第3章:鉄の名は。
「我が鉄の名はカナヤゴ! いざいざ参るッ!」
カナヤゴと名乗るドゥエグの女性は金槌を振り回してゼンに接近してきた。速度はそれほどでもないが、とにかく馬力があるのか加速がそんじょそこらの武人とはわけが違う。膂力を速さに変換し、さらなる力を得る戦い方。
「……ギィ、だ」
とはいえゼンはシン・イヴリース製の魔族である。通常状態で魔人中位のスペック、この人界においては最上級の基礎能力を誇る。
力比べでも負ける相手はほとんどいない。
「オークハンマーだ」
『意外と気に入ってんね、相棒』
繰り出すは先の戦いで竜二を粉砕したただの鉄槌である。
まあ要するに金槌同士のぶつかり合いであった。
「ぶはっ、魔族にしては男らしいぞ!」
「女性とは思えない力だ」
凄まじい衝突音、観戦者たちは一斉に耳をふさぐ。
「ぶはは、ふらり人里にきて十数年、女扱いは初めてだぞ!」
女の子扱いはままある。サイズ的に。
「……どう見ても女性だが?」
カナヤゴはにやりと笑う。力対力、ドゥエグである彼女が最も尊ぶ戦い方であり、人里ではなかなかやらせてもらえない戦い方でもある。
技巧を凝らすは鍛冶だけで十分。
「戦いを終えてもそう言えるか、見ものだなァ!」
カナヤゴの体が真紅に染まる。超高熱を宿す彼女の戦闘形態。
自らのオドを熱に変換し、ドゥエグの中でも耐熱性の高い一族ゆえ可能と成ったまさに人間マグマ。まあ彼女は人間ではなくドゥエグだが。
『おいおい、こりゃあ大したもんだぜ』
「ああ、強い」
『んで、熱い!』
離れていてなお熱さを感じる超高熱。触れたなら容易く鉄をも溶かすことが出来るだろう。そんな体に触れられてなお曲がらぬ彼女の金槌もまた特別製。
「熱相手なら――」
『久方ぶりの登場だぜ!』
「――オークソード」
『無銘だったけどさァ、もっとなんかあっただろおい!?』
ドゥエグが鍛えしただの剣、漆黒の刃金が熱情の一撃を阻む。
「ほう、ゴブニュ族の細工よな。シンプルかつ高性能、私も好きだぞ」
「族長には世話になった」
「あの難物が世話などするかァ!」
熱を操り、炎を司るドゥエグだからこそ、彼らが愛用する武器は基本的に熱に強い。対ドゥエグを考えた際、耐熱性が必須になることも一因である。
『この金槌相手に折れねえとは、相棒も巧くなってんねえ』
「リソースにゆとりが出来た分、最近は工夫に凝っている」
「ごちゃごちゃと!」
双方、技術は大したことないが、とにかくこの場においてスペックが図抜けている。力任せのぶつかり合いでさえ、目の肥えた客が歓喜するほどに。
爆ぜる、爆ぜる、爆ぜる。
甲高い金属音と地の底から響くような重低音が混在する衝突。
「良く出来た刃だ。だが、やはり練りが、鍛えが足りんッ!」
ゼンが必死に工夫して完成したただの剣がぽっきりとへし折られる。
『ちょっと泣きそうになってんじゃねえよ、相棒』
「泣いてない」
ほろりと涙を流しかけるゼンであった。
まあ――
「二つ、だ」
また出せば良いだけである。今度はふた振り、思いっ切り断つ気構えで臨む。
「ぶはは、一度折れたものがよォ」
再度、衝突。
「甦りなどせんわァ!」
二度、いや、三度、折れる、オークソード。
「悪いが、断ち切るぞ!」
『オークソードは囮だぜ、お嬢ちゃん』
折れた剣を捨て、虚空から抜き放つは真紅の刃、エリュトロンである。
「なッ!?」
金槌の持ち手を真っ二つに断ち切る真紅の剣閃。
「俺の勝ちだ」
そのまま逆の手には本日通算四本目のオークソードを握りしめ、カナヤゴの喉元に添える。「ぐぬう」とうめく彼女だが潔く抵抗する気はないようである。
「邪道だぞ、その剣は。ドゥエグの剣ではあるが、ドゥエグの誇りを捨てておる」
「族長が見せてくれた。弟の武器だと言って」
「真である、か。ゴブニュ族め、魔族に己が技を教えるとは。しかも正道と邪道、ううむ、私には判断できぬぞ。ちなみに、だ。汝、鉄の名は持つか?」
「ヴァルカンだ。誰も呼んでくれないが」
「……ヴァルカン、だと!? 何故、真の名を。い、いや、それよりも貴様、鉄の名を持つならドゥエグ相手にはそれを名乗れ、破廉恥であろうが!」
「何故に破廉恥?」
「そ、それはだな。あれだ、本名は親しい者同士が、呼び合うからだ」
「ゴブニュ族は族長以外皆、俺をギィと呼ぶぞ」
「たぶんそれ、ギィが鉄の名だと思われとるぞ」
「……え?」
放心するゼンをよそに、どさりと地面に座るカナヤゴは「うぬう」と考え込む。
「真の名、ゴブニュの、トヴァのジジイに鉄の名を、ありえんことだが、ううむ」
色々考えた結果――
「酒が足りん」
何故かそういう結論に至った彼女は立ち上がる。
「ヴァルカン、私の工房に来い。我が一族、ヴィシャケイオスの技前を見せてやろう。貴様の武器は悪くない出来だが、ドゥエグの魂である鍛えが足りん。練り方を教えてやるからゴブニュの穴倉、アルザルで何があったか教えろ」
『何で負けた嬢ちゃんが偉そうなんだ?』
「それはそれ、これはこれ、だ。とにかく酒を入れんと始まらん。ヴィシャケイオスのことわざにこういうものがある。汝、酒を愛せよ、と」
『さよか』
「ヴァルカン、貴様酒は飲めるか?」
「飲んだことがない」
「……技を教える前に酒を教えてやろう。この世で一番大事なことだぞ、それ。生の八割は損しておる。まあ、とりあえずあれだ。私を降したのは認めてやろう。あんな邪道の、切れ味ばかりを追求し頑強さを失った剣に敗したのは業腹だが、負けは負けだ。我が鉄の名はカナヤゴ、ヴィシャケイオスのカナヤゴよ」
赤き髪のカナヤゴはずいと手を差し出してくる。
「ゴブニュのヴァルカン、と言うべきか」
ゼンもまた誰も呼んでくれない鉄の名を名乗り、差し出された手を握る。
そして――
「あっつッ!?」
「ぶっはっはっはっは! 熱は容易く冷めん。鍛冶の常識じゃい!」
心底嬉しそうなカナヤゴはひょいと柄の折れた金槌を持ち上げる。
「ぐ、ぐぬう」
『したやられたな、相棒。まあ、悪くないと思うぜ。ヴィシャケイオスって言えばドゥエグでも名門中の名門だ。最も炎に長けたドゥエグであり、神族の血も入ってる。始まりの神を継ぐもの、ケイオスの血がな』
「よくわからん」
『トリスの遠い親戚ってことだ』
「一筋縄ではいかないのが分かった」
重い金槌を苦にもせず、ずんずんと歩いていくカナヤゴ。
ゼンがついてくることを疑ってすらない。
「とりあえず流れに身を任せてみよう」
『あ、出た。相棒の十八番、考えるのをやめるやつだ』
「うるさい」
考えるのを辞めたゼン、流れに乗る。
○
一連の様子を屋根の上から眺めていた男が一人。
「やはり、あの武器、エリュトロンか。さすがの切れ味だ。だが、不味い。折角のキレがヴィシャケイオスの技など学べば味消しになってしまう」
様子見のつもりだった。そもそも彼女同様、自分も死んだように生きると決めたのだ。必要とされたものを創れない鍛冶師に意味はないから。
だから、自発的に動く気はない。
「奴らは鋭さを軽視する。刹那の輝きを認めようとしない。剣の神髄は――」
絶対に、頑として動く気などない。
「――しかし、嗚呼、だが、もったいない。実に」
絶対に動かないし関わらない。
「俺は――」
絶対の絶対で絶対なのだ。
ひょっこり覗く赤き髪が男のチャームポイントである。
○
「道理で臭ェと思えば、こいつぁどういう状況で、緑髪の兄さん」
ひとしきりゼンのドタバタを爆笑しながら観戦していた竜二であったが、妙な気配を感じてそこに向かっていた。
鋭い殺気、鉄砲玉と言うよりもスナイパーのような薄く濃い気配。
それを一人の男が征していたのだ。
「私の、邪魔をするな!」
「そう怒らないでくれ。彼女たちとの出会いはトリスメギストスの言葉を借りれば、まさに必要、なことだ。そのセリフはそっくりそのまま返そう」
「人族、がァ」
翡翠の髪の男、その足元にはエルの民が渋面を浮かべ屈していた。
「やあ、ドラゴニュートの人。私は君たちの敵ではないよ。味方でもないけれど」
「あんまり女ってのは手荒く扱うもんじゃねーですぜ」
「仕方ないさ。彼女に見初められた彼を、殺そうとしたんだから」
「…………」
「あー、なるほど、痴情のもつれってやつですかい。女同士、まああっしは理解ある方ですぜ。そういう需要があるってのも商売柄――」
「黙れェ!」
憤怒のエルの民、その眼は様々な感情が蠢いていた。
「こりゃあ、面倒くさそうなんであっしは退散しておきまさ」
「私はこの稚拙なスナイパーを拘束しておくとしよう」
「ご自由に。あっしは自由恋愛派ですがねえ。なんだって勝ったもん勝ちでさ。喧嘩も、商売も、男と女、女と女もそうですかねえ」
「私もそうだよ。彼らに手を出さない限りは」
「そうですかい。どうにも気に喰わねえ感じだが、賢い旦那に任せまさ。ですがね、あっしの人生経験から一つ、忠告ですが、高みから見下ろす奴ってのは落ちてからが悲惨ですぜ。あんたからはどうにも鉄火場の匂いがしねえんで」
翡翠の髪の男はかすかに揺らいだ。
「鉄火場を抜けた奴にしか出せねえ味ってもんがある。あっしはそういうのまとった男が好きなんでさ。旦那も出会えると良いですな、旦那の勝負所に」
竜二の意味深な言葉。何故、それを、あの人と同じ言葉をあんな、シン・イヴリースに呼ばれた存在が言い放ったのか、それが分からない。
対極ではないか。英雄とクズ、真逆のはずなのに。
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