メリトアリスト

香枝ゆき

第1話 Meritocracy crisis

「子供は帰んな」

  お一人様の私に投げかけられたのはこんな言葉だった。発信源は、男が3人、女が1人という雀卓。愛想よく応対しようとしていた店員が凍り付いている。

  煙草の匂いが充満している大衆向けの賭博遊技場。カジノ、スロット、麻雀と、客が思い思いの賭博を行っていた。

  「ロン」

  女の発言でその雀卓は阿鼻叫喚図になる。リーチ、一発、ドラ。どうも特定の一人からかなりの点数をぶんどったらしい。この回で終わり、金を巻き上げた女は満足そうに席をたった。

  入り口近くに突っ立っている私と、目が合う。

  「あんた、まだいたの?帰れって言ったじゃん」

  耳がぎりぎり隠れるショートカットに、意志の強そうな瞳。コットン生地のシャツとジーンズに、キャンパス地のスニーカー姿。装いは、彼女を労働者階級であると認識させる。しかし、日焼けもせず、すらりとした腕に筋肉があまりついていない。ゆえに彼女は肉体労働ではなく、このような賭博場で生計をたてている賭博士だと想像できた。

 「ここはおまえみたいなやつの来るところじゃないよ」

  彼女はつま先から頭のてっぺんまで品定めをするように視線を動かした。

  3万円はくだらない有名ブランドのストラップパンプス。ストッキングは有名メーカー製。裾に刺繍がほどこされたフェミニンなスカートに、シンプルだが肌触りと仕立てのいいブラウス。ハーフアップにした髪の毛はバラの形に精緻に彫りこまれたバレッタでとめていた。

  動きやすさを重視した彼女とは雲泥の差で、それは他の賭博者とも変わらない。私だけが異質な存在だった。

 この賭博場は、労働者階級向けだ。労働者階級、中産階級、経営者階級、貴族階級と、階級がはっきりと分けれらた格差社会で、身分不相応な場所に赴けばそれだけで騒ぎになる。自分より上の階級に行けばすぐにつまみ出される。けれど下の階級に行けば物珍しがられるだけでつまみ出されることはないと踏んだ。結果は予想以上。存在しているだけで、びりびりとプレッシャーに潰されそうになる。

 「葛飾のやつきっついなー」

 「そのへんにしといてやれよ」

 けれど私が彼らの世界を脅かしたことに変わりはない。

 周りの仲間達が集まってくる。どうやらこの女性は葛飾というらしい。一目置かれているようだ。

 「大体お前、16か17?うまく化けたけど、ここは18歳未満お断り。賭けられねえよ」

うまく騙せたと思ったが、やはり同性の目をごまかすことは難しいらしい。

 「おまえ、何歳?」

 「13です」

  正直に伝えると、ひょえ、という音が目の前の人物から漏れた。少なくとも実年齢よりは上に見せられたので上々とする。

 「何しに来たよ、上流階級のお嬢様」

  「私はただ、麻雀や花札がしたくて」

 その言葉を発した途端、目の色が変わった。

  「俺と打とう」

  「いいや俺だ」

  狩られるような視線がびしばしと集まってくるにつれて、私は恐怖を感じ始めた。ここは学校のテーブルゲームクラブや、チェスのサロンではないのだ。すると目の前の人物がまとう空気が変わった。

  「へえ、酔狂じゃねえか。あたしとやろう。ただし花札、こいこいだ。それが嫌ならさっさと帰んな」

  葛飾さんは私にそのように提案してきた。実力者なのか、周囲は腹に一物ありそうだが面と向かって不平を言う者はいない。

  「わかりました。ぜひお願いします」

  私たちは、雀卓のあるスペースから畳のスペースへ移動した。低いテーブルとぺたんこになった座布団が置かれている。ここで花札やトランプ賭博を行うらしい。

  「あたしが親だ。親は交互にやろう」

  「わかりました」

  何人かがギャラリーとして周りを取り囲み、私たちの成り行きを見守った。

  「はじめまして、あたしは葛飾。おまえは?」

  私は反射的に本名を告げようとして口を閉じる。変に家へ連絡されるなど、悪用されれば困る。

  「森園すずとです」

  私の偽名に、葛飾さんはにやりと笑った。

  「ふーん。どっかの画家みたいな名前」

 その反応を追いかけてみたいと思ったが、やめた。

  「未成年だし、初めてだろうから金はとらない。でもあたしが勝ったら、おまえのつけてるバレッタもらうぞ」

 さきほど私のいでたちをみて、金になりそうなものを物色したらしい。今つけている髪飾りは確かに今日おろしたばかりの桃色珊瑚製のものだ。私はよく知らないが、赤色珊瑚の次に人気が集中し、希少な物となってしまったと聞く。闇ルートに流せばそれなりの金にはなるだろう。

  「わかりました。葛飾さんが勝てばこのバレッタを差し上げます。ではこちらが勝てば、私の言うことを聞いてください」

  私の発言にまわりは笑った。世間知らずの小娘の戯言ととられたらしい。

  「へえ、上等じゃねえか」

  葛飾さんが手札を切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る