第4章:竜の巣
六大魔王クラス、そう呼ばれるのは主に第一世代の中でも戦闘に優れた魔族である。闘争本能を肥大化させ、闘争によってより強き進化を促すのが目的である。もちろん、各種族によって明確な役割、伸ばしたい能力は様々で、羽目を外したシンによってニャ族なる運に特化した種族を作ったりもしている。しかもこのニャ族、戦闘力どころか寿命まで削って運に振ったため、世代を重ねるごとに運の力を失い、結果として戦闘力皆無で寿命も短く、別に運も良くないモンスター魔族が生まれてしまった。
という話は全て余談である。
『くぁー酒がうめェ!』
『ゼンとやらも飲むがいい』
『ありがとうございます、ヴントゥ様』
『様なんて要らねえよ。このイヴァンにだけさん付けときゃ良いからな』
『はっ倒すぞ、イヴァン』
『やるかァ、ヴントゥ』
そう言って立ち上がったふた柱はお空の上へと飛び上がり、大地が震えるほどの殴り合いを繰り返した後、すっきりした顔で降りてきた。
その間、ゼンは特に何も感じていない。
修行を経て、ウコバクを撃破して培った自信は既にボロ布と化した。時間制限の間ならそこそこやれるんじゃ、と思っていたらニケに最大火力を握りつぶされ、あれ、もしかして自分大して強くない、と思っていたら今日の日がやってきた。
空の上で殴り合うだけで大地が揺れる、これが魔族のトップである。
『酒がうまい』
『相棒よ。味がしないのに、おめーってやつは』
イヴァンと向かい合い、全力を振り絞ってなおまるで歯が立たなかった。今こうして生きているのは彼らがレウニールを知っていて、無茶ぶりに振り回されながらも巣を気遣ったゼンを気に入った、ただそれだけである。
本来であれば秒殺されてもおかしくない相手。
今のゼンにあるのは謙虚さと無、色んな感覚が麻痺していた。
『つーかよ、親父殿の牙、何に使うんだ? 言いたかないけどただの置物だぜ、これ。ぶっちゃけ俺的にはあれだ、ガキとかさらわれた方がぶちぎれてたし』
『正直、レウニールの考えは俺にもわかりません』
『うむ、『収集王』などと呼ばれているが、あの御方が欲しがるものに法則性はない。それにどうにも俺にはモノよりも奪う過程を楽しんでいる節があるように思える。実際に奪えなかったモノへの執着はないし、そもそも自ら動けば大概奪えてしまうわけで』
ヴントゥは首をひねる。
『まあいっか。別に置物だし、そもそも親父殿もシンだ。あの御方が欲しいってんならくれてやるさ。何よりも、この俺に根性で一発入れたのは褒めてやるぜ。普通あれだぜ、同じ王クラスでもこんだけ戦力が離れてたら動けねえもんだけどな』
イヴァンはケタケタと笑う。
『いやー、相棒はもっと弱っちい頃からベリアル様の穴倉に忍び込んで九死に一生を得たり、まあ馬鹿なことばっかりやってたもんで』
ギゾー、自分のことではないのに何故か自慢げに語る。
何よりも別に内容が自慢にならない。
『あー、そういやあったな。あの千年寝太郎も妙な動きしてるわな。ちょいと前にガープのガキの件で起きて、寝て、お前さんらが起こして、また寝ただろ。そしたらイヴリースが魔界にやってきた程度でもう一回起きやがったもんなぁ』
『程度、ですか?』
『ベリアルという男はそういう存在なのだ。世界が滅びようとも寝る時は寝る。半端で起こせば暴れ狂う。そも、快眠して起きたとしても結局暴れ回るからな』
『あいつとはよくやり合ったぜ。類は友を呼ぶって奴でな、あいつの周りに集まるのは全部同じ戦闘馬鹿だ。ベレトとはヴントゥの方が多かったか?』
『ああ、千回以上戦ってるな』
彼らもまたその類友なのだろうが、自覚はゼロである。
『ただまあ、こうして歳を取ってくると落ち着きも出てきちまうもんなんだな。昔は親父殿を馬鹿にしてたけど、気づけば喧嘩なんざ巣を守るためにしかしねえ』
イヴァンはしみじみと語る。
『契機と言えば、シン・イヴリースがさらなる進化を促すために魔界を変貌させ、魔族の敵となるも我らとて歯が立たず、ものの見事に敗れ去った時だな』
ヴントゥは苦笑して、懐かしむように思い出を咀嚼する。
『当たり前だが鬼強ェんだ、オリジナルのイヴリースってのは。そりゃあシン最強、は別にいたんだがよ、後天的にほぼ同等になってたんじゃねえかな? 少なくとも親父殿は歯が立たなかった。まあ、残った組に戦闘タイプはいねえけど』
残った組、という気になるワードはあったが、ゼンはそもそも気にならず、ギゾーは興味はあれどビビっているので聞けなかった。
『超再生、超魔力、王権、盛り盛りだ。魔族側のシンだ、俺らでケリ付けようとしたんだが、んまー全滅だな、全滅。竜族も第一世代は俺ら以外全部死んだ。一部手負いで生き延びたが、結局長くは生きられずもう残ってねえ』
『あれは戦いではなかった。ただの蹂躙だ。幸か不幸か、もはや意思無き獣であったため、盟約通り魔界から追い出すことは出来たがな。犠牲は大きかったが』
『んで、あとは人族の知る通り、エクセリオンでバシッと退治したってわけ。ありゃー衝撃だったぜ。絶対勝てるわけねえって思ってたしな。あれからだな、俺らもあんまり喧嘩しなくなっちまったのは。楽しいっちゃ楽しいんだけどよ』
『少し虚しくなってしまった。ただ強いだけ、ということに。結局、それはより強いものに駆逐されるだけ。我らでは奇跡を起こせない』
『今日のはちょいと昔を思い出せて楽しかったけどなァ。まさかテリオンの七つ牙とは……クラシックなもん引っ提げてきやがって。まあテリオンなんて第一世代が相手取るような強さじゃなかったけどよ。あれは第二世代以降の雑魚専だな』
自身最高の武器を雑魚専と言われゼンはショックを、受けない。
何故なら無だから。
『親玉はそこそこ強かったぞ。まあ、そこそこ、だが』
『あー、トリスの母親だろ? あんま戦場に出てるイメージねえけどな』
『七つ牙全てを内包したマスターテリオン。一度だけ交戦したが手傷を負わされた記憶がある。こちらの攻撃が通り辛いは、あっちの攻撃はオドそのものを削ってくるは、油断してると鎖で制限喰らうは、で大分厄介だった』
『おいこら、俺に内緒で何でそんな喧嘩してんだよ』
『お前だって俺に隠れて雷使い頂上決戦やったの知ってるからな』
『んな昔の話掘り返してんじゃねえよ!』
『時期は似たようなもんだ!』
またしても掴み合いになりかけるが、はたと落ち着き座り込む。
『しっかしあれだな、ゼン。お前さんはどーしてそうガキに好かれるかね?』
無と成ったゼン。その全身を使って竜族の子供たちがアスレチック代わりに遊んでいた。これが好かれているのかは正直何とも言えない。
『俺たちも好かれたいのだが、畏怖が先に来てしまうのか、そうやってまとわりついてはもらえない。人で言えばひ孫、玄孫のような子供たちなんだがな』
『昔はガキなんて勝手に生まれて勝手に死ね、って思ってたもんだが、こうやって終わりが見えてくるとよ。どうにも惜しむ気持ちが出てしまう。こいつらだけはどうにかならんか、ってな。無理だって分かってるんだが、なぁ』
『終わり、ですか?』
ゼンの問いにイヴァンは苦笑いを浮かべて、
『魔界の終焉、だ。結構近いと思うぜ。俺らの体感なんて当てにならんけどな。イヴリースが変えてからって言うやつもいるが、それより前からだ。ほんの少しずつ、マナが薄くなってやがる。俺らはそれなしでは生きられない。呼吸と同じだ、マナを取り込まねえとオドが凝固して石に成っちまうのさ』
ゼンはそれを聞いて大獄の先で見た光景を思い出す。
多くの石が横たわっていた光景を。
『そういうシステムが備わっている、と親父殿が言っていた。昔、百年ほど同じ場所で喧嘩を続けていた馬鹿ふた柱が同時に石化した際に聞いた話だ』
ヴントゥ曰く、百年第一世代が同じ場所で喧嘩を続け、其処がマナの循環にとってデッドスポットと成ったために起きた事件、らしい。
『まあよ、世界の終わりでって話なら、多少あきらめもつく。でもなぁ、俺らなしじゃこいつら、そこまで長く生きられねえと思うんだわ』
『世代を重ねるごとに魔力が薄くなっている。ドラクルのような先祖返りもあるが、あくまで稀に、だ。いくら子供でも、弱過ぎる』
ゼンはまとわりつく子供たちを見る。何人か寝ている子もいた。
『いくら魔界が以前より落ち着いたって言ってもよ。あくまで昔に比べてだし、第一世代がいなくなりゃまた乱世だろ。馬鹿デカい闘争心と野心の塊でも、実力差がデカいから動けなかった。って連中がうようよしてやがるのが現状だ』
『勝てんだろうな、その子たちでは』
イヴァン、ヴントゥは哀しげに子供たちを見る。
『最後まで面倒見てやりてえが、果たして俺らもどこまでやれんのか。ま、まだまだ先の話だがよ。悪いな、客の前でくだらねえ話をしちまって』
『いや、そもそも俺は盗人ですから』
『だっはっは! そりゃそうだ! 超ウケる!』
『ぶふぉ、ナイスジョーク』
竜族のツボが全く理解できないゼンとギゾー。
『で、あれだろ、今のイヴリース相手に仕掛けようと思ってんだろ? どうやって勝つつもりなんだ? 黙ってるから教えろよ、親父殿の牙あげただろ』
『……新しいエクセリオンを造ろうと思ってます』
『おん? あれって確か、何か色んな場所で材料集めてただろ? それこそ天界とか、魔界でもベルの野郎が何かやってた気がする、ような』
『竜の巣にも来たぞ。俺が対応したから覚えている。そう睨むな。お前がアスモデウスと四、五年小競り合いを続けていたから悪いんだ』
『あの、その時、どんな材料を提供しましたか!?』
いきなり食いつくゼン。転げ落ちる子供が発生し、それはそれで面白かったのか泣くことなくゼンの周囲を竜族の子供たちがコロコロ転がり始めた。
『昔のことで定かじゃないが。あ、親父殿の牙もそうだ。あの時、要らない歯があるから抜いていた気がする。あとは宝物庫にいくつか、思い出しながら、だな』
『まあ好きに見てけよ。どーせ隠すもんでもねえ。昔はそーいうの好きな同種もいたんだけど、残った俺らは金属とか食えねえし興味ねえからな。適当に持っていっていいぜ。今度もちっと強くなってリベンジにきてくれるなら、なァ』
結局、丸くなっても彼らは魔族で、ベリアルのとこ同様戦いが大好きなのだ。
『お言葉に甘えさせていただきます』
『お、いいね。まだ強くなりますって貌だ。好きだぜ、そういうの』
『ただ、今度は正面から来てくれると助かる。シンの軍勢やらよく分からんのが跋扈している状況で、侵入者は心臓に悪いからな』
『以後気を付けます』
『とりあえず今日は酒飲んで寝ろ。ガキどももだぞ!』
『ドラコキック!』
『がぶがぶ。オークおいしくない』
『りゅーちゃんこれとねる』
さっきからこんな感じなのだが、イヴァンが羨ましがるような感じではないとゼンは思っていた。どちらかというと獲物の心境に近い気がする。
「明日起きたら腕食べられてそう」
『安心しろ、さっきから食べようとしてる子、まだ歯生え揃ってねえよ』
「そっか。なら安心だ」
『がぶがぶ』
「犬にしゃぶられている骨ってこんな気分なのかな?」
『知らんがな』
何だかんだとおつかいを果たした上に、エクセリオンのヒントまで手に入れたゼン。いい土産が出来そうだと気分は上々であった。半日前死にかけたことはすでに記憶の彼方、怖い記憶は忘れるに限る。
無我の境地を手に入れたゼンの明日はどっちだ。
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