最終章:英雄対軍勢

 『コードレス』を通し、世界中がこの光景を見ていた。

 誰もが、声を失っていた。絶望の淵に立たされ、最後の最後で思い浮かべた光景が今まさに、目の前にあるのだ。思い浮かべ、否定するしかなかった夢想。

「ゼン、様」

 もういないはずの男が、ここにいる。

「ゼン、なの?」

 信じられない。でも、信じたい。

「「ゼン!」」

 絶望の底から、光が差す。


     ○


 加納恭爾は宗次郎に貫かれながら、その男を見つめていた。

「……くく」

 笑みが、零れてしまう。抑え切れない。

「くっく、く、くっはっはっはっはっはっはっは!」

 笑う。哂う。嗤う。

「本当に素晴らしい。これで貴様は世界のお墨付きを得たわけだ。英雄、葛城善。クズから英雄に成った男。本当に、本当に素晴らしい!」

 様子がおかしい加納から離脱するため、宗次郎は剣を引き抜こうとするも、再生する肉が固着し、抜けなくなっていた。

『くっ!?』

 驚愕した瞬間には、宗次郎の身体は宙を舞っていた。邪魔だと言わんばかりの拳。無造作なるそれがギリギリ食い下がっていた男を潰す。

 されど、加納は宗次郎など見ていない。

「……どこまで私を虚仮にする、世界よ」

 薄皮一枚、笑みの下に蠢くは極大なる怒り。可能性を身をもって示した葛城善に、最後の最後で証明を己に突き付けた世界に、何よりも不変であることに縋り続けた滑稽なる己に。全てに、憤怒する。

「私が、間違っていると、ええ、知っていますよ。知っているとも。私はいつだって間違いで、私はいつだって仮面を被った狂人、少数派で、秩序の敵、知っている。知っている。嫌と言うほど、理解している!」

 もはや自分が何に怒り狂っているのかがわからない。

 ただ一つだけわかることがある。

「ゆえに、全てが私の敵だ」

 今、目の前に広がる地平すべてが、己の敵であると言うこと。


     ○


『相棒よォ、召喚の時もちっと急げただろ。なんで着付けしてんだよ』

「……まさかここまで窮地とは思わなかった。てっきり、今からみんなで戦おう、となるものかと。正直、いきなり目の前に化け物がいてびっくりした」

 回想を一通り咀嚼したギゾーのツッコミにゼンは困った顔をする。

「だが、準備した分、少しは役に立てると思っている」

『おやぁ、これまた随分謙虚な英雄だなぁ』

「大いに役立つつもりだ」

『へっへっへ。やっぱ相棒は良いねえ。この抜けた感じが良い。まあロキの目ん玉も悪くなかったけどよ、ちーっと音楽性が合わなくてな。それに座り心地っていうか、収まりがな、あっちはこっちが入ってるのにぐいぐい目玉が再生しようとしてくんだよ。居候は出てけって感じで』

「それは災難だったな」

『そこにいくと相棒の身体はもう指定席みたいなもんよ。っても、俺がいなくても色々できるようになったんじゃ、こっちも商売あがったりだけどな!』

「……安心しろ、俺とお前の能力は違うものだ。俺は武器以外、作れない。もっと言えば原風景である刀から、離れれば離れるほど、精度が落ちる」

 子供の頃、何かの授業で見に行った博物館だか美術館。そこに飾ってあった刀に圧倒された時間が、葛城善という男の原点である。

『ほーん』

「それに燃費も悪い」

『ま、オイラはあれよ、腐っても神の眼だしな。燃費はお前、リッター三十は行くぜ。街乗りだと知らねえけど』

「相変わらず意味不明だ。まあ、俺とお前のハイブリッドなら、やれることは増えるってことだ。頼りにしてるぞ、相棒!」

『へっへ。わかってんじゃねえか。……やったろうぜ、相棒!』

 ゼンとギゾー、二つのフィフスフィアが輝く。

『「テリオンの七つ牙が一つ」』

『「アルクス!」』

 本陣全体に張り巡らされた盾の壁。それは天地の敵を本陣に寄せ付けぬ防壁と化した。元のアルクスに比べ、明らかに強度が増し、対魔族以外にも圧倒的な防御力を誇るようになったそれは、もはや名前だけ借りた別物である。

『これで守りはオッケー。つーか随分タンクの容量上がったじゃねえの、相棒。今まで全然入らなかったのに、オイラ嬉しい!』

「ああ。俺も驚いている」

『あん?』

「第四の男は、俺だけじゃないってことだ!」

 ゼンの気合と共に、魔力が膨れ上がった。

「今の俺とお前なら、やれる」

『うわお、こんなん作ったことねえぜ』

 ゼンの頭の中に在る設計図を見て、ギゾーは苦笑するしかない。昔はただの刀剣だってまともに思い浮かべられなかった男が、とうとうこんなモノまで鮮明に思い浮かべられるようになったのだから。

 本当に、世の中分からないものである。

「出すぞ」

『はいよォ』

 顕現するは、大量の銃器。手に持っているものと同じもの。

 その数、千を超える。

 宙に座すそれらは殺意の塊。されど、それを神も魔も知らない。操り手である加納は既に軍政の細かな操作を放棄している以上、彼らがそれに対応する術はなかった。何が起きるのか、彼らは知らぬのだから。

『大した燃費だぜ』

「ハイブリッドだからな」

『「イグニション」』

 世界が知らぬ、殺意の雷鳴が轟く。魔力が込められたそれは矢のように突き立つことなく、まるで抵抗など存在しないかのように肉を、骨を穿つ。

 凄まじい掃討力に、敵味方問わず言葉を発することも出来ない。

 殺戮の嵐、無慈悲なる蹂躙。

『ひゅー、やべーな、これ』

「これがオークガンだ。強いぞ」

『でもまあ、何となくわかったぜ、オイラが必要な理由。ワンマガジン使い切る前に、半分くらい壊れてるな、これ』

「ジャムった。ちなみに俺一人だと、半分以上一発目で故障する」

『いやー、技術の発展ってスゲー』

「知識だけではどうにも出来なかった。が、これでそれなりに削れた。そして俺は今、フルアーマーオークだ。見せてやる、これがグゥ直伝の――」

 ゼンは銃を二丁構えて、

「オークコンバットだ!」

 普通に走り出した。

 敵の群れに突っ込み、銃を撃つ。弾をバラまく。LMG特有の圧倒的弾幕形成によって無理やり安全地帯を創り出す。

 そして、もっと撃ちまくる。

『おいおい、弾切れしねえなァ!』

「ふっ、弾は創れる。マガジンを取り換えることなく、補充可能だ。本当のオークコンバットは遮蔽物を利用して――」

『無限で草』

「魔力が切れたら終わりだがな。あ、それと――」

 葛城善、大暴れ。


     ○


「……あいつ、いきなり現れて、いきなり飛ばし過ぎでしょ」

 アリエルは涙を流しながら腹を抱えて笑う。肩を貸しているシャーロットも同じように笑っているのか、身体が震えていた。

 すでにお互い満身創痍。

 それでもこれ以上、今の彼女たちにとって素晴らしい薬はない。

 最初、誰の案だったかも忘れたが、召喚術に託す案は満場一致で却下された。クーンの能力を加味しても、あまりに運頼みが過ぎたから。

 それに新たなる英雄が、凄まじい能力を持っていたとしても、それを習熟させてやる時間がないと、誰もがそんなことわかっていたのだ。それでも気づけば、可能性は残しておいた方が良いと、最後の手段として採用されていた。

「ねえ。あのふざけた案に対して、多数決を取った時にさ、もしかしたら、皆、こんな光景を夢見ていたのかな? あんたはどう思う?」

「……ぁ、ぁぁ」

 か細い声。能力を行使し過ぎたため、声帯が焼けてしまったのか、それとも凍ってしまったのか、アリエルには判別つかないが、彼女はもう話すことすら出来ない。手足を失い、残った方も壊死寸前。

 火傷痕も広がり、顔も美しかった彼女の面影はない。

「ま、聞くまでもないよね。だってあの時、賢いはずの私たちがさ、満場一致だったもんね。理屈じゃ、満場一致で否定したのにね」

 奇跡が目の前にある。

 もう一度、会えた。

 アリエルはその幸せをかみしめながら、あの背中を見つめていた。シャーロットを支える腕にぎゅっと力を込めて。

 もうそんなに、時間はないから。

「頑張れ、私たちのヒーロー」

 ニケを止めるために必死で抗った彼女たちは、すでに死の寸前であった。能力が焼き付くまで抗った麗人も、剣が砕け腕が千切れそれでも立ち続けた貴人も、両方ともいつ死んでもおかしくはない。

 それでももう少しだけ、もうちょっとだけ、この景色が見たいと思う。

 きっともう二度と、こんな奇跡は訪れないはずだから。


     ○


「――銃身が焼き付いても、終わりだ」

『結構早いな、おい!』

「これでも良く持った方だ。それにまだ、オークコンバットは始まったばかりだぞ。なんとびっくり、拳銃も装備しているのだ」

『そっかー』

「これも銃身が焼き切れるまで撃ち続けられる。俺とお前ならな」

『なんか、思ってたのと違う』

 敵の群れの中で大立ち回り。言動はともかく防御しようが何をしようが、明らかに少量の魔力であっても止められない弾丸は脅威以外の何物でもない。弓矢とは比較にならない武器としての桁違いの性能。

 彼らが反射で行う防御は全て、圧倒的な戦力の誤認により吹き飛ばされる。

「さらに手榴弾の威力も――」

 ゼンはそれを思いっきり空へと放り投げた。

 そこには神族や天使の軍勢が――

「この通りだ」

 いたのだが、爆散してしまう。ぽっかりと空いた空白が、爆発の凄まじさを物語っていた。決して、これほどとんでもない兵器ではない。現代の兵士であれば普通に携帯しているものである。だが、それと魔力が組み合わさると、

『たーまやー』

 こうなってしまうのだ。

「ちなみにもう少しシンプルな銃なら、俺でもそれなりのものは出せる。火打ち式のとか、中折れ式とか、そんな感じなら――」

『相棒!』

 そんな話をしていたゼンの前に、加納恭爾が現れた。その眼はギラギラとした炎を湛え、殺意みなぎる拳がゼンを撃ち抜く。

「随分と楽しそうだな。人の気も知らないで……。私は今、とても最悪な気分なんだよ。こんなに気分が悪いのは、いつ以来だろうか」

 独り言をつぶやきながら、加納は嗤った。

 あまりの威力に、思いっ切り吹っ飛ぶゼン。錐揉みしながら、相当な距離を吹き飛び、最後は思いっきり顔面から地面に叩きつけられた。

 さっきまで感動的なまなざしで、彼を見つめていた彼女たちのところに。

「……何してんの、あんた」

「……いや、その、すまん」

 鼻血を垂らしながら、ゼンは頭を下げる。

「あんたは私たちの希望なんだから、ふざけてたら本気で怒るわよ」

「……ふざけているつもりは、一応オークコンバットは実績のある戦闘術なんだぞ。俺の友達が考案したんだが」

「その友達、たぶん馬鹿だから縁切った方が良いわよ」

 グゥは良い奴だぞ、と反論しようと顔を上げたが、その際ようやくゼンはアリエルの状態を理解する。平静を装って会話していた彼女は、腕を欠損し顔色も青白くなっていた。おそらく、血が足りていない。

 出血し過ぎている。

「アリエル、すぐに治療を――」

「葛城善」

 その言葉を遮り、アリエルは真っ直ぐとゼンを見つめる。

「私が貴方に求めるのは一つ、必ず勝ちなさい!」

 自分のことではなく、世界のために。

「もちろんだ。そのつもりで来た」

「なら、もうぶっ飛ばされる所なんて見せないでよ。心臓に――」

「やぁ、談笑中失礼」

 最中、次元をすり抜け加納が接近する。宗次郎が手放してしまった二つのエクセリオンを同じく次元の狭間から抜き出し、そのまま断ち切ろうと――

「話し中だ」

 振ろうとしたところで、ゼンの正拳突きが加納の顔面を砕く。構えすら見えない神速の突き。加納恭爾を、シン・イヴリースを、吹き飛ばす。

 その姿は――

「ユーキ、さん」

 ある男にとってのヒーローを想起させた。

「――悪いん、だから」

 反応すら出来なかったアリエルは驚いてゼンを見る。いくら世界が召喚したとはいえ、前に比べるとあまりにも強くなり過ぎていた。

「安心しろ、俺は負けん」

 一瞬、アリエルには彼と共に立つアストライアーの姿が見えた。もう、死んだはずの皆が彼と共に在る。奇跡のような、幻想。

「なら、信じる。私も、たぶん、こいつも」

 ぐいっと力を込め、シャーロットの顔を無理やり上げさせる。

「ぁ、ぁあ!」

 やめろ、とアリエルには聞こえたが、やめない。

「……シャーロットか」

 変わり果てた姿。絶対に見られたくないと思っていたのに――

「ありがとう。俺が守りたかったものを、必死で守ってくれて」

 ゼンは、二人を同時に抱く。力強く、抱きしめる。

「お前たちは、本当に美しいなぁ」

 気のきいたセリフなど、吐いたこともない男が笑顔でこぼした言葉。

「見ていてくれ。今、全てを終わらせてくる」

 そして男は腕を解き、ただ一人の敵を睨みつける。

『相棒、敵さんどうやら、もう軍勢を使う気なんてないみたいだぜ』

「そのようだな」

 軍勢の動きが、気づけば止まっていた。その代わりに、膨れ上がる加納恭爾の戦力。凄まじい魔力である。一人であれば臆してしまいそうな、圧力。

「行ってくる」

「ええ」

 ゼンは対軍勢用の装備を脱ぎ捨てる。相手が集団を捨てた以上、やるべきことは一つだけ。今までの全てを、この戦いにぶつけるだけである。

『葛城、善ン!』

 折れた鼻を戻し、加納は魔獣化して突っ込んできた。

「征くぞ、皆」

 ゼンもまた魔神化する。銀色の獣、醜悪なる魔の獣はそこにいない。生まれ変わった葛城善が、そこにいる。

 皆の期待を背負い、受けた立つ。

「ウォォォォォォオオオ!」

『全部、消え去れェェェエ!』

 生まれ変わった正義の英雄対生まれながらの悪の王、開幕。

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