第4章:ドキュメンタリー
アストライアーの面々が会議室に集う。
顔を出せる者はほぼ全員が集まっており、そうでない者も水晶を通して虚像と成り参加していた。それこそここにいないのは人界に存在しないゼンくらいのもの。
「――以上が前回の小競り合い、というには派手だったが、戦いの総括と言ったところかな。全ての局地戦において我らは勝利を収めることが出来た。これはとても喜ばしいことだ。しかし、同時に敵の警戒を強めた事実も無視できない」
オーケンフィールドの言葉に皆が頷く。
先の勝利に浮かれる者など誰もいない。敵の知らぬカードをこちらが握っていただけなのだ。アカギがもたらした王クラスの能力、ざっくりとした戦力、そこから導かれる加納恭爾の性格を元にした配置。彼は手札を出し惜しむ傾向がある。
それは盤石の王としては正しい姿勢であるが、勝負師としては読みやすく一枚落ちる。『道化の王』、『毒の王』、そして『闇の王』、彼らはシンの軍勢でもニケに次ぐ特別な能力、立ち位置となっている。特に『闇の王』は王クラスですら滅多に出会うことはなく、加納やニケ以外遭遇することすら困難。
他はある程度替えが利くのだが、
「アカギさんの情報が確かなら、最近の転生ガチャはあまり当たりがないそうだ。弾切れなのでは、という噂もシンの軍勢内では広がっているとか」
今はそうも言えなくなってきたようである。
「まだまだいるだろ。私程度で末席とはいえ王クラスだぞ? 王になり得る悪なんざそれこそごまんといるはずだ。弾切れはありえねえ」
壁に寄りかかりながら腕を組む女傑、ネフィリムは吐き捨てるように語る。隣では『ヒートヘイズ』が頬をぽりぽりかいて「俺知らね」と顔を背けていた。
「彼女の言う通りだ。けど、それもアニセトの研究から色々見えてきた。王クラスに至るような怪物は、どうやら死にかけていないと重過ぎて召喚出来ないらしい。これは魔人クラスの方々も同じ傾向がある。そうですね、アカギさん」
「まあ、首吊り自殺中だったしねえ、おいちゃん」
「……あー、そういうことか、クソ」
アカギ、ネフィリム、共に思い当たる節しかない。彼らが知らぬことであるがアンサールもまた同じ状況下であった。
「ただ、ゼンは普通にピンピンしてたらしいんだけどね」
『拙者と一緒に山籠もりしておる二人も死にかけだったそうでござるよ。竜二氏は銃で撃たれて、藤原氏はなんか常に死にそうだったらしい、ちょ、なんでござるか? 内緒にしとけ? 先に言わないと、わからんでござるよ!』
映像が著しく乱れ、消える。さらば『斬魔』。
「と、言うことらしい。ちなみにゼンは当初、魔獣クラスだった。今、名が挙がった四人は全員最初から魔人クラス、裏付けとしては悪くないと思う」
つまり、巨大な悪を呼ぶためには悪が死に瀕している必要があるということ。
「正直言って俺はここに来て長い。俺が召喚されたタイミングは、あまり良い状況とは言えなかったはずだ。デッセル・ショックの余波でね。世界情勢が揺れ、中央の目が届かぬことを良いことに、片隅では紛争が激化していた」
オーケンフィールドの知る世界情勢ならば悪の蔓延る余地は十分にあっただろう。ピンチはチャンスとはよく言ったもので、悪意というものは不安定なほど咲き誇るのだ。逆に言えば、安定している情勢では活性化しない。
「そういうことであれば」
挙手するのは九鬼巴。最新に近い新人である彼女ならば――
「それほど詳しいわけではありませんが、以前に比べて世界情勢は相当よくなっていると思います。中東もアフリカも反政府組織みたいなのが国連の軍隊に鎮圧されたみたいで、リーダーみたいな人が捕まってニュースになってましたので」
大星とアルファは同時に驚愕し、苦笑いを浮かべて押し黙る。
彼らの脳裏によぎるのは指揮棒を振るう白金の羊飼い。
そしておそらくそれだけスムーズなのは表裏が手を組んでいるから。あの世界には二人の羊飼いがいるのだ。表と裏、白と黒、正義と悪。
「なるほど。なら、弾切れで良いだろう」
「ああ、僕も大星に賛成だ。決めつけるのは怖いが、無駄に相手の手札を膨らませて考える必要はない。大きな補充はないと考えるべきかと」
大星とアルファが発言する。確信に満ちた目で。
「実際に今回はアカギさんの情報通り、王クラスでも有用度の低い者たちがこちらへの攻め駒に使われた。それでも全滅は想定外だと思う。情報と皆の努力、そしてドゥエグらの協力によって性能が跳ね上がった武器の量産による底上げ。加えてゼンたち製造組による新武器開発の失敗作、も充分通用することが証明された」
今まで通じなかった相手に剣が刺さるように、矢が突き立つように、全体の戦力がヴィシャケイオス、アルザル、そしてリウィウスに集いし腕自慢の鍛冶師たちによって底上げされた。その中心の三人はエクセリオンを目指し、日夜新たなる工夫を、工法を、素材を試し続々と失敗作が生まれていた。
それもまた一介の王クラスには充分有用である。
しかも使うのが英雄の末裔や神族混じりなのだから弱いはずもない。
「おそらく、敵が次に動き出す時は前回の比ではない進撃と成るだろう。だけど、俺たちも今以上にパワーアップしているはずだ。長き絶望に決着をつける準備は整いつつある。俺たちは、この世界は、正義は勝つ!」
オーケンフィールドが手を掲げた瞬間、皆一斉に手を掲げ吼える。
希望が見えてきた。勝利が目前に。
「それで、製造組の中心人物は今どこにいるのですか?」
エルの民をまとめる女性、エル・メールの言葉を聞き、隅っこでにやついていた男が皆の前に躍り出る。敵なら厄介、味方でも厄介、自称魔王ロキである。
「よく聞いてくれたな、ババア!」
「殺しますよ、ロキ」
ぶぅん、あまねくを両断する光の剣がエル・メールの手から伸び、ロキの喉元に突き付けられる。王クラスとも渡り合える突出した武力を持つエルの民最高戦力であり、最古の戦力である彼女にババアは禁句であった。
「俺は死なねえよ。わかってるくせに。小煩ェババアだな」
首が刎ね飛ぶ。この二人に関しては日常茶飯事であった。
「俺がただ調査のために乳臭ェガキどもを魔界に行かせたと思ったか? 甘い、甘すぎる、俺は魔王ロキ様だぜ!? 当然仕込んでる、おもちゃの一つ二つ!」
首だけでけらけら嗤う姿は一種のホラーであった。
「さあ、コードレス! 仕事の時間だ!」
『……いいの?』
珍しい『コードレス』からの反応。
「構わねえ。どうせ魔界なんだ。鉄火場に決まってる」
『わかった』
ロキが手元の小さな水晶球を弾き、それが空中で制止し画面を展開する。
そこに映し出されたのは『コードレス』を介した魔界の状況。
魔界を監視するための眼、小さなホムンクルスが見つめる先には――
『相棒! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!』
『死なん!』
足場を打ち崩すような暴風、天から降り注ぐ破壊の雷、世界の終りのような世界を全力ダッシュで駆け抜けるゼンの姿であった。
もはや悲壮感すら漂う走り、その背を追うは怪物二つ。「あ」とつぶやいたエルの民ライラと頭を抱えるエル・メール、隅っこで腹を抱えて爆笑しているトリスぐらいしか知らぬが、超一流の魔王ふた柱である。
「雷竜帝イヴァンと滅風王ヴントゥ、六大魔王と張り合っていた魔界でも最強格のふた柱です。笑い事ですか、トリス!」
エル・メールの叱責に笑いが逆に笑いが大きくなるトリス。
「……死にますよ」
全員、絶句していた。ロキでさえ、真顔である。
『なので、映さない方が良いかと』
珍しく『コードレス』が反応した理由が、この映像であった。想像の数百倍はまずい状況、誰もが言葉を失っていた。
『おいおいおいおいおいィィィイ! せっかくなんだから遊んでけよイヴリース製のガキィ。楽しいだろ、なあ、戦いって最高だっろォ!』
咆哮と共に放たれた雷がゼンの前にあった曲がり角、壁ごと全てを吹き飛ばす。何かを小脇に抱えたゼンはそのまま真っ直ぐ、空中に飛び出した。
『ぬ、飛べるのか?』
もちろん、ゼンは飛べない。しかし、このふた柱から竜の巣内部で追いかけっこするよりも空に出ることを選択した。正直、悪手である。
『相棒! だから竜族の子供を盾に逃げりゃよかったんだ!』
『それは悪人のやることだ!』
『相棒、そりゃあ手遅れだ。竜族の秘宝をパクってんだしよォ』
『ぬう』
その割には結構余裕に見えるが、色々麻痺しているだけである。
『逃がさんぞ、人族!』
別の竜族が直上から舞い降りてくる。
『あ、おいドラクル、テメエ! 俺の獲物だぞおいこら!』
『別にお前の獲物でもないがな。しかし、あれだな、あいつには遊び心がない』
ふた柱がため息をつく中、ドラクルと呼ばれた竜族が両の腕を合わせ、黒き球体を生み出す。自然落下中のゼン、その動きが止まる。
『……マジか、重力使いかよ、クソ!』
『おお、体が浮いて――』
『吸い込まれんぞ、相棒!』
『問題、無い!』
しかし、ゼンはすでに対策を取っていた。七つ牙が一つ、『アイオーニオン』、魔を縛る鎖を地面に伸ばし突き立てることで超重による吸い込みを防いでいた。威力を強めれば鎖ごとゼンを飲み込むことも出来るが、彼らはそうしない。
『ぐ、ぬ。『王の牙』、みすみす渡すぐらいであれば』
そうしない、はずだったのだが――
『おいおい、威力上がってんぞ!』
『くっ、やめろ! 竜族! このまま強めれば――』
『盗人の言うことなどォ!』
ドラクルはさらに――
『ドラクルッ!』
力を強めようとしたところを、イヴァンの蹴りによって吹き飛び、隣の山に巨大なクレーターと共に突き立った。気絶し、魔獣化も解ける。
『悪いな、盗人のテメエが気遣ってくれたのによォ。まあ、堅物だが悪い奴じゃねえ。そいつがそれなりに大事なもんってのも事実だ』
竜の巣からひょっこり覗くのは、竜族の子供たち。あのままドラクルが力を増していれば彼らも飲み込まれることになっていただろう。
そもそもそれ以前に――
『なァ、ヴントゥ、あいつ気に入ったぜ。俺にくれ』
『一度言い出したら聞かんからな、お前は。好きにしろ』
ヴントゥはぷくりと頬を膨らませ、まるでロウソクの灯を消すかのように地面に向かって吐息を吹きかける。その衝撃は、木々を吹き飛ばし一瞬で足元を更地とした。信じ難い威力にゼンの貌が歪む。
『サシでやろうぜェ! 隠してる力、あんだろォ!? 力試しだ、精々足掻け、俺に一発でもまともなの入れたら親父殿の牙、テメエにくれてやらァ!』
雷竜帝イヴァン。六大魔王と比肩する存在。
魔人状態であっても迸る圧倒的武力。少し遠巻きに立つ男も互角。
絶体絶命である。
『やるっきゃねえぜ。イタチの最後っ屁、かましたれ!』
『ああ、やるぞ!』
魔獣の鎧改め『オークアーマー』を身にまとうゼン。創意工夫を取り込んだ魔獣の鎧をアップグレードした姿。そこに魔力が迸る。
黒き下地に紅き紋様。ブースト状態でこそこの鎧は力を発揮する。
『っぱな。だと思ったぜ。いくら何でも弱過ぎる。俺らにちょっかい出すんだ、それなりの強さがねえとなァ。感謝するぜ、その力を巣で使われたら、ガキや女どもが巻き込まれてた。気遣いには、感謝する。でも、まだまだ足りねえぞガキィ!』
天を焼くほどの雷が、天からではなく地から伸びる。
この怪物、雷竜帝イヴァンによって――
『死ぬ気で来いやァ!』
もはやその力、天変地異。
『応ッ!』
暴風の槍ウェントゥスを携え、ゼンが圧倒的格上であるイヴァンに向かう。
凄絶な笑みを浮かべ、イヴァンがそれを迎え撃った。
それを見て微笑む盟友、ヴントゥは静かに腕を振る。
『覗き見は、ここまでだ』
そして、映像が途切れた。
「ちょ、葛城君! 死んじゃいますよ!? 私、すぐに魔界へ行きます!」
あまりにも非現実的な光景に、茫然とするしかない一同。さっさと帰って来いと言っていたカナヤゴでさえ『お悔やみじゃろ、これ』と諦めていた。
「……いやぁ、実力的には一分持てば上等。今から向かっても焼きオークにしか会えねえと思うぞ。このロキ様すらドン引きだわ、これ」
「トリス」
「期待すべきはイヴァンとヴントゥに、じゃろ。それなりに気に入っていたようであるからの。案外、少ししたら酒でも飲み交わしておるかもしれんぞ」
「彼はエクセリオンのキーマンなのでしょう? そのような悠長に」
「竜族の秘宝、彼らは魔界でも最古参の種族よ。案外、面白い手土産になるやもしれぬぞ。待つしかあるまい。わしでも間に合わぬよ、こうなってしまえば」
存外どっしり構えているトリスだが、それは最近の彼らを知るがゆえ。昔の彼らしか知らぬエル・メールからすれば彼らの父、祖竜すら手を焼いた暴れん坊の兄弟でしかない。あのふた柱が暴れた痕には草木一つ残らない、と。
敵の痕すら残らぬのだ。
「……え、と、今日はお開きにしようか。ちょっと、刺激が強過ぎたね」
人知の及ばぬ領域で盗人行為を働いていたアストライアーの第六位。まあ、命がかかっているので仕方ないのだが、問題はそこではなく相手の強さである。
普通にふた柱とも今のシン・イヴリースよりも強いのだ。
それどころか底知れぬ雰囲気からしてもニケでさえ勝てない相手であろう。
『いやー、早々に席が空くかもしれぬでござるなぁ』
『魔界行こうよ竜二君。やっぱ面白そうだよ!』
『いいですねぇ。行きやすか』
『あ、ずるいでござるよぉ』
暢気な『斬魔』たちをよそに青ざめながら崩れ臥す九鬼巴を眺めながら、アリエルとシャーロットは存外しれっとしていた。特にレウニールを知るシャーロットからすると、まあ何とかなるから送ったのだろう、と想像がつく。
それでなくともスパルタ気質ではあるのだが――
最後にはたぶん、何とかしてくれる。たぶん、きっと、おそらくは――
覗き見がまさかの衝撃映像を皆に届けてしまった。誰もが言葉を失い、おつかいと言いつつサボってんだぜ、と内心思っていた者たちは心を入れ替えた。
あの現場に立ち会うならシンの軍勢の方がなんぼかマシ、である。
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