第2章:正義対悪
人界に戻ったゼンたち、と言うよりもロキを待ち受けていたのは神族、エルの民であった。『ゲート』から現れた瞬間、ロキだけを光の魔術で拘束し、今は床に這いつくばらせている。本人は意地になって解除しようとしているが、なかなか上手くいっていない。魔王も段取りなしの奇襲では厳しいようであった。
「……口説けたんだな」
「何とかね。間に合って良かった」
ゼンとオーケンフィールドは床に座って休んでいた。
「まあ、厳密にはトリスメギストスが口説いた、だけど。今回は彼のおかげだ。たまたま未来視対策で彼らの聖域に踏み込む必要があった、というのが大きい。彼は過去二回の敗北から、世界中を探索して未来視の対抗策をひねり出したらしい。内容自体は教えてもらえなかったが、あまり良い方法じゃないんだろう。困り顔だったからね。それでも、それがなければ負け戦にしかなりえない。副産物だがエルの民と交流も始まった。まだ、勝ちの目はある」
「だが、奴は王たちから能力を回収している」
「ああ、それについては懸案事項だろう。今はまだ能力に振り回されていた気もするし、上手く使えてはいなかった。だが、それは時間が解決してしまう」
オーケンフィールドはため息をついた。勝ちたかったのだ。ここぞという局面、全てが上手く噛み合った。だからこそ、、一歩届かなかったのは悔やまれる。
これがのちに本当の後悔にならぬよう――
「強くなろう。それしかない。そうだろ、ゼン」
「あ、ああ」
手を差し出してくるオーケンフィールドの眼が、辛い。シュウの背中が目に焼き付いて、苦しい。強くなりたい。だが、その方法が何も思いつかないのだ。
自分にはもう強い武器を探すしか道はない。
だが、あのエクセリオンの欠片同様、結局自分で創造できなければ意味がないのだ。七つ牙以上など見つかる気がしない。
創造できない武器を手に入れたとすれば、それは己以外が使った方が良いに決まっている。やはり、己に出来るのは手助け程度だけ。
されど、それでいいのかと心が叫ぶ。
ゼンだって馬鹿ではない。シュウが己に向けていた眼の意味を、理解していないわけではなかった。彼が自分にとっての希望と言っていた重さが、のしかかる。
「報告! たった今、『コードレス』から連絡が!」
「なんだい、そんなに慌てて」
「ロディナがシンの軍勢に急襲され、壊滅状態。フラミネス様のおかげで『コードレス』たちは生きているそうですが、市民の半数近くは」
オーケンフィールドはハッとゼンに目を向ける。
「ありえない」
ゼンは茫然自失となる。ロディニアの最北、最奥に位置するロディナが攻撃を受ける意味。それを理解できぬ者はいないだろう。
「次元操作か。わかっていたことだが、さすがに仕事が早い」
「フラミネスの馬鹿は生きてんのか?」
いつの間にか拘束を解いたロキが真顔で問う。その眼に余裕はない。
「存命です。しかし、大樹の半分を毒で侵され、解毒にはとても時間がかかるとのこと。依然、予断は許さぬ状況ですし」
「俺が行く」
「なりませんよ、ロキ」
「うるせえババア。マジで滅ぶぞ。そんなに捕まえときたきゃ監視でテメエも来い。十三号、何かマーカー寄越せ。すぐに飛ぶ」
「わ、わかりました」
十三号と呼ばれたライブラはせっせと準備を始める。普段は機構魔女と呼ばれている彼女も主であるロキを前にすると借りてきた猫も同然。
「ならばついていきましょう。ライラ、此処は任せます」
「分かりました、おばさま」
エルの民をまとめる美しい女性がロキの前に立つ。
「闇と地の複合魔術だ。テメエにとっては楽な旅行じゃねえぞ」
「私がいた方が解毒早いでしょう。フラミネスとは知らぬ仲ではありませんしね」
「なら、良い。ババア、捕まってろ」
「懐かしいですね」
「黙ってろ。遅ェぞポンコツ!」
「はひ! これが、一番ロディナに近いマーカーです」
「ちっ、遠いな。まあいい。ギリ、届く範囲だろ」
その瞬間、ロキは即座に『ゲート』を展開し、二人で潜る。オーケンフィールドやシャーロットなどの英雄を鑑みなければ、彼はこれほど早く展開できるのだ。
「くそ、エル・メール様とあんな奴が」
「セノイ。少しは落ち着きなさい。エルの民の品位が崩れますよ」
「ぐっ、お前がそれを語る、いや、正論だ。すまない」
どうやら残ったエルの民も癖が強そうであった。
『おい、ロディナがどうこうって聞こえたが、どうなってる?』
「さすが『コードレス』君だ。もう復旧したのか」
『その声はオーケンフィールドか。さすがシュウの段取りだな。きっちり御帰還するとは恐れ入った。こっちは問題なしだ。全員追撃してるよ』
「その声は『ドクター』だね。単刀直入に言おう、全員を後退させてほしい。ロディナが壊滅した。敵は毒を使ったらしい。『コードレス』君が復旧したなら敵は攻撃後すぐに引いたんだろう。今は撤退した、と考えていい」
『毒、おい待て、フラミネスさまが後れを取ったってことは王クラスだろ? いたぞ、こっちにも毒使いの王クラスが。ふた柱いるってことか!?』
「いや、おそらくは同一人物だ。まあ、一つでも二つでも同じだけど」
『同じ、どういう……まさか、さっきの世界に空いた裂け目みたいなやつが。ハハ、おい、洒落にならねえぞ、守るべき対象を急いで縮小、絞らないと』
「ああ。そして、戦力の分散を余儀なくされる。俺たちは――」
『正義の味方だから、か。きつい立場だな。了解、残党狩りは切り上げてすぐに後退する。色々調べたいこともあったが、さすがに後回し、だな』
「すまない、頼むよ」
シン・イヴリースの警告。これからはこうやって攻めるという意思表示。もはや東西南北、都市の位置に意味はなくなった。
やろうと思えばどうとでも攻めてこれる。『ゲート』より遥かに燃費が良いのか、世界にとって負荷が少ないのか分からないが、事実として毒を使う王クラスがロディナに現れ、都市を壊滅させたのだ。
最高クラスの魔術師、フラミネスが守る大都市を。
「ゼン、俺たちも本部に戻ろう。大丈夫だ、きっと、子供たちは無事さ」
「何故、こうなった?」
迷いなく守り続けてきた男が、それを失ったかもしれないと突き付けられ、心が折れていた。オーケンフィールドは目を瞑る。
見たくない。ヒーローのこんな姿など。誰だってそうだろう。
〇
「あらあら、随分とやつれていますわね、我らが王も」
「だね。最後っ屁、回復するまでは出し殻さ。ま、そっちもちょっと喰らってるじゃん。こっちの世界の人間も結構やるねえ」
「……馬鹿ね。私が人間に後れを取るわけないでしょうに」
先ほど次元の裂け目より帰還した毒の王カシャフは呆れて笑う。これほど悪意を、最高のタイミングでふりまける怪物も彼ぐらいの者であろう。
これで人界は嫌でも揺れる。
そして絶望は加速するだろう。
「あっは、ぐんぐん回復してるねェ。我らが王のアルスマグナも」
「絶望を喰らい成長する異質なる源。まさか連中もこの衛星を周回するそれがアルスマグナだとは気づかないでしょうに」
「よぉく見ないと星にしか見えないからねぇ」
絶望を喰らい肥大するそれは邪悪なる紅き星。
「くっく、それに、正義の味方が頑張ってポコシャカ殺せば殺すほど、ストックである僕らに割かれたエネルギーは彼に、加納 恭爾に戻っていく。まあ戻っていく過程で多くが失われるけど、十分の一くらいは戻るでしょ。彼らは想像も出来ないだろうねえ。僕らは仲間じゃなくて、ただの入れ物でしかない、なんてね」
悪意は初めから正義の想像を超えていた。
「私たちが最初から持つ魔力炉と自らの魔力を反応させて、転生ガチャとなす。その時点で魔力の収支は真っ黒。彼にとって楽に配下を作る方法であり、死んだとしても最悪ガチャ分のエネルギーは回収できるわけね」
「ハッハ、僕ら道化過ぎて笑える」
ふた柱の王クラスは絶望の声を聴き、心身ともに回復していく怪物を見て、吐き気を催した。彼らとて世界にとっては悪、害を成すものであり、クズの中のクズである。それでも彼を見ると思う。モノが違う、と。
「それでも怖い。悪ゆえに格の違いってのが分かるもんさ」
「そうね。ま、それならそうで楽しまなくちゃね。割に合わないわ」
「だね。精々好き放題やりますか。死ぬまでさ」
悪意は今回、大きな痛手を被った。
されど、まだ死なず。より大きさを増す。
王クラスを移動させる次元操作は決して多用出来るほど燃費が良いわけではない。重力制御よりもマシと言う程度のもの。それでも可能、不可能では状況は大きく変わってくる。今までは出来なかった。これからは出来る。
それは正義の選択を絞り、悪意に無限の可能性を与える。
そして彼らは知るだろう。真なる王にとって世界自体、己のための食い物でしかない、と。自覚があるかないか、それだけの違いでしかない。
全てを喰らい、魔王は肥大する。
『ハッハ、なんだこの蠅、覗き見かァ? こそこそと恥ずかしくないのかね、チミィ。雁首揃えて哀れな連中だぜ、旧式ってのはさァ』
道化の王クラスが一匹の蠅を握りつぶす。その蠅が最後に見せた光景は、続々と集結する軍勢の姿であった。
人と魔のハイブリッド、ルール無用の怪物たちである。
〇
「……取り逃がしてしまったか」
バァルは残念そうに首を振った。人族の英雄は確かに彼らの想定を超えた強さであった。三人目の男も相当強い。
だが、バァルの見立てでは前の二人とそれほど変わりなく感じた。
様子を見るに未来視は封じたようであったが、そもそもイヴリースは自らのリソースを分割しリスクヘッジしている状態。かつ、ここでの軽い小競り合いでの消耗も響いている。その中での個人戦はあまり意味がないのだ。
「続きでもどうだ、ベリアル」
「珍しいな、シャイターン。これ以上ない申し出だが、遠慮しておこう。さすがに興ざめだ。くぁ、つくづく嫌になる」
ベリアルはあくびを噛み殺し、自嘲する。
「オリジナルよりも遥かに弱いはずなのに、何故だろうな、俺にはあの御方よりも大きく見えた。嗚呼、わからな過ぎて怖い、だな」
軽く世界を小突いて次元を砕くベリアル。
「シャイターン、俺たちはどう生き、どう死ぬべきなのだろうな?」
「俺は人族に劣るなど思わん」
シャイターンの言葉に反応せず、ベリアルたちは裂け目から去って行く。
祭りは終わり、静けさだけがこの場に残る。
「バァル、適宜監視を続けてくれ」
「ルシファー殿の願いとあらば」
「貴様まで弱気な。何を恐れることがある!? 魔界に降りてきたが最後、俺ひと柱で全て滅ぼせる程度の軍勢だ。脆弱、惰弱、虚弱、そんなものに――」
「俺たちは後れを取ったのだ、シャイターン」
シャイターンの言葉を引き継いで、ルシファーは痛烈な事実を突きつける。驕りがあった。負ける理由がなさ過ぎて、放置してしまった。
今更詮無い話ではあるが――
「次は俺が絶滅させて見せよう」
「次があれば、な」
「ふん、魔界へ来ないのであれば好きにすればいい。俺には関係がない話だ。精々人族同士、盛大に殺し合うがよい」
そう言って、シャイターンもまた光となって消える。
「どう生き、どう死ぬ、か」
万年生きようと未だ尽きぬ寿命。第一世代である彼らは自らの天寿を知らない。設定があるのか、ないのか、時の流れで死ぬのかも分からない。だからこそ彼らは戦って、その中で終わりを見つけてきた。
その生き方、死に方が正しいのかも分からぬままに――
だからこそ差がついたのかもしれない。終わりある者たちが必死に生きていく時間と終わりなき者たちが無為に消費する時間。
流れは平等であっても密度が桁違いであろう。
この差はおそらく埋まらない。魔族として生きていく限りは。
〇
急ぎロディナに戻ったゼンたちが見たのは、あまりにも凄惨な光景であった。
報告にあった通り、特殊な対応をせねば毒煙の対処は難しく、おそらくは魔獣化もしたのだろう場所は未だに毒沼が消えていなかった。
元は人であった、市民たちの絶望が刻まれしオブジェが嫌でも絶望を加速させる。ここまでやるのだ。彼らに躊躇いなどない。
同じ人とは思えぬ所業である。
「頼む。皆、生きていてくれ」
『落ち着けよ、相棒』
「黙れギゾー! 俺は、彼女たちを失うわけには、何のために、俺は――」
走るゼンに余裕はない。ギゾーの言葉も今の彼には届かない。
そして、ゼンの目に飛び込んできた光景は――
「…………」
正義の心をへし折るには十分過ぎるものであった。
毒に沈んだ子供たちの家。フランセットのおかげで手に入った安住の地。もっとも守りたかった、守らなければいけなかった、場所。
凄まじい破壊痕。至る所に飛び散った毒は未だに残留している。
これでは生きているわけがない。答えは、出た。
「ばふ」
「どうしたの、フェン。引っ張られたら服、伸びちゃうよ」
答えは――
「あ、ゼン!」
幻かと思った。そうでなければありえない景色なのだ。こんなにも周りがボロボロなのに、彼女に傷一つついていない奇跡なんてありえない。
ありえなくとも――
「アストレア!」
ゼンはあらん限りの声で叫ぶ。嬉々として飛び込んでくる少女を、力いっぱい抱きしめる。幻かどうか、感触が消えぬか、確かめるように。
「えへへ、苦しいよ、ゼン」
「すまない。本当に、すまない」
「ゼン、泣いてるの? アストレア、悪いことしちゃった?」
「大丈夫だ。これは、嬉し涙だ」
ゼンは息を吐く。あの日からずっと張り詰めていた、糸が緩む。
「ゼンさん。よくぞ御無事で」
「フランセット、君も無事でよかった。だが、どうやったんだ? 家がああなっているのに、君もアストレアも傷一つ、ない」
「フェンちゃんが吠えて家の中を暴れ回ったんです。それで、いつもの散歩コースに連れて行かなきゃ、と思って全員で。残ろうとした子もフェンちゃんが引っ張り出して、その途中に街が……気づいたらフェンちゃんだけいなくなっていて」
「ばふ」
『さっすが、『大喰らい』様だ。制限下でもやるねえ。ってか痩せてね?』
「ありがとう、フェン」
「わふ」
「すまない。今回はお土産がないんだ」
「わふぅ」
残念そうに頭を垂れる姿に、威厳の欠片もない。
だが、彼女がいなければ全員死んでいた。おそらく、此処で戦闘があったのだろう。それならば合点がいく。いくら何でもこの破壊痕は、何らかの抵抗がなければ生まれえない。木の破片もあることからフラミネスと彼女が共闘して追い返した、と言うところか。ここで追い返したからこそ、半壊で済んだ、のだろう。
「ゼンだ!」「ゼン!」「ゼーン!」
気づけば子供まみれになっているゼン。その重さ、改めて知る。
「オーケンフィールド、俺は、どうやったら強くなれる?」
「そのためのロキだ。俺もまだまだ強くなる。一緒に頑張ろう」
不謹慎であろうが、ゼンは泣いていた。改めて彼は自分の弱さを知った。子供たちを失った、その可能性だけで心が折れかけていたのだ。
いや、折れていた、か。
(もっと強さがいる。想像も出来ないけれど、それでもやらなきゃいけない。ここに俺がいたとしても、おそらく大して役に立てなかった。この前みたいにシュウの背中を、オーケンフィールドの背中を、見つめるだけの置物が関の山)
戦う力が要る。彼らを守る力が、要る。
誰かに頼るのではなく、己の力が必要だとゼンは知る。
悪は強大で、さらなる手札を手に入れた。
正義もまた進化せねばならない。悪を挫くために。
「俺は、強くなる。必ず」
葛城 善は改めて誓う。
守るべき者のために。散って行った正義のために。平和を手に入れなければ、あの悪意の怪物を殺さねば、子供たちに安心はないのだと知ったから。
「どんな手を使っても、守って見せる」
それが彼の、偽善である。
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