EX:様々な正義のカタチ

 ニケとアストライアーが争い、赤城勇樹ら最高戦力はアールトとその手勢にかかりきり、そうなってしまえば必然、世界は荒れる。

 どの世界、どの時代にも火事場泥棒と言うのは存在するのだ。


     ○


 嬲るように、あえて逃がしながら、じわじわと獲物を追い詰めていく男。男には別世界での記憶があった。あちらではあっさりと蹂躙されてしまったが、この世界に戻ってきて力をコントロール出来るようになってから、真の自由を謳歌していた。男は思う。大志を抱き正義をするのも、世界を相手に喧嘩を売り悪と成るのも、実に愚かで間抜けな行動であると。もっと簡単に、欲望を満たす方法はある。

「たすけて、ください」

「大丈夫大丈夫。おじさんはね、優しいからァ」

 こっそりと欲望を満たし、バレないように骨まで食べてしまえばいい。男の狙いは小さな女の子、大人よりも事後処理は容易い。

「ちょっとだけ、先っちょだけだよォ」

 これが賢い生き方。行方不明者が一名増えて、自分は自由の身。これが最高の立ち回り、賢い大人と言うものである。

 男は中小企業に勤める普通の大人である。年下の上司にいびられても、事務員から煙たがられても、男は我慢できる。何故なら自分は大人だから。

 素晴らしい趣味を持った、賢い大人だから、怒らない。

「いやっ」

 必死に逃げる少女。しかし周囲は元気な子どもだね、ぐらいにしか思わない。まさか同じ方向を歩いているだけの男が追い詰めているなど、露とも考えないだろう。男も気分は追い込み漁、逃げられるのもまた狩りのエッセンス。

 見知らぬ大人ばかり、親を見失った少女は助けを求めることも出来ない。全部が敵に見える。全員が悪い大人に見える。

 全てが害意に塗れた――

「たすけ――」

「あーあ、残念」

 少女は足元を見ていなかった。ただ前だけを見て、逃げていた。結果、階段に気付かずに足を踏み外す。嫌な浮遊感、次いで重力が彼女を縛る。

 落ちる。このまま倒れて、段差に衝突し、大きな痛みがやってくる。そんな想像が頭をよぎり、少女は無意識に手を伸ばした。

 誰を思うでもなく、ただ助けて、と願いながら。

「階段は走っちゃ駄目って教わらなかった?」

 その手が、ぎゅっと握られる。

「危ないよー」

 二つの手が、同時に少女を抱きとめた。周り全部が怖い人に見えていた少女は、そこで初めて自分を助けてくれた女性二人に視線を向ける。

 とても綺麗な人たちだと、思った。

「たすけて」

 絞り出すような声を聞いて、二人は少し驚き、静かに頷いた。

「すっげえ反射神経、サヤちゃんって何か運動系やってる?」

「マユちゃんもおっとりしてそうなのにカッコイイ!」

 女性二人のツレであろう男二人は称賛の言葉を投げかけるが、二人の眼はしらけ切った色を浮かべていた。あそこで手を伸ばせない男など、論外。

 まあ、自分たちもまた論外、と思い直し、

「あー、もうあんたたちいいわ。足切りでーす」

「へ?」

「ごめんねー。私も、強い男の人しか興味ないの」

 そう言いながら、蜂須賀サヤは少女を「よっと」と言いながら抱っこする。白木繭子はニコニコとその後ろに付き従い――

「……何か用ですか?」

 無関係を装っていた男の前に立つ。

「あー、ゴミみたいな臭いがするんだけど、あんたさ、相当臭いよ」

「あはは、初対面の人間に対して随分失礼ですね」

 へらへらと愛想笑いを浮かべる男に対し、サヤの腕の中にいる少女は怯えていた。それをよしよしと撫でながら、サヤの眼は冷ややかに男を見据えていた。

 その眼が、真紅に染まる。男にだけ見えるように。

「なっ⁉」

「魔獣クラスの分際で、自由を謳歌できると思った? 何でも思い通りになると思っちゃった? 賢しいツラしてるけど、あんた相当馬鹿ね」

 ピクリ、男の貌が歪む。何故休日に、突然自分が罵倒されねばならないのか。賢いのだ。大人なのだ。本当ならもっと称賛されてしかるべき存在なのだ。

 それがこんな女如きに――

「お姉ちゃん、逃げて」

「大丈夫。さすがにこのカスより、お姉ちゃんたちの方が強いから。ね、マユ」

「……はーい」

 繭子の眼も紅く染まる。それを見て「こっちも、だと?」と驚く男は、次の瞬間には身体が微塵も言うことを聞かなくなり、さらに驚くこととなる。

「…………⁉」

 言葉も、出ない。

「私たち、静かに暮らしたいんです。こういうこともしたくないですし、折角擬態して都合の良い財布を用意していたのに、全部台無し」

 男の耳にだけ届く、小さな声。身動きのとれぬ男は本能的に恐怖を抱く。こんな大人しそうな、庇護欲をそそるような女性が、刺すような眼をしていたから。

「さーちゃんとのデート、壊してくれたお礼です」

 ふっ、と吐息を吹きかけるように、男の鼻腔に鱗粉が入り込む。その瞬間、男は少女に向けていた劣情が消え、突然床が途方もなく魅力的に見えてきた。

 辛抱堪らん、と床に全身をこすりつけ始める男の脳は、完全に破壊されていたのだ。白木繭子の異性に対する絶対的なまでの力。戦闘能力皆無の彼女がシンの軍勢内で仲間からも畏れられていたのは、この能力があったからこそ、である。

「な、なにこの変質者⁉」

「うそでしょ、気持ち悪い」

「頭おかしいんじゃないか、こいつ」

 もはやこの男、床しか愛せない。

「はいはい、見ちゃ駄目。ああなったらもう、存在が十八禁だから」

 少女の眼を押さえ、そのまま踵を返すサヤ。

「私もこんな力、使いたくないのに」

 ニコニコと男を放置してサヤの後に続く繭子はせつなげに下を向いていた。

「なに悲劇のヒロインぶってんのよ。ったく、ま、いいお仕置になったでしょ。身の程も知ったでしょうし。で、あれ、どんだけ続くの?」

「んー、結構濃度上げたから、たぶん……死ぬまでじゃない?」

「あらら」

 どうせそれなりの人数やっている手合い。罪悪感などは微塵も湧いてこない。あれだけ血の臭いをさせておいて、絶対にバレない。自分は自由なのだと万能感に浸っている時点で、いずれ何かに潰されていただろう。

 それが今日になっただけのこと。

「お父さんとお母さんは?」

「わかんない、です」

「そっか、じゃあお姉ちゃんたちと迷子センター行こうね。大丈夫、きっとお父さんもお母さんも探しているから、すぐに見つかるよ」

「あ、ありがとう、お姉ちゃん」

「ふふ、どういたしまして」

「ぶー、さーちゃん何もしてないですし。したの私だし」

「小さい子に良い大人が何言ってんのよ」

「私、まださーちゃんと違って二十代だし」

「……それはライン越えでしょうが!」

 少女は二人を見つめる。凄く怖かったのだ。生まれて初めて大きな悪意に触れた。逃げても逃げても少し離れたところからついてきて、離れない悪意の塊。そんな悪意から自分を助けてくれた二人が、少女にはヒーローに見えた。

 いつまでも抱っこしているのもあれなので、降ろした後に少女を真ん中に二人が手を繋ぐ。かつて、手を伸ばした女と、それを握ろうとした善良な少年を利用して生き延びようとした女。何とも皮肉な、と二人はそれぞれ苦笑していた。

「お姉ちゃんたちも、アストライアーなの?」

「「ぶっ」」

 それを聞いた二人は噴き出す。自分たちが彼らと同じなどと、二人は思ったことなどない。これから先も、そうなることはないだろう。

「あはは、全然違うよー。私たちはね、悪者さんだから」

「そうそう、私たちみたいになっちゃ駄目よ」

 少女から手を離し、くしゃくしゃ、と頭を撫でてくれた二人。迷子センターで先んじて待っていた父母が少女を見て、飛び出すようにかけてきた。それを見て、二人は一礼するだけで何も言わずに去っていく。

「ありがとう!」

 ただの気まぐれ。気に食わない手合いだから蹴飛ばしただけ。お礼をされる筋合いなどない。あんな男など比較にならないほど、自分たちの手も汚れている。

 そんな自分たちが正義の味方など、御笑い種であろう。

「こっちで能力使ったの初?」

「うん。そうだよー」

「その割に使い慣れていた感じしてたけどね」

「あー、信じてない!」

「いや、ほら、あんたの場合さ。男引っかける時に使ってそうだなぁって」

「そんなの必要ないもーん。ちょっと飲み会で、飲み慣れてない感じを出して、度数の弱いお酒ちびちび飲んでたら、嫌でも釣れるもん、男なんて」

「こ、小細工ばかり巧みになっていくわね、あんた」

「でも、マユの一番はさーちゃんだから」

「……私はそろそろ、結婚したいけどね」

「絶対ダメでーす」

 慣れないことをして、慣れない言葉を投げかけられ、少しだけ気恥ずかしさを覚えながら二人は歩む。正義の味方になるつもりはない。ただ、目の前で手が伸びてきたら掴むぐらいはしよう。それがあの時、か弱い少年が見せた勇気を知る者として、紆余曲折を経て強さを得た者として、最低限の礼儀だとは思うから。


     ○


 フィラントロピーから分裂して、武装集団と化した組織撲滅のため日本警察も動いていた。春日武藤を失い、切り札であった宗次郎らも今は海外でアールトと戦っている。残ったのはまあ、彼らに比べたら残りカス、燃えカスであろう。

 しかも今、不破秀一郎も不在。

「オラァ! 気合いれろクソガキどもォ!」

 なので現場の陣頭指揮を執るのは、まさかの警視総監加賀美駿輔である。

「な、なんで警視総監が現場に出てんだよ」

「絶対現場に出てきちゃ駄目な人でしょ」

 部下からは奇異の眼を向けられるも、かつての彼を知る者からすればまあこうなるだろうな、と苦笑いの一つで済む話。

「デカブツ、根性入れて突っ込め」

「え、ええ⁉」

「変わるんだろうが。そのために警察に入ったんだろうが。なら、今日変われ。今変われ。明日を待つな。踏み出すなら、今日以外、今以外ねえよ!」

「……うす!」

 加賀美の檄を受けて新人、風間颯太は勢いよく駆け出した。彼はずっと人の、環境のせいにしていた。デブと馬鹿にされ、自分の世界に引きこもり、全てを拒絶してきた。力が欲しいとずっと思っていた。誰かが変えてくれることを願っていた。トラックでもいい。ゲームの世界でもいい。神様が力をくれて、自分が主役になる世界を求めていた。その結果が、今までの人生である。

 何かに利用され、何かに八つ当たり、何もかも上手くいかずに気づけば獄中。だけど、そんな自分の尻を蹴飛ばしてくれた人がいた。覚悟があるなら機会をくれてやる。やり直す機会を、踏み出すチャンスを。

 立つかどうかは自分で決めろ、そう言って向き合ってくれた。偉い人なのに、そんなの関係ないとばかりに――駄目な自分に変わり方を教えてくれた。

 人生を変えるコツ、その第一歩は――

「筋肉だァァァアア!」

 筋トレで基礎代謝を引き上げて脂肪を削り、食事をたんぱく質中心に切り替えることで筋肉を膨らます。健全な肉体にこそ正義は宿る、などと追い込まれた。酸欠で何度も倒れそうになったし、運動経験のない自分には厳しかった。

 だけど、変われたのだ。

『ふんがァ!』

 風間颯太の眼が真紅に輝く。筋肉質となった身体がさらに膨れ上がり、筋骨隆々の巨人が現れた。トロル種、魔族の中でも優れた戦闘力を持つ種族である。

 巨人が、敵が占拠していた建物に突っ込む。筋肉の塊がコンクリートの建物を一撃で半壊に持ち込んだ。誰もが絶句する。本来、これほどの破壊力など魔獣クラスは一部を除き持ち得ない。その一部こそがトロル種であった。

 太っていた体を支えていた強靭な骨格、それが今、鋼の筋肉をまといて正義のために立つ。誰かのため、そう思えるほど出来た人間ではないけれど、せめて自分のために、惨めな過去は変えられないけれど、今は変えられるのだ。

「よくやった風間ァ! 全部隊突撃! 新入りに負けるんじゃねえぞ! 死ぬ気でやれ! そうすりゃ生きる! それが人生ってもんだろうがァ!」

『うっす!』

 誰よりも先んじて風間の後から飛び込んでくる加賀美。両手で握っても扱いが難しい銃を二丁握り、最前線に躊躇いなく飛び込む胆力を見れば、自分の躊躇などくだらないと一蹴できる。まずは踏み込む、正否はその後決めればいい。

『自分が前出るんで、警視総監殿は援護お願いします』

「生言ってんじゃねえよ。俺が前衛だ馬鹿野郎」

『……この人は』

 誰よりも迷いのない一歩を踏み出す男の下、そこを居心地が良いと感じる者はちょっと変わり者かもしれないが、そんな彼らは男よりも前に出ようとする。これもまたリーダーシップ、時代錯誤と笑わば笑え。

 これが今の日本警察のリーダーである。


     ○


 戦力が充実している国もあれば、充実していない国もある。アストライアーも総戦力をニケに割いているわけではないが、それでも今まで程網羅は出来ていない。自衛が求められるも、力を揃えられない国はある。

 そんな国に――

「土産買ってってやろうぜ、アカ」

「気が合うな、アオ。南の島の食い物とか、珍しいし絶対喜ぶぜ」

 充実している国からの助力として、彼らが派遣されていた。かつて春日武藤の下で、彼を慕って金魚の糞が如く付きまとっていた二人。

「じゃ、行くか」

「おうよ」

 しかし今、この世界にもう彼はいない。道しるべを失った彼らであったが、今は春日武藤が守ろうとした者を守り抜くために、生きようと決めていた。

 彼とは別の理由で不自由を強いられてきた少年を、せめて一人前の男に育て上げるまでは、自分たちは負けないし、死ねないのだと腹を決める。

『武鬼組を、なめんなよォ!』

 赤鬼、赤坂は真紅の炎を敵戦力に叩き付ける。紅蓮の火柱が敵陣から昇る。だが、敵もさるもの、それだけでは怯まない。すぐさま反撃してきた。さすがは外国、魔族も銃火器を装備している世界である。しかも迷いなく撃ってくるのは、もう環境の違いであろう。今までならばビクビクとリーダーの後ろに隠れていたが――

『いつまでも子分じゃ、いられねえわな!』

 青鬼、青ヶ島は蒼き雷を用いて磁場を発生させ、金属製の銃弾全てを自分たちから、自分たちを輸送していたヘリから逸らす。

『アカァ!』

『あいよォ!』

 真紅の炎と蒼き雷、二つが交わり――

『『迅雷招火!』』

 圧倒的火力で武装組織を吹き飛ばした。忘れがちであるが彼らもまた魔人クラス、赤坂はアリエル、サラ、青ヶ島はシュウ相手に敗れるまでは結構ぶいぶい言わせていたものである。当然、そんじょそこらの魔族に後れを取りはしない。相手が銃火器を装備しているなど、丁度いいハンデと言うもの。

『さーて、そんなに暴れたければ、俺らが相手してやるよ!』

『喧嘩と行こうぜ!』

 赤鬼と青鬼が拳を鳴らして、売られた喧嘩を買う。

 春日武藤の遺した少年に、何よりも死んだ彼に、格好悪い背中など見せられないから。安心してもらうためにも、彼らは格好をつける。

 俺たちがいるから、大丈夫ですと示すように。


     ○


『あ?』

『覚悟無き者まで、無駄に殺すな』

 一対一対百、しかも全員が魔族であり武術を会得している状況。

『馬鹿じゃねえの? こいつら、手抜きできるほど弱くねーし』

『あらら、その程度なわけか。意外と大したことないねぇ』

『……んああああああああ! 上等だおっさん、テメエから殺してやる!』

 宗次郎の剣が心臓ギリギリまで食い込み、殺しかけたところを赤城が蹴り上げて死を回避。そうして生かしてもらった者は何とも言えぬ表情となっていた。

『死にたくないなら槍を引いた方が良い。それを咎めるような人間じゃないでしょ、あそこの男は。死ぬのが怖いのは、おかしなことじゃない』

『べらべらしゃべってんじゃねえよ!』

 宗次郎の嵐のような猛攻を掻い潜りながら、赤城は若き武人に言葉を投げかける。周囲に同調してしまうのはどこの世界でもあること。誰も彼もが――

『のけい!』

『こいつは良いんだろうがよ!』

『が、ぎ、何と言う、剣の冴え、かかか、見事也』

 生き抜いて山を登り切った者ほど割り切れているわけではないのだろう。覚悟の足らぬ者はいる。それも一緒くたに殺すのは違うし、そもそも赤城勇樹に殺す気はない。あくまで不殺を貫く。たとえ相手がどれほどに強くとも。

『マジで殺さねえ気かよ。さっきの奴も、弱くはねえんだぞ』

『俺に出来る限りは、な。今のところ、問題ないさ』

『……けっ、つまんねー奴。まあいいや、俺は全員殺す気でやるし、逃がしたいのがいたらテメエで止めろよ。この乱戦で、それが出来るか知らねえけど』

『ああ、そうさせてもらう』

 ここにいる全員が武人として一家言ある者たちばかりである。三貴士という頂に至れずとも、それを目指して修練した者ばかりがここにいる。そんな彼らの眼から見ても、この二人は全く違うベクトルで突き抜けているのだ。

 戦う者としてのリスペクトが零れてしまう。若き者は彼らを見て、もしかしたら自分たちにも別の先があるのではないかと思い、老いた者たちは彼らを見て自分たちが積み上げた全てを試してみたくなる。

『生きたい者は命を粗末にするな!』

『死にたい奴は俺がぶっ殺してやるよ!』

 武人たちの意図を汲んで戦う彼らを見下ろしながら、アールトは静かに「ありがとうございます」とこぼす。どうしたって武人と言う人種は戦う場所を求める生き物である。現代であれば、それは実戦であり死に場所と言っても良い。如何に言葉を尽くしても、集団に染み付いた思考は拭えず、彼ら自身死に向かおうとする。

 それを利用する自分も大概酷いのだが――

「つくづく、私とは違いますねえ」

 一見無駄にしか見えない敵にも躊躇なく手を差し出し、自分の負担が増すばかりの不殺を貫く男。自分ならば絶対にしない。だからこそ、彼や彼らのような存在は必要なのだ。この先できっと、パズルのように組み上がって、新しい道が生まれる。

 そんな日を、夢見る。


     ○


 少しずつ、皆の手が止まって来ていた。逸る者が減ってきたとも取れるが、皆の視線を辿ればその原因など明らかである。かつて、この世界には一騎打ちと言う文化があった。戦争のルール付けとしての側面もあったが、そんなルールが形骸化した後でも一騎打ちが各地で見られたと、そういう文献が残っていた。

 歴史が示している。

「圧倒的な強さは、人の視線を釘付けにして戦場の時を止めるのさ」

「どうでもいいです」

「……す、すまない」

「早く用事を済ませてしまいましょう。何をもじもじしているんですか?」

「いや、そういうわけではないのだが……いざとなると心の準備が」

「私、人生経験は浅いですが、心に決めていることがあります」

「なんだい?」

「愛を奪うには手段を選ばずに、です」

「……時折君の年齢がわからなくなるよ」

「……私もです」

 皆の視線がそこに集まっている間に、古城に何者かが侵入する。加熱する戦場、さらにその他と差が広がり続けている二人の怪物。

 バルコニーで眺めていたリウィウスは顔を歪める。自前で造った魔力測定器はとうの昔に天井を叩き、観測不能の領域に至っていた。フィフスマキナであればともかく、即席の鎧、パワードスーツ程度では耐久力の保証が出来ないのだ。

 魔装の技術を取り込んだモノゆえに、容易く破損することもないだろうが、そもそもここまで引き上がり続けていること自体が異常。明らかにおかしい。

 オーケンフィールドも、ニケも、この時代で観測したデータとはもはや似ても似つかない数値であった。

「……あの二人、まさか」

 ニケの拳で鎧の一部が壊れる。だが、オーケンフィールドの拳がニケの腹に突き刺さり、吹き飛んで地面に叩きつけられた。

「甘いな、ニケ」

「かっか、うるせえよ、オーケンフィールドォ!」

 ハンス・オーケンフィールドとニケ・ストライダーが並び立つ。いつの間にかニケの姿は魔獣形態ではなく、ただの人に戻っていた。限界が来たのか、そう思った者はこの戦場にいない。ここにいれば嫌でも感じてしまう。

 只人のニケの方が、明らかに強い。

「俺は強いぜ、オーケンフィールド。ついてこれるか?」

「はは、それは、こっちのセリフだよ、ニケ」

 またしても始まる殴り合い。血反吐撒き散らしながら、二人のテンションは徐々に跳ね上がっていく。凶暴な、それでいて嬉々と、彼らの中でタガが外れていく音がする。皆に合わせていた歩調を、自分と眼前のペースにしたのだ。

「噛み合い過ぎっすよ、これ」

 黄金の雰囲気と真紅の雰囲気が衝突する。天が轟く、地が揺れる。

 世界よ慄け、これが現代の『最強』たちである。

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