満面の笑みを浮かべて木苺を一粒取ると、それを口に放り込んだ。

 口の中に甘酸っぱさが広がる。

 「清流さまも食べてみてください。美味しいですよ」

 天に勧められ、清流も一粒食べてみた。酸味が少なくて食べやすい。

 「甘くてうまいよ。よくこの場所を見つけたな」

 清流がそう言うと彼ははにかみながら、

 「仲間の妖狐たちと見つけたんですよ。この辺りを通りかかって偶然見つけたんです」

 嬉しそうに話す彼に頷いてから、清流は木苺に視線を戻した。

 (紅蓮にいくつか持って行くか)

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