EX:偽善者対子ども
ニケを欠いた彼のフォロワーたちはその死を笑みと共に飲み込んだ後、アストライアー相手に再度動き出す。もう勝ち目などない。白旗を上げるべきなのだ。
普通ならば――彼らはそこから外れた者たちであった。
『おいおい、まだやんのかよ』
『……戦士って、生き物ですか。理解できませんね』
一条とオルカは顔を歪める。普通の感性を持つ彼らにとっては理解から遠い生き物、そしていつの世も一定数生まれてしまう、今の世に適応できぬ者たち。戦士の時代はもうやってこない。そんなこと嫌でもわかり切った現代においてなお、彼らのような存在は生まれ出でる。
ミノスは彼らに仮初めの生き場を与えた。アールトは捨て駒として扱い、最後を引き継いだニケは彼らに死に場所を与えたのだ。
「……俺は、彼ら側なのだろうな」
「……そうか」
大星の吐露に、アーサーは苦笑する。守り人としての確たる立場、技術を研鑽する環境、自分はただ恵まれていただけで本質的には彼らと何も違わない。大星はそう思った。だからこそ、引導を渡してやるべきなのだと、思った。
「オーケンフィールド、お前は充分戦った。今日のところは下がっておけ。あとは、俺たちが終わらせとくさ」
「……しかし」
「ああいう不器用なのを見ると、何人か思い出してしまってよ。キングとか、マリオやヴォルフガングも戦えるフィールドがあっただけで、似たようなもんだ。嫌いに成れないんだ。せめて、付き合ってやりたいのさ、最後の喧嘩くらいは」
消耗し切ったオーケンフィールドを下がらせて、不破秀一郎は前に出る。何も言わずとも付き従う大星、アーサー、黎明期のメンバーである。戦わねば生きることが出来ない生き物、騙し騙し生きてきた彼らを終わらせる。
「はっ、阿呆くせえが、ま、サンドバッグにしていいなら、ぶん殴ってやんよ」
その後にパラスやニールも続く。彼らを笑うまい。今日まで必死に、世界に適応しようと生きてきて、我慢し続けてきたのだ。力が彼らを狂わせたのではない。魂が彼らに戦いを求めさせる。生まれた瞬間から、違う生き物として。
本能すら塗り潰す。
「気を付けろ。全員、限界を超えて来るぞ」
紅き眼が、戦意が、零れ出る。戦いを至上とする彼ら戦士にしか辿り着けぬ領域がある。そこは紅く、どこか鉄の匂いがした。
力の在る無しではない。才能がどうこうではない。本能を、死を、滅びを、それを忌避する本能をねじ伏せた者のみが辿り着ける場所。雰囲気が紅く染まる。魔力炉から噴き出るオーバーヒートし、零れ出た粒子もまた血の如く染まる。
「……殺さねば止まりません。終わらせましょう」
アルファは後方で矢を番える。かつて、彼らのような人材が重宝された時代があった。彼らのような者たちが時代を彩り、そうでない者まで戦いに駆り立てた、そんな時代があったのだ。きっと、魔術時代にもあったのだろう。
いつの世にも、彼らのような者は生まれ出でる。ただのイレギュラーか、先祖返りか――どういう理由であっても、今の時代に彼らの居場所は限られている。才能と努力の果てに極僅かの席しか存在しない。座れなかった彼らはこうして死を選ぶか、自分を抑えて耐え忍ぶしか、ない。
戦士という生き物に祝福はあるのか。今は――誰にもわからない。
○
「撤収です」
アールトの一言で、槍使いたちは動き出す。だが、若き者たちの中には動かずに、ただ惑いの中にいる者たちもいた。それを見て、アールトは微笑んだ。そちらを選べるのであれば、その方が良いのだ。ここから先、自分たちに活路はない。
滅びに向かい、歩むのみ。
「理解できないね。やりたくもないことやって、何がしたいんだよ⁉ 俺には全然理解できない。理解したくもない。どいつもこいつも、不自由だ!」
そんな彼ら全員に宗次郎は苛立っていた。こんなにも、何も伝わってこない戦いは初めてであったから。まだ強い連中は良い。生き方が身に染み付き、楽しんでいた連中も悪くない。槍を振り回すのが大好きで、死んでもそうしたい連中がいるのも良い。だけど、そうでもない者が何人もいる。
何よりも頂点に立つあの男が一番雁字搦めに見えた。好き嫌い、やりたいやりたくない、そういう感情とは無縁な、気持ち悪い感覚。それが彼を苛立たせた。
「純粋ですねぇ。ただ、それだけでは成り立たぬのが社会で、大人なのです。誰かがやらねば回らぬこともあるのです。その全てを、望んでやっていると思いますか? そこまで優しくありませんよ、この世界は」
自分に付き従う者だけ引き連れ、アールトは姿を消す。赤城勇樹と藤原宗次郎は二人とも追う気になれなかった。悪ではない。我欲でもない。ただやるべきだからと淡々にやる。その姿が宗次郎には理解できない。
そして赤城には、少しだけかつての自分とダブって見えた。
会社のために、組織のために、世界に、自分に絶望しながら周囲を切り捨て、群れを生かしていた、かつての、壊れかけていた自分に。
「……教えてくれ、お前の剣は、何故そんなにも自由で、強い?」
「ああ⁉ 何言ってんのかわかんねえよ! 魔力使ってしゃべるか、日本語でしゃべれや! あーもう、イラつく。おい、偽善者野郎、こいつらどうすんだよ?」
「……さあ、とりあえず話してみましょうかねえ」
「ああ? 話して何になるんだよ?」
「さあ」
「……わっかんねえなぁ、どいつもこいつも」
自由のみが指針である宗次郎には理解できぬ考え方。それは逆の視点からでもそうであった。使命に、家に縛られていた彼らには理解できぬ価値観を以て現代を生きる男。だからこそ、ここに残った者たちの多くは宗次郎と共に征くことを選んだ。四つの槍と大地、五つにて成る彼らの槍が、魔力という一つを得て進化を果たすのはまだ先の話。言語化する気のない天才とそれを紐解こうとする彼らによって言語化が成され、魔力を用いた近接戦における基礎となるのは、さらに先の話である。
○
最後の戦いは誰もいない場所で繰り広げられていた。
異形と化したロバートは既に存在しないはずの悪意を身にまとい、自分を守る最強最悪の鎧としたのだ。無数の腕が、炎の塊を掴み、投擲する。クンバーカルナの腕、ウコバクの炎、そして、クラウンのコントロール。
無数に園内を弾む炎は、跳ね回る。炎同士がぶつかり、大きくなったりして、サイズすらまちまち、その上で、敵に向かって無差別に、正確に狙いを定めてくる。
『うっひょー! こいつぁ、やべーぜ!』
「……むぅ」
ゼンには盾もある。最悪鎧もまとっているので一発が致命傷になることはないが、それでも幾度も喰らえるほど余裕がある威力でもない。
「……俺の頭ではきつい。任せていいか?」
『あいよ!』
ゼンは盾のコントロールをギゾーにゆだねる。その瞬間、無数の盾が縦横無尽にゼンの周囲を漂い、迫りくる炎をシャットダウンする。
『神、イズ、ゴッド』
「……突っ込まんぞ」
『いけずぅ』
ギゾーの演算能力は人間のそれとは次元が違う。今まではそもそもギゾーにゆだねられるリソースがなかっただけで、遠隔で操作できるモノがあるならば、ゼンがやるよりも格段に効率的で、有機的に動きが出来る。
ジョークグッズとて神の造った兵器、伊達ではないのだ。
『へっへ、この御手玉にだきゃ負けるわけにはいかねーのよ。あっちじゃ暴走した相棒が粉砕したけどよ、今度は素面で勝たせてもらうぜぃ!』
ゼンは銃を二丁構え、園内を疾走する。遠距離戦であれば――
「エクセリオン・グロム!」
Eグロムはほんの少し前までは弓の形状であった。銃の方が効率的であったが、弓の方が使い慣れているためそうしていた。だが、今のロバート相手には最高を出さねば勝てぬと思い、新兵器のお披露目となった。
『ガァ⁉』
銃口から放たれた雷光がロバートの腕をいくつも撃ち抜く。弓では設け辛かったライフリング、螺旋回転を与えることでの命中精度と破壊力の向上、機構自体の性能が上がったからこそ、魔力の燃費も多少は改善されている。
その上で――
『グガ、ガギィ!』
元々七つ牙であった時と同じ、魔力を侵す毒も備えている。しかもエクセリオンに設けていた再生力阻害の能力まで付与した上で。とは言え、こと再生力に関しては彼の肉体にはクンバーカルナが入っている。不死に近い再生力は魔力量でゴリ押すニケやアンサールなどを遥かに上回る。種として超えているのは究極の一シン・イヴリースくらいのもの。事実上、不死鳥を除けば最高の能力を誇る。
「早いな」
凄まじい再生力と判断力。撃たれた部分から毒が回る前に別の手で引き千切り、そのまま超再生、これではらちが明かない。
『相棒、Eアルクスにも銃口が欲しいぜ』
「……俺の燃費は無限じゃないぞ」
『王クラスがけちけちすんない。ありゃあ手数使わねえと押し切れねえぜ。防御は疎かにしないからよォ、頼むよォ。オイラもバンバン撃ちたいんだよォ』
「……無駄弾は撃つなよ」
『ヒャッハァー!』
「……撃つなって言ったのに」
『押すな押すなも押せの内ってな』
半分はこれまで通り盾として敵の攻撃を阻みつつ、もう半分には銃口を設け小型の擬似自律兵器(ギゾー運転)として運用していた。親機がゼンで、子機をギゾーが操る分担である。この発想はヘルマの槍から得た。
そして彼らには、そもそもとして魔装の知識がある。歴代のリウィウスが築いてきた歴史、その中にあった魔術時代後期以降の作品、その全てが魔装兵器であり、少ない魔力でより高い効果を得るための工夫が成されていた。
グロムも、アルクスも、全て魔力を通すことで最善の効果を発揮する兵器であった。手数が増え、さしもの怪物も再生が間に合わなくなってくる。
「押し切れるか?」
ゼンたちが僅かに期待を抱いた瞬間――
『ギィ、ガァ』
怪物は身震いする。すると――
「なっ⁉」『んな阿呆な!』
二人が驚愕する光景が生み出されてしまう。自分たちの戦闘で学習したのか、生やした腕を千切り、別の生き物に変換する。ここで『自己改造』の能力が出てしまう。千切った腕まで自己を拡張し、コントロールする。
Eアルクス同様の、自律運動する子機が生まれてしまう。
『さすがに頭の出来が違うなァ!』
「天才だからな、『キッド』は」
ゼンとは演算能力が、頭の出来が違い過ぎた。ギゾーに頼らねば実現不可能だった戦い方を、いともたやすく模倣してきたのだ。
この成長速度、嫌な敵を思い出してしまう。
「近接戦で行く!」
『あいよ。俺はこのまま相棒を援護するぜ!』
「任せた」
ゼンは瞬時に遠距離戦は不利と悟る。相手と魔力量の消耗戦をしてしまえば、おそらく自分は勝てない。ゆえにゼンは守りをギゾーに任せ、自身は相手を削りにかかる。今からしようとすることを成すためには、魔力が邪魔なのだ。
『ガァァァアアア!』
無数の腕が突っ込んでくるゼンに向かい、その指が魔力そのものを放つ。アンサールが得手とした技と呼ぶには原始的なもの。
『甘いねえ。九鬼ちゃんのチョコぐらい甘いぜ!』
ギゾーの巧みな操作により、それらは全て盾が弾き返す。
「……もらったことないぞ」
『毎年仕込まれてた奴だよ、にぶちんめ』
「……あ」
『何か一つ、噛み合ってたら、きっと相棒はオイラと出会わなかったんだろうな』
「かもしれないな。だが、『もし』は無い。意味が無い!」
『その通りっとォ!』
ギゾーが相手の足場、ジェットコースターのレールを破壊する。姿勢を崩した怪物は地上に落ちてきた。そこに、タイミングよくゼンが乗り込む。
まさに阿吽の呼吸、場数が違うと二人は行動で表す。
だが、怪物もまた微笑んでいた。遠距離での戦闘、魔装ではなく魔力で無理やり腕を造り替える方法は燃費が著しく悪かったのだ。近接戦はむしろ望むところ。そもそもこの距離に誘い込むための、餌こそがあの腕である。
「『ッ⁉』」
待ってましたとばかりに無数の腕を生やした暴力の化身、異形の怪物がゼンの眼前に飛び込んできた。その動きに驚きつつも――
「それは」
『悪手ってやつだ!』
グロム二丁を変形合体、無駄なく使うのがゼンの節約術。それは何かの持ち手、のような形状となる。そこから――
「エクセリオン――」
『――オリゾンダス!』
巨大な斧が、
『ギ⁉』
顕現した。
『戦いは質より量だぜ、お坊ちゃん』
「逆だ、ギゾー」
それを勢いよく叩き込むゼン。千手にて受けようとするも、一発の破壊に特化させた使い捨ての最大火力、新たなるオリゾンダスの前には無駄な足掻き。怪物ごと、その一撃は遊園地、その地盤を、叩き割る。
遊園地全体が二分され、景色が変貌する。
『遊園地、僕ノ、夢』
「夢に逃げるな、『キッド』ォ!」
ゼロ距離、再生を始めたばかりの怪物に、ゼンは無数の剣を生み出し、容赦なく叩き込んだ。雨あられと降り注ぐ刃、それらが怪物を削ぎ落としていく。
『アアアアアアアアアアアアアアアア!』
怪物は力ずくで逃げ出そうとするも、いつの間にかゼンのしっぽ、鎖と化したそれが体を拘束していた。無駄のない練達の戦い方。膨大な経験値が、格上相手に絞り出し続けたそれが、本来彼のような人間が苦手とする先々への布石を可能としていた。
『甘くねえぜ。ガチで勝とうとしている時の、相棒はよォ!』
頭が良いだけでは届かない、経験が染み付き、反射と化した状態。数多の失敗、その積み重ねのみが可能とする、天才をも上回る対応。
「エクセリオン・ウェントゥス」
『ぶっ飛びなァ!』
一撃を叩き込み自壊した斧の刃があった場所に、槍の穂先が生み出される。持ち手と槍の穂先、それだけのみすぼらしい姿であったが。後方より何かを帯びた棒が飛翔する。凄まじい速度で、ゼンの持ち手に飛び込んできたそれは、
『ア、アア』
持ち手に突き立ち、棒の先端と穂先が反応を起こす。凄まじい速度、大きな魔力、さらに相反する魔素を以て衝突させる。そうすると起きる魔力反応こそが、魔力版核反応、滅びの光と称された魔王ロキの最高傑作である。
暴風の槍は、極光の槍へと進化していたのだ。もはや別物であろうが。
光が溢れ、次いで凄まじい破壊が巻き起こる。爆弾と違い破壊の方向性は一点に凝縮されており、その点周囲への被害は少ないが、それでも余波だけで遊園地は瓦解していく。ただでさえオリゾンダスの一撃で割れた遊園地であったが、もはや見るも無残の景色へと変貌していた。キッドの、子どもの夢が、崩れていく。
『相棒!』
「ッ⁉」
ギゾーが防いだ攻撃の発射地点、そこには――
「早く、僕を殺してくれよ、ゼン」
崩れ去った夢の跡、瓦礫の上で怒れる子どもがいた。かなりの魔力を消耗しただろうが、すでに別の身体を改造して用意していたのだ。もしかしたら、最初から、嫌、それは邪推でしかないとゼンは首を振る。
「……その割には随分生き汚いな」
「そうだよ。怖いんだ、死ぬのが。でも、生きているのも怖い。だから、君に終わらせて欲しいんじゃないか。今、こうして僕の夢を破壊したように!」
「お前の夢は、今でもこの場所にあるのか?」
「そうだよ。子どもっぽいと笑うかい?」
「いや……ワンダーランドにいた時の方が、生き生きしていたと思ってな」
「……はは、傷口に触れてくれるじゃないか、ゼン」
「痛い方が楽だろ? この世界に戻ってきて、色々やっていた時の方が楽だっただろ? わかるよ、俺もそうだ。お前にとっての研究が、俺にとっての善行だったに過ぎない。何度も言っているだろう、俺のは偽善だと」
「……それは」
「ここはお前にとっての過去だ。お前の夢は、ここに無い。新しく造ったワンダーランドこそが、お前の新しい夢だったはずだ、キャプテン・キッド!」
「言うなァ! それ以上、僕を、傷つけないでよ、助けてよ!」
「もちろんそのつもりだ。同類である俺にしか、お前をわかってはやれない。わかっているからこそ、間違った終わりにする気はない! 何度でも言うぞ、俺は偽善者だ。今までもそうしてきたように、俺は俺の善を押し付ける。身勝手にな!」
「お前に何がわかる⁉ 英雄に成って、皆の期待に応えた英雄が、成りそこないの気持ちがわかるだと? 馬鹿にするなよ、君はァ、何もわかっていない!」
子どもが喚き散らすように彼は叫んだ。
「いいや。わかる。だから、俺は逃げるなとは言わない」
「さっき、夢に逃げるなといったその口で?」
「ああ。夢には逃げるな。逃げるなら、研究に逃げろ! 俺は馬鹿だからよくわからんが、お前の研究は大勢に影響を与えるものなのだろう? ならば、それで救えばいい。夢見る間もないほど、全速力で駆け抜けろ! 経験則だが、そうすると少しは楽になるぞ。罪悪感だって和らぐ、英雄だって人間だからな」
「もう、手遅れだ。その研究で、僕がどれだけ被害を大きくしたと思ってんだよ⁉ これから先、どれだけ多くの人を殺すと思ってんだよ!」
「なら、その先で救え! 手遅れなんぞあるものか。罪を犯した者が許されぬと言うのなら、俺だって、魔族として呼ばれた皆だって、永劫許されぬことになる! 大事なのは、これから先をどう生きるかだ。俺はお前を許すぞ、世界がお前を許さなくても、俺は許す。何故なら、お前たちは皆、俺を許してくれたからだ」
今更、自分が好きだからという理由でゼンを肯定し、仲間と認めていたことを後悔する。自分にとっては気楽な選択であろうとも、そうしてもらった者は重く受け止めてしまうこともあるのだ。『キッド』はゼンにとってその他足り得ない。
あの世界での日々がある限り――
「お前が何を言おうと、悪事に手を染めようと、俺はお前を諦めん! 俺に出来たことを、アストライアー第五位、『キッド』に出来ないとは思わないからだ!」
葛城善は自分を諦めてくれない。
「この、偽善者が!」
子どもの罵声に、ゼンは笑みを浮かべる。
「ああ、今更気付いたか! 意外と馬鹿だな、『キッド』!」
「っ。……はは、馬鹿は、初めて言われたかもね」
自分はとっくに諦めていたのに。もうどうやっても手遅れなのに。でも、少しだけ救われた。自分にも友達と呼べる相手がいたのだと、わかったから。
だから、もう充分。あとは――
『さあ、加納恭爾、大勢の悪よ。僕を喰らえ、飲み込め。僕では彼を諦めさせることなど出来ない。あとは、全部任せるよ』
地獄へ行って、罪を清算しよう。長い時間をかけて――
『遅れてきた反抗期だな、ありゃあ。中学生ぐらいに、誰しもが通るやつだ。そして、遅れたら遅れるほど厄介なもんさ、ああいうのは』
「知った風な口を利くな」
先ほど以上の変貌を遂げる異形。もはや自発的に戻ることはできないだろう。魔獣化を深め過ぎた者に訪れる自我の崩壊、である。
『ラウンドツー、とは言え、諦めないんだろ?』
「もちろんだ」
『押し付けになるかもしれないぜ。さっき言ってた、相棒に出来て『キッド』にってとこ、オイラはそう思わねえ。たぶん、皆そこは否定する』
「だから言っただろ、『キッド』に、って。皆とは言っていない」
『……高く買ってんねえ』
「俺たちの仲間に、あいつを安く見ている奴なんていない。頼り過ぎていたんだ。オーケンフィールドでさえ、それを悔いていたほどに」
『ま、そうだな』
「あいつが悔いているものの半分は俺たちにも責任がある。罪の意識を、悪夢を共に背負ってやることは出来んが、逃げ方ぐらいは教えてやれる。それがたぶん、俺がこの世界でやり残した、最後のやるべきこと、だ」
『……ま、よくわからねえが、とりあえず、ファイナルラウンドってことか』
「そういうことだ。偽善を、成すぞ!」
『文字通りだねぇ』
悪夢を具現化したような怪物を前に、葛城善は最後の戦いに臨む。
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