EX:嵐、来る
「フィラントロピー構成員が各地で暴動を起こしています!」
「プトレマイオスより連絡途絶。その周辺国でも同様に連絡が繋がりません。おそらくは複数国家にまたがり、フィラントロピーの動きに追従している模様」
「これだから暗黒大陸は!」
「それ、差別用語ですよ」
アストライアー本部では急転し続ける事態に喧々囂々の大騒ぎであった。突如、世界中でフィラントロピーが過激な動きを始め、各国から救援の要請がいくつも飛び込んできていた。アストライアーは正義の組織である。それらを無下にすることは出来ない。出来ないのだが、それらが陽動であることも理解していた。
「旧アルカディア地区、映像、出します」
「さすがだね、『コードレス』くん」
「いえ、その、普通です」
かつてのアストライアーの中核を担った女性、『コードレス』もまたアストライアーの活動に参加し、主に情報収集を担当していた。その収集手段は、基本的にクラッキングによる各国の機密情報へのアクセス、である。
そして今、彼女が行ったのは某国所有の人工衛星、その運用権限をかすめ取るというクラッキングである。当然、国家によっては極刑にも相当する大犯罪であるし、実は彼女自身、身元がバレていないだけで国際指名手配犯でもある。
罪状は各国機密情報へのアクセス。衛星のジャック、その他数え切れぬほどの情報犯罪を行っていた。が、彼女に罪の意識はなく、指名手配されていたこともオーケンフィールドに教えてもらったほどであった。
ただそこに閉ざされた扉があったから、とアルピニストのように語っていた。実際彼女は閲覧しただけで情報を外部に漏らしたり、売ったりもしていない。正真正銘開けたくなったから開けただけ。罪の意識もないから足跡も消さない。相手側には見られたという記録だけが残る。しかも、厄介なのは彼女自身人見知りのため、相手からの追跡に対して徹底的な防備を敷いていた点もある。
ゆえに名ばかりが独り歩きしていた。軍事機密を担う者たちからすれば恐怖でしかないだろう。ホワイトハッカーからしても畏怖の対象であり、彼女の案件であれば絶対に受け付けない、と言い切る凄腕も多数いるほど。
そんな世界中が恐れていた彼女がアストライアーに加入した経緯は、世界中から注目された際、HP内の技術者募集の項目から元アストライアーとだけ書かれた履歴書を提出、普通に面接を経てここにいる。
「やはり、プトレマイオス以下、この衛星に出資している国家全てがフィラントロピーとの繋がりがあります。情報、提供していた形跡があるので」
「なかなか根は深い、か。何か光が見えた。この部分を拡大してくれ」
オーケンフィールドの指示で映像を拡大する。
「これは、人型の、ロボット、でしょうか?」
「そのようだね。対するは、ニケ、それに……『キッド』か」
魔獣化したニケと同じく魔獣化した『キッド』。どちらもアストライアーとして幾度か戦っている相手である。ニケの全長は最大四メートルから五メートルほど、『キッド』は一回り小さく三メートルほどであろうか。
「……『キッド』さん、シン・イヴリースに、そっくりですね」
「彼にとっては恐怖の対象なんだろう。それこそ、自らをそう造り替えるほどに。トラウマがそのまま自らの形になった。彼もまた、被害者ではあるよ」
加納恭爾に殺され、彼を恐れるあまりに自分を近づけていく。誰が彼を咎めることなど出来ようか。あのワンダーランドの地獄絵図を見れば、心の一つや二つ、壊れてもおかしくはない。仲間であった彼らは、そう思う。
「それにしても、この戦っているロボット、どういう原理で動いているんでしょうか? こんな巨体を浮かせるほどの力なんて、考えられません」
「……おそらくは、魔力がメイン動力なのだろうね。各関節部に魔術式が展開されている。それに能力から察するに乗り手は第一の男だ。彼を知るクラトスが言っていた。まだ、自分たちもフィフスフィアには至れていない、と」
「それって――」
「ああ、調律と増幅、それがあのロボットの意義なのだろう」
「……ゼンさんの、義手と似て……あれ、違う、あの、腕」
『コードレス』は目を見張る。
「そう、似ているんじゃない。同じだよ。サイズ以外、全部、同じだ」
オーケンフィールドは吐き捨てるように言った。
「あれを造るために一度、ミニチュアの義手を造った、と言うこと? でも、ロボットの腕をわざわざ義手に造り替えたのでしょうか?」
「もしくは、義手が先だった、という可能性もある」
「え?」
彼にしては珍しい形相であった。あちらの世界で皆を観察していた『コードレス』でさえ初めて見る貌である。
「義手が先、それがたまたま、ゼンに適合した? わかっていたさ、タケフジに千切られた腕の代わりが、あんなにすぐ用意されているなど、おかしいとは思っていた。何を隠している、賢人会議。何を知っているんだ、アルトゥール」
もし、が頭の中を駆け巡る。杞憂であればそれでいい。偶然であれば、それでいい。だが、それが必然であったとするならば、運命であったとするならば――
「それに――」
もう一つ、引っ掛かる部分もある。それはあのロボット、ほんの僅かだが、ある機構の面影があったのだ。気のせいと言えば、それまでの気もするが――
ほんの少しだけ、トリスメギストスとライブラの融合形態に造詣が似ている気がしたのだ。たまたまなのか、それとも――
○
ゼンとアカギはげんなりした表情で視線を上に向けていた。そこには民間企業が造ったロケット、という建前の大陸間弾道ミサイルが天に向かって屹立していたのだ。まあゼンたち素人目線で違いはよくわからないが、それでもミサイルです、と説明されて乗り込むのは、正直嫌な気分しかしなかった。
「おいちゃんもねえ、昔は宇宙飛行士になりたいなぁ、なんて思ったもんさ」
「……俺も、小さい頃に」
「男の子はねえ、皆一度は夢見るもんだけど……ミサイルはなぁ」
「まあ、たぶん死なんとは思うが」
「だねえ」
アストライアーのトップはハンス・『オーケンフィールド』である。家柄上、軍事関連企業との繋がりは非常に深い。そのコネクションを使って、輸送機などを融通してもらっているのだが、今回のミサイルはやり過ぎである。
組織の戦力トップ二人に、同時に休暇を認めた時点でうさん臭くはあった。え、いいのかな、とは二人とも何度となく思っていた。ただ、それでも大陸間弾道ミサイルを使用して輸送できるから大丈夫、とは思わないだろう。
「しかし、日本もまずいんじゃないのか? さっき入った情報だと、捕らえていた魔族も暴れ出したらしいぞ。そっちから止めた方が良い気がするんだが」
「減衰剤に対する仕込みがあったんだろうねえ」
「……悠長だな」
「日本は、大丈夫だよ。収容所なら、あの子がいる」
「あの子……ああ、そうか」
ゼンも誰か思い至ったようで、彼ならば大丈夫だろうと納得する。
「他はいつも通り警察がやるだろうねえ。日本のは、武藤君抜きでも優秀だよ」
「シュウもいるしな」
「そうそう、後顧に憂いなし。気楽に行こう」
「ああ。それにしても、少し雰囲気が明るくなったな」
「そうかい?」
「何となくだが」
「ふふ、まあ、少しだけ童心に帰った、のかな。そっちも張り詰めた雰囲気が少し緩んだと見える。お互い、いい休暇だったみたいだねぇ」
「そうだな」
二人は苦笑して、天を衝く円筒形の乗り物に向かう。乗り物というには少々荒っぽいが、彼らにとっては何の問題もない。
道中の負荷がきつく、着陸の際の衝撃を緩和する機構が存在しないだけである。まあ、普通の人間であれば肉片一つ残りはしないだろうが。
アストライアーが誇る最大戦力がふた柱、リフトオフ。
○
日本の北端、そこには秘密裏に建造された収容所があった。刑務所でもあり、隔離施設でもあるそこは警察管轄の施設でありながら、薬物などの実験も行われている場所でもあった。ここでの研究結果が、特殊対策室にも活かされている。
そんな場所が今――
「撃滅、絶滅、滅殺」
施設が半壊するほどの大惨事となっていた。原因は収容者の約三割を占めるフィラントロピーの人造魔族及びそこに所属していた『ナチュラル』の存在であった。彼らはある信号により融解するカプセルを体内に仕込み、その中に入っていた減衰剤の効果を打ち消す薬品によって、力を取り戻したのだ。
施設自体、通常よりも頑丈に作られているが、それでも魔人クラスでも上位に近ければ大した障害でもない。すべて破壊し尽くすまで、大して時間もかからないだろう。実際にほぼ壊滅状態にまで追い込んでいる。
「……煩いな。今は就寝時間だぞ」
『殴殺!』
魔人化した彼らを阻む戦力は用意されていない。減衰剤に頼り過ぎたツケであるが、そもそも彼ら全てに対応する戦力を一か所に固定し続けるなど、どこの国家でも、どこの組織でも難しいだろう。ただ、日本は幸運であった。
『何故ッ⁉』
手枷を付けた男が自身の体躯の何倍もある魔獣化した魔族を、足一本で止める。この施設で唯一減衰剤を投与されていない『ナチュラル』。かつて自分が行ってきた犯罪行為を自供し、罪を償うためにここにいる男の名は――
「こ、称呼番号1924! 所長権限により魔獣化を許可する!」
「了解」
黒木比呂。漆黒の姿はどこか、赤城勇樹の魔獣化した姿と似ていた。
魔獣化と同時にサイズアップし、枷が吹き飛ぶ。黒き竜人と対峙するはサイズ的には圧倒的差がある同じく漆黒の魔人。フィラントロピー幹部であり、先日イチジョーらが交戦し、タケフジが打ち倒した相手であった。
「抵抗した者は、殺しても良いことになっている」
『その必要はない』
刹那、幹部の視界からヒロの姿が消える。
『ッ⁉』
超低空のタックル、それでまず足を一本、関節を外しながらもぎ千切る。相手の反応が追いつく前に足払いを仕掛け、相手の残り一本の足を刈り取った。自立不可能と成った幹部は倒れ、ヒロに頭部を差し出す形と成った。
『怪ぶ――』
『寝てろ』
頭部を引っ掴み、シェイクする。どんな生物であっても、どんな種族であっても、どれだけ固い外皮に覆われていても、中身まで固く出来ていない。
これで、意識もまた刈り取ることに成功する。
「こ、これほど、強かったのか」
所長である男は唖然としていた。彼の罪状は聞いていたし、戦力として活用しろとも警察上層部から通達はされている。最初は所員一同怖れていたのだが、模範囚で大人しく自由な時間は読書に費やすだけの男を見て、次第に警戒は薄れていた。
だが、目の当たりにして思う。これほどの男が、何故模範囚として大人しく収容されているのか、と。これだけの強さがあればいくらでも逃げられたはずである。フィラントロピー幹部でさえ、秒殺してしまうほどの男である。
罪状だってここに収容されている者の中では大したことない。マルチ商法もといネットワークビジネス、この男程度の悪人など世の中には溢れている。わざわざ自供して、不自由に陥り、この男は何を望むのか。
「し、死んだのか?」
「生きています。他の連中も寝かしつけておきますので、後はお任せします」
何十、場合によっては百近い魔族が目覚め始めているというのに、この男は殺さないと言い切った。強さもそうだが、もう二度と犯罪には手を染めぬという強い意志を感じる。二度と、間違えるものかという、鉄の覚悟が――
「ま、任せたぞ。こちらは濃度を上げた減衰剤を投与してみる。効果がなかった場合は、また同じことが起きてしまうが」
「それならまた、俺が寝かしつけますので」
「……わ、わかった。殺さない方向で、やってみよう」
奥から不自由を強いられていた魔族たちが殺到してくる。ヒロはただ一人、彼らと向き合い。殺さずに打ち倒さんとする。
もう一度、あの背中を目指して――
『やるか』
黒木比呂、単騎突貫。
○
クラトス・ガンク・ストライダーは悪者らしく青少年を拉致し、えっちらおっちら走っていた。さっきから光線によって撃ち抜かれた魔族の死体が雨あられのように降り注いでいた。酷い天気だ、とクラトスはため息をつく。
「は、放してほしいっす。この状況で外に出るとかあたおかっす、あたおか!」
「火事場泥棒ってっやつだ、諦めろ」
「え、英雄の血筋なのに、とんでもないクソ野郎っす」
「英雄じゃねえよ。野蛮で時代遅れな戦士の血筋だ」
ひと際巨大な肉塊が、彼らの頭上に影を作る。
「ちょ、し、死ぬ⁉」
「こんなもんで死ぬかァ」
だが、男の拳一つで肉塊がはじけ飛ぶ。直径にして六メートル近くはあったはずなのだが、たった一発で吹き飛んだ。こんなもの、人間業ではない。
「ひょえ⁉」
「ちっ、調律後に比べりゃクソみてえな威力だな。相変わらずフィフスフィアに関しちゃ出る気配もねえし、どうなってんだ、ああ?」
「じ、自分に聞かれても困るっすよ」
「あれのエンジニアなんだろ、リウィウスよォ」
「そりゃあまあ、そうっすけど……あのー、もしかしてエクセリオン、フィフスマキナ目当てで自分を拉致ってる感じです?」
「それ以外ねえだろ」
「で、あれば、現状自分じゃあれ、造れないっすよ」
「は?」
「厳密には骨組みは造れるっす。ただ、一番重要なエンジン、魔術部分が自分の管轄外っすからね。あれ、分担で造ったんすよ。自分が科学、ってか工学担当っす」
「……なら、その魔術部分はどこの誰が造った?」
「知らねえっす」
「おい、しらばっくれるなよ。俺の力は今見たばかりだろうが。舐めてるとあれだぞ、ぶっ殺すからな。拳で」
明らかに脅し慣れていないクラトス。部下からは黙っている方が威圧感あるので鉄火場では黙っていてください、と言われるぐらい向いていない。
「いや、マジで知らねえんすよ。それ知ってるの、アルトゥールさんだけっすよ。自分は送られてくる魔術用品をせっせと規格に落とし込んで、我が子に組み込んでいるだけっす。ゆーて、器がなければ動かないんで、自分の功績、って言うか技術、はやっぱこう、歴代リウィウスの中でも抜けてると思うんすけどね」
「いや、それはどうでもいいんだが」
「どーでもよくねえんすよ! ほら、いつだって上の連中はエンジニアを軽視する! あれがどんだけ凄いものかぜーんぜんわかってなーい!」
「わかった、わかった。お前はすげえよ。ほんと、大した奴だ」
「まあ、それほどでもないっすね」
顔見知りとは言え拉致されて、しかも上空では激しい戦闘が行われている最中に褒められることを優先する豪胆さは、クラトスにもない感性である。
「で、エンジン部分、魔術用品とやらはどこから送られてくるんだ? それとも送ってきた場所も相手もわからない状態で組み込んでんのか?」
青少年は「んーむ」と少し考えこんだ後――空を指さした。
「空から降ってくるってか? 冗談も大概に――」
「月っす」
クラトスは「ふざけるな」と睨もうとするが、男の目を見て冗談の類ではないと知る。これは、本気の眼である。
「マジ?」
「マジっす」
賢人会議お抱えの技術者が、荒唐無稽なことを言い切った。
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