第3章:合縁奇縁

「アニセトの刻印は管理と呪殺が主目的だった。すでに二人のは僕が解呪したけど、ゼンは勝手に壊してたみたいだね」

「ああ」

 内心、そんなに恐ろしいモノだったのか、と少しビビっているゼン。強化していなければ普通に死んでいたところが、肝を冷やすポイントである。

「何故、という疑問に関してはトリスメギストスが答えを知っていたよ。第一の男を見て心にひびが入り、第二の男と共に戦って完全に砕け散った。以来、彼の城と化したこの都市は強者を集め、独占するようになったそうだ。理由は、自らの保身。名高い大魔術師の末路がこれでは悲しくなってしまうがね」

「そう、まあ、仕方がないわね」

 昔の彼女であれば理解不能と切り捨てただろうが、彼女もまたアンサールの襲来時心が折れかけている。それこそゼンの奮闘がなければ、彼と言う規範がなければ今こうして立っていることはなかっただろう。だから、理解はする。

 当然、それが正しいとは思わないが。

「だが、無意味だ。シンの軍勢が本気を出せば、この程度の防備容易く破壊されてしまうだろう。かき集めたところで意味があるとは思えないが」

 ゼンの言葉にアリエルがいたずらっぽく微笑む。

「あら、まだ千の壁も越えていなかったゼン様が知った風な口を利くのね」

「……ぐぬ」

『ぐうの音も出ねえな、こりゃ』

「まあ、王クラスならその通り、たぶん普通に負ける。でも、魔人クラスならそこそこ渡り合える連中が揃ってるわよ、ここの上位は」

「ですね。今日の戦闘であれば、途中まではそれなりに食い下がれる武人もいると思います。ただ、葛城君が見せた切り札の前には無力でしょうが」

「ほう」

『そりゃあ立派だな』

 百の壁を越えた先、彼女たちが軽く見ただけでも相当の実力者が揃っている様子。普通の国なら魔人クラス中堅以上がいると、単独戦闘でどうにか出来る人材はほぼいないと言い切れる。集団戦であれば戦えるも、魔人クラス上位ともなれば集団戦でも苦しくなる。つまり、今日の戦闘に単独で食い下がれるということは一国の軍事力に近しい戦力を持っているということなのだ。

 まあ、ざっくりとした見方ではあるが。

「私たちの目的はその戦力を解放し、各国に振り分け少しでもアストライアーの負担を軽くすること。今のままじゃ各人、特に上位陣の担当範囲が広すぎて嫌でも孤立してしまうの。正直、常に危険な状態だと思うわ」

「出来る限り全体を網羅しつつ、コンパクトに振り分けてはいるけど、正直現状各個撃破されても文句は言えない状況だ。オーケンフィールドやフラミネス様が各国と交渉しているが、それとて平行線のまま」

『ま、国家として死ねと言われてわかりましたって言う王はいねえわな』

「だからこそ、戦力確保のために私たちは此処に来たってわけ」

「交渉は?」

「ご両人が呼びかけるも応答なし、正面からじゃ門前払いね」

「そうか。難しいな」

 早速思考が停止するゼン。その様子を見て苦笑するアリエルとライブラ。九鬼は話の内容はどうでもいいとばかりにチラチラゼンを見ている。

「とりあえず、交渉はこっちで進めるから、ゼンは自分のやるべきことをやると良い。剣鍛冶、リウィウスと会って有益な武器の情報を得る、だ」

「俺もそっちを手伝うべきだ、と思うんだが」

「駄目だよ。と言うかそれじゃあ過剰だ。今のアリエルは強いし、トモエも一撃は軽いけど強い能力持ちだよ。そして、僕もいるわけだ」

「……わかった」

 不承不承と言う感じで受け入れるゼン。今回の任務が飲み込めていないのだろう。ゼンでさえそう感じてしまうほどに迂遠な話なのだ。そもそも有効な武器がリウィウスに用意できるなら、今の状況は生まれていない。

 会っても徒労に終わる可能性が高い。

 ならば、と思うのは仕方がないことだろう。

「で、あっしはいつまで黙っていれば良いんで?」

 突如現れたのは別室で隔離されていた竜二であった。手枷をつけられ、戦闘力は一切感じない。ロキ特製の手枷であり、弱らせた状態で拘束さえ出来れば回復させずに捕まえたままに出来る優れものである。

 これでひと柱、王クラスを確保しているのは内密の話。

「やあ、遅い御目覚めだね」

「ちょいと前に目覚めてやしたが、一向に回復する気配がねえんで。白旗を上げに来やした。中々厄介なもんお使いのようで」

「捕まえていたのか」

「まあね。何故、シンの軍勢がここにいるのか、聞かないと怖いだろう?」

 竜二は苦笑する。

「心配はいりやせん。あっしと宗さんは命令でなく自分の意思でここに潜り込んだんでさ。強い相手に会いたいってな具合でして」

「それを信じろと?」

「別に信じて欲しいなんざ言いやせん。ただ、あっしらにも目的がありやして、そのために世界中の武器や強者を探してるんでさ。強くなるために。で、ギィの旦那が強くなった方法を是非、教えて頂きたいんですがね」

「目的は?」

 ゼンの問いに竜二は哂う。

「折角、面白い世界に来たんで、取り急ぎイヴリースの首、取ろうかと」

「……え?」

 全員が言葉に詰まる。

「あっしら魔人クラスはありがてえことに首輪付きじゃねえ。まあ、この程度の連中にそんなもん必要ねえって話でしょうが。自由意志を持つことが出来る」

「それは、理解しているつもりだ」

 ゼンがこうしてアストライアー側につけているのも、元を糺せば意識を取り戻せたからであり、意識を奪われていないから、である。

 そう言った仕掛けが魔人クラスには存在しない。

「まあ、自由意志ってのがミソなんでしょうがね。一度でも人を殺せば、人ってのは螺旋に組み込まれちまう。殺し殺されの螺旋に。選択肢がある上で、それを選択させたいんでしょうぜ。悪趣味極まりない話ですが」

「それで、君たちは主の首を狙う、と? 理由は?」

「まず、あっしの主は宗さんでさ。で、宗さんは奴さんを主と思っていない。いや、あの人は自由なんで、主とかそう言うの興味ないんでしょうぜ。まあ理由は単純でさ、自分より強い奴を倒したい。シンプルでしょう?」

 信じ難い話である。だが、魔人クラスの拘束が緩いのはずっと前から話題には上っていた。ゼンはもちろんのこと、イチジョーが最後に歯向かえたのも自由がなければありえない話である。実利よりも露悪趣味を優先させるのは彼らならおかしくはない。だからと言って竜二の言葉を鵜呑みにする理由もないが。

「なら、俺たちの仲間にもなれるってことか?」

「そりゃあご勘弁を、ギィの旦那。あっしらは何物にも縛られない。あっしも組織ってのは苦い思い出がありやすし、宗さんは『ようやく』手に入れた自由、思う存分満喫したいだけなんでさ。そちらさんに与することも、ねえですな」

「二人だけでシン・イヴリースが倒せると?」

「倒せなけりゃあまあ、そこまでの命だったってことで。あっしも宗さんも元の世界にゃ居場所はない。だからこそ、気楽に賭けられるんでさ」

「命を、か?」

「ええ、元々安い命、惜しむ気はねえ」

 竜二の眼に嘘はない。それはゼンにも分かる。何処までもシンプルなのだ。自分の邪魔をする、自由を阻害する敵を倒すだけ。それだけしかない。

 良くも悪くもこの世界を彼らは謳歌している。

「俺に負ける程度じゃどうしようもないぞ」

「だからギィの旦那が強くなった方法をご教授頂きたいんでさ。バトルオークの魔獣クラス、最下層から一気にまくった理由を」

 彼らの望みは理解できた。一貫性もある。

「まあ、いきなりじゃあ教える気にもなれんでしょう。何しろ今日会ったばかり、公の立場は敵同士なわけで。そりゃあ無理筋ってなもんだ。で、だ。ちょいと手ェ組みやせんか? この都市に限り、ですが」

「手を組むなら相応の対価がいると思うけど?」

「もちろんでさ、ライブラの姐さん。あっしらも実はこの都市、そこそこ長いんで。宗さんが勢い余って殺しちまったり、度々離れたり、でランクこさ適当ですが。それでもこの都市の情報は、それなりに通じていやす」

「例えば?」

「さっき小耳に挟んだ、リウィウスって男の情報、とか」

「ッ!?」

 いきなりクリティカルな交渉材料をぶつけてきた竜二。見た目も経歴もおそらくはスジモノであり、海千山千を越えているのだろう。

 しっかりとぶつけてきた。

「アニセトの子飼いにそんな名の男がいやす。鍛冶師、ではなく剣士扱いだったとは思いやすがね。レインってのといつも一緒でして、宗さんが狙っている首でもありやす。なかなかに手練れのようで、アニセトも外に出したがらない様子」

「……言うんだね」

「この程度の情報、もったいぶるほどではないでしょうが」

 その上で惜しみなく開帳する。まだあるぞ、とばかりに。

「つまり、アニセトをどうにかしないとリウィウスとは会えないってことか」

「会えるかもしれやせんが、外には出せねえでしょう。特に強い刻印が刻まれてるようで、百の壁を越えることも連中は出来ないはずですので」

「なるほどね。じゃあ、大英雄ゼン様は御留守番ってことで」

 アリエルの言葉にゼンはびくりと反応する。

「一緒にことに当たれば良いだろ!?」

「目立つオークは要らないの。一応隠密任務だし、こっちにも段取りってのがあるんだから。こっちはこっちで上手くやる。あんたはあんたで他のこと、そいつの見張りとかしてれば良いんじゃない? もしくは宗さんってのに会いに行くとか」

「……ライブラ」

「残念だけど同感だね。君は目立ち過ぎた。一緒に動くことは出来ない」

 しゅんとするゼン。ギゾーはケタケタと笑う。

「ちなみにギィの旦那、剣鍛冶に会ってどうするんで?」

「シン・イヴリースに届き得る武器の情報を知らないか、聞いてみる」

「そりゃあ無理筋でしょう。あればとっくに使ってる」

「だが、オリジナルを倒した武器、エクセリオンを打ち鍛えた一族の末裔でもある。何か知っているかもしれない。それに、俺はかつて欠片だがそれを見たことがある。製法など、ヒントでもつかめれば、再現可能かも、しれない」

「なるほど、さっきの武器、出し入れじゃなくてその場で造っていたんですかい。大した能力だ。宗さんが欲しがりそうでさ」

「まあ、薄い可能性だがな」

「そういうことなら面白い出会いを提供できるやもしれやせんぜ。宗さんに旦那が会っても実りはねえでしょう。あっしや旦那の戦闘スタイルは、宗さんにとっても正直興味の対象外ですし、旦那に限らず宗さんの技は誰も真似できないんで。それこそ意味のない出会いでさ。それよりも面白い人物が一人」

 真似が出来ない、で九鬼がピクリと反応する。

 が、押し黙ったまま経緯を窺う。

「ドゥエグの姐さんが一人、百の壁を越えた先にいやす」

「ドゥエグ、か。懐かしいな」

「へえ、ドゥエグと交流があるんで?」

「以前、まだ駆け出しの頃、鍛冶を習いに行った。歓迎してくれたと思う」

「そりゃあ僥倖。で、その姐さん、風の噂ではドゥエグの王族らしく、それこそエクセリオンを打ち鍛えた一族、やもしれやせん」

「……なるほどな。まあ、ドゥエグは家系図が入り組んでいるから直系とは限らないが、そういうことなら会ってみる価値はある、か」

 ゼンにとっても美味しい話である。

「お互い刻印は発動しちまってるようで、あっしも意識が飛ぶ前に消し飛ばして自由の身。ひょいと夜闇に乗じて越えれば容易くたどり着けやす」

「案内するために手枷を外せ、か」

「情報料の後払い、かつ案内の前払いってことで、どうでしょうか?」

 ちらりとライブラを見るゼン。この場のブレーンである彼女が頷いた。

「わかった。それで行こう」

 話はまとまった、と竜二は手枷をしたままゼンに握手を求める。ゼンは不承不承ながらそれに応えた。まさか、このようなことになろうとは、予想外の事態にゼンどころかライブラでさえ混乱しそうになっていた。

「あの、私も葛城君と」

「駄目に決まってんでしょ。あんたは私と一緒」

「そんなぁ。ようやく目を合わせられるようになったのに」

 泣き出しそうな九鬼をいさめるアリエル。

 その様子を見て竜二が耳打ちをする。

「あのお嬢さん、これですかい?」

 小指を立てる竜二。ゼンは真顔で首を振る。

「どちらかと言うと、嫌われてると思う。目をそらされた記憶しかない」

「旦那、そりゃあ……いや、野暮ってもんかね」

 竜二はため息をつく。

 そして、この場のブレーンであるライブラに視線を向けた。

「ちなみにこちら、喫煙可、ですかい?」

「別に構わないよ」

「そりゃあ僥倖。くっく、これだけでこっちの世界は楽園でさぁ」

 手枷をしながら器用に煙草を吸う竜二。どうにも手枷慣れしているような気がしてならない。手枷慣れと言うのも恐ろしい話であるが。


     ○


「ふんが!」

 小さな真ん丸の体躯から、信じ難いほどの膂力を見せつける女性。身の丈ほどの金槌を振り回し、身長の倍以上の敵を悠々と吹き飛ばしていく。

 相手も上位百位に連なる猛者でありながら圧巻の戦闘力。

「ぶはは、昨日の奴と戦うための準備運動だ。どんとこい!」

「舐めるなよ! ドゥエグのガキィ!」

 相手も諸国でならした名高き騎士、金槌の一撃は食い止めるも――

「ほほう、私を童扱いか。ぶはっ、人族が笑わせるッ!」

 片手から、もう片方を添え、両手に。

「貴様の倍は生きておるわ、クソガキがッ!」

「ぐわぁ!?」

 それだけで相手を押し潰す。

「ぼひゅ」

 泡を吹いて白目を剥く男。背骨が、腰が、膝が、堪えようとしたことで瓦解しかけ、激烈な痛みによって気絶し崩れ落ちたのだ。

「ふん、鍛えが足りん。鉄の足腰を持たんか」

 ドゥエグの女性はガハハと笑い金槌を玩具のように振り回す。

「んー、倍では利かぬか。まあどうでもいいがな、ぶっはっは!」

 そしておもむろに観客たちが観戦している場所、休憩スペースに乗り込んで酒の入った大樽を奪い去り、往来の真ん中でそのまま飲み始める。

「ぶはぁ、生き返るわい。さーて、昨日の魔族はどこじゃろかい」

 百人分以上の葡萄酒を流し込んで、平然と彼女は歩み始める。

「しっかし人族の酒は甘くていかん。もっと辛口が好みだ」

 百人の壁を超えた先は、基本的に要人ばかりであり、無料で出される酒類も上等なものしかない。ひと樽とんでもない金額なのだが、本人は人族の価値観など興味なし。高かろうと好みでなければそこまでである。

「あの姐さんでさ、ギィの旦那」

「豪快だな。ドゥエグらしいと言えばそこまでだが」

「あっしは他のドゥエグを知らねえんで何とも」

「そうか」

 物陰でその戦いを見ていたゼンと竜二であったが、あまりの豪快さと豪傑っぷりに舌を巻くしかない。あの押し潰された蛙の如き鳴き声で気絶した男も、強化前のゼンであればそれなりに苦戦した相手であろう。

 それをああも易々と倒すのだ。

「では、紹介を頼むぞ」

「いえ、あっし、別に姐さんの知り合いじゃねえですよ」

「……え?」

「案内って話でさ。あとはまあ、色男がビシッと決めてくれまさァ」

 どん、と竜二に蹴り飛ばされ、往来のど真ん中に突如、ゼンが現れてしまう。

「ちょ――」

 まだ見られていない、そう思い物陰に逃げ込もうとしたが――

「くんくん、ぶは、良き鉄の匂いだァ」

 隠れる間もなく、嬉々として振り返ってくる彼女にゼンは、

「こんにちは」

 咄嗟に何も出ず挨拶をした。

「ぶはは、挨拶が小気味よいな。こんにちは!」

 そうすると元気よく挨拶を返された。

 謎の空気が漂うも、観客の歓声によってゼンは逃げ場を失ってしまう。

 昨日の戦い、こちら側にも伝わっていたのだろう。

「されば、死合いと征こうぞ」

 元気いっぱい、力いっぱい金槌を振り回す姿に、もはや言葉は通じない。

「……もっと軟派な言動を修めておくべきだった」

 ゼンもまた観念し構える。きっと、モテ男ならこの局面からでも赤面させて無力化し、あわよくば家まで連れ込めるのだろう、と勝手に想像する。

『嗚呼、相棒の貧困な想像力よ。ヤリ○ンへの道は遠いぜ』

 いざ、尋常に勝負。

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