最終章:本陣

 加納はヴォルフガングの能力によって攻め方を変えさせられることとなった。本陣への攻めではなく、彼の能力の範囲外での戦闘を強いられることとなる。まあ、これはこれでがっぷり四つ、シンの軍勢にとっては優位な展開だったが。

「……さすが、追い詰められた英雄たちは色々考えるものだ」

 個の力で勝る軍勢は、本来であればじわじわと前線を押し込むはずであった。だが、現実は拮抗、それどころか地上戦はわずかに押されつつある。

 その理由は、

「恐れるな! 我々には英雄の加護がある!」

「ウォォォォオオ!」

 即死以外のダメージ、損傷、それらが喰らってすぐに回復していたのだ。魔族のような再生とはまた異なる回復方法。

(いや、治療、か)

 千切られた腕から伸びる魔力の気配。それがするすると糸のように欠損部と縫い付け、少しでも欠損部を塞ぐ形で魔力による再生を開始する。

 人為的なものである。

 人を破壊することには多少の知見がある加納は哂う。

 これを成している人間は自分と対極であり、同類である、と。

 ここまで至るために必要な犠牲者の数、生半可ではないだろう。試行回数が増えれば必ずどこかで取りこぼす、それが医療というもの。

 これだけ分厚い積み重ね、どれほど途方もない数の患者を救い、殺してきたのだろうか。義務感では到達不可能、信念でも難しい。

 これを成している者は好きだから、ここまで至ったのだ。

「……私はね、君たち英雄を見ると心が安らぐのだ。君たちは特別な性質を持ち、初めから人ではない何かとして生まれ出でる。本質的には、私たち対極の者と何ら変わりはない。それはフィフスフィアが証明している」

 特別な者にはふさわしき力を。

 これを成している者はきっと第九位『ドクター』であろう。八位もご覧の通り怪物で、七位、六位とて他の者と比べれば素晴らしい能力であった。五位は優先的につぶす必要があったし、四位も手が付けられない。

 三位によって軍の中核が滅ぼされ、二位の真価は今蒼空を見れば明らか。一位は言わずと知れた最強の英雄。最も劣るはずの十位でさえ万全のクラウンを削り、二位に渡すことでトリックスターになりえた道化のタネを多く、潰した。

 オドの大半が欠乏状態、道化のタネも品切れ。あれがなければ道化の王もあの獣に喰われ、死に絶える無様はなかったかもしれない。

 そう、彼らは加納の想定通り、いや、想定以上に怪物だった。

 それは決して、今の加納にとってはショックな出来事ではない。むしろ彼は喜ばしいことだとすら思っている。英雄は英雄、彼らの隔絶した力が物語っている。英雄に生まれ、英雄として生き、英雄として死ぬ。

 素晴らしいことだと加納は哂う。

 彼ら以上に雄弁と、人が不変であると物語る存在はいないのだから。

 今思えば、人を魔族に転生させていたのも、彼らのパーソナルを集めていたのも、全てはその確認、証明のためだったのかもしれない。

 実際に転生した彼らに例外はなかった。王、人、獣、想定以上に想定通り。ネフィリム、赤城勇樹、藤原宗次郎など後天的に王と成った者は、元々そういう器であることが創造主である加納にも見えていた。だから驚きはない。

 明確な線があった。不変なるそれが加納を癒した。

 人は不変である。英雄は英雄、凡人は凡人、クズはクズ。

 それが理。この世の真実。

 例外は――

「……もう、いない」

 一瞬チラついた例外を振り払い、加納は戦場を見つめる。

 ことここに来れば加納とて理解できてしまう。今見えているあそこは本陣ではないのだ。厳密に言えば前線基地程度のもの。多少タレントに欠けがあると思っていたが、それらはすべて本当の本陣にいるのだろう。

 そこで、彼らは秘策を用いて傷ついた兵士をすぐさま治療、即戦線復帰させ戦力差を埋めているのだ。力技であるが、実に見事な応用力と言える。

 何よりも面白いのはあのベリアルとルシファーがアストライアーの仕掛けに協力している、ということ。本来、人族の頼みなど聞くはずがない存在が、彼らのためにあえて戦闘参加を控えている。

 全ては彼らの視線が物語る。

「私だけを見ている、か」

 彼らは片時も加納から目を離していなかった。試しに空間を割って、繋げようとするが、即座に干渉され別の場所に変えられていた。

 己だけに注力していれば、あれほど大雑把な王でもこの程度は出来る、その眼はそう語る。おそらくは重力操作でも同じ結果が待つ。

「よく練られている」

 勝つための執念、彼ら英雄の、人の、魔の、神の、生きとし生ける者全ての、全身全霊がこの戦いには込められていた。

 自らを断つには悪くない刃であろう。加納はそう思うと同時に、それらをへし折り、彼らの絶望を覗きたいという欲にも駆られる。

「くく、ことここに至り、無敵だな、私は」

 この勝負、勝っても負けても、加納恭爾に揺らぎはない。

 ゆえに、

「ガープ、ファヴニル、無理ばかりさせて済まない。これで最後だ。存分に暴れ、存分に奪い、そして、滅べ」

 加納恭爾は笑顔をもってタクトを振るう。

「テリオンも起動。暴れて絶滅せよ。さあ、神話の再現といこう」

 彼は今、心の底からの笑みを浮かべる。

 今この時、彼の心を揺らがせる例外は、存在しないから。


     ○


 とある森の中に、ひと際巨大な大樹が根を下ろしていた。

 その中心で大樹は抱くように輝けるアルスマグナ、このロディニアに住まう人々から集めた魔力の結晶を守っていた。

 それは『コードレス』の能力で世界中を繋げ、現在進行形で供給され続けていた。巨大なる魔力のストックポイント、ロキたちが考え抜いた結果、魔族や加納のやり方を真似してしまえとこの術式が採用された。

 もちろん、『コードレス』の繋げる能力あってのもの。このアルスマグナを運用する上で、いや、そうでなくともこの戦争で言うアストライアー側の玉は彼女であった。彼女が欠ければ、この先に用意してある策は全て水泡に帰す。

 ゆえにフラミネスを中心に守護、偽装の魔術を魔術師や召喚士たちが張り巡らせている。物理的なカモフラージュとして戦場に近い森を選んだ。

 そして、策の第一弾である不死の軍隊、その要である男は凄絶な笑みを浮かべ、一心不乱に『コードレス』が繋げた無数の軍を遠隔で治療し続ける。

 ありえない速度、ありえない情報処理、ありえない精度。

 刹那に、適切な処置を、絶え間なく。

 それでも取りこぼす。その度に男は歯噛みする。取りこぼせば悔しい。いつだってそうだった。いつだって、救えないと心が痛む。

 それでも男は笑う。次の患者に、征く。

「……本当に、この数を、この方一人で……信じられない」

 彼らの眼前には死闘の光景が『コードレス』によって中継されていた。腕の一本、足の二本、果ては替えの利く内臓など、欠損しても瞬時に治療を終え、戦えるようにしてしまう技量。もちろん、アルスマグナからの供給があるからこそ、魔力を使った治療は出来るのだが、そもそも再生力を活性化させるまでの工程が、この時代に生きる彼らには理解不能な領域に達していた。

 もはやその御業、神の領域。

 人類史上最も多くの人を切った男、アストライアー第九位『ドクター』。紛争地帯を渡り歩き、死の危険と隣り合わせの生活を送りながら、それでも人を救い続けた男は異世界でも同じように救い続ける。

 これは、エゴなのだ、と嗤いながら――

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