第2章:第三の眼が視えぬモノ

 オーケンフィールドの登場によって一気に状況は変化する。

 それを覗く魔族たちは様々な感情をもってそれを見守る。もはやこの状況、決して絶望とは言えないだろう。

 しかし、かの王の窮地はこれが初めてではなかった。

 先ほどもそうだが、過去二回、絶体絶命の窮地があったのだ。

 バァルは見ていた。ベリアルは夢の中で覗いていた。シャイターンも、ルシファーも、見ていなかったわけではない。本当に見ていなかったのは興味の欠片もないルキフグスくらいのもの。

「一人目は確か、シャイターンと同じ光の権能を持っていた人族でしたね」

「二人目はルシファーの王権と同じ超重力、だ。人族の中ではスペックも図抜けていたし、面白い喧嘩相手になりそうだった」

 バァルとベリアルが脳裏に浮かべるのは、人族にしては破格の戦力を有した英雄二人。

 そしてどちらの眼にも背負いし者の重さが、圧があった。

 彼らはシンなる王を追い詰めた。あと一歩まで――

「だが、敗れた。三人目は肉体活性、か。上がる時間に大きな差はあるが、アスモデウスのような強さを感じる」

「そういえばアスモデウスはどうした?」

「……い、今走っていると思います、はい」

 借りてきた猫のような反応を見せるルキフグス。相手がルシファーであれば彼女はこうなる。他にはすべて高圧的だが。

「あの鈍間め。六大魔王の恥部だ」

「今は六大魔王じゃないでしょうに」

「……そこの第三世代よりマシだ。腐っても第一世代だからな」

 シャイターンにとってルキフグスは考慮に値しない、という枠なのだろう。

「未来視が事実なら、どれだけ強くとも勝てんぞ」

 ルシファーはバァルの眼を通してじっと戦況を覗く。消耗したかの王ならばあの人族が勝つ。分かり切っているからこそ、あの男があれを使わないわけがない。

 確定した結果を覆した奇跡の力を。

「どうする、人族の英雄よ」

 今日は理解を超えたことが多く発生した。人族は常に彼らの予想を超えてくる。

 今一度それが適うか、それを彼らは見つめていた。


     〇


「みずき君は?」

「……もう、いない」

「そうか。二人ともご苦労様。休んでいいよ。あとは俺がやる」

 オーケンフィールドは二人に笑みを向ける。

「オーケンフィールド、あいつは――」

「――未来を見る力がある、だろ? でも、完全じゃない。完全ならここに俺はいないから」

「ギャハハ、それすら手の内って可能性もあるだろうに」

「それはない。そうであるならもっと早く手を打っていたはずだから」

「……何のことだ?」

「彼は見せ過ぎた。しかも、一番見せてはならない存在に」

 意味深な発言をこぼし、オーケンフィールドは半壊した魔王の居城を見つめた。

「犠牲は無駄にしない。シュウさん、みずき、今まで敗れ去ってきた者の無念、背負わなきゃ、な」

 オーケンフィールドの全身が輝いた。すさまじい力の奔流が生まれる。

 人界最強武力が臨戦態勢を取った。


     〇


「……さすがに、重い」

 たった一撃でこれ、いくら六大魔王の攻撃を受けていたとはいえ、自らがここまで削られるとは信じ難い、と加納は思った。

「しかし、随分とのんびりしている。すぐさま追撃が来るかと思ったが」

 加納 恭爾のセンサー、今まで多くの『綱渡り』を渡り切った男の持つ一種の異能が語るのだ。何かがおかしい、と。六位は察していると言っていた。一位がそれを知らぬはずもない。

 ならば、己に時を、ほんの僅かでも与えまいと動くはず。

(それでも視るべきタイミングだろう。力の高まりも感じる。ここからは僅かな綻びも許されない)

 相手は自らと同じ世界が呼んだ『カウンター』である。

 まだ、育ち切っていない己では些か心もとないのも事実。

「サードアイ、起動」

 加納 恭爾は第三の眼を起動する。

 シュバルツバルトに繋がり、自らが進むべき道を演算するために。


     〇


 ぶぅん、お手製のギターをつま弾くはファンキーな格好をした老人であった。

 西へ東へ風任せ、ロディニアのどこにでも現れてどこにもいない男。住所不定無職のさすらい音楽家、ではなくさすらいの魔術師、である。

 その名を、トリスメギストスと言う。

「いやー、ちかれたわい。腰がの、年のせいで痛くてたまらんのじゃ」

「……トリス、貴方が先ほどまで使っていたのは腰ではなく頭です」

「相変わらずつまらん男じゃのお。モテんぞ」

「別にかまいませんよ。女性、苦手なので」

 翡翠色の髪を持つ青年が老人の言葉をバッサリと切る。

 しょぼんと肩を落とすトリス老。

「で、これでおしまい?」

 コインをつま弾きし、自らの運勢を占う青年は「おっ」と声を出した。

「珍しいね。僕のアンラッキーを消すほどの運量が動いているみたいだ。強い、とても強い何かだ。執念すら感じるよ」

「積み上げられた勝利への想いじゃよ。それが束なり、力となっておる」

「ふーん、僕オカルト信じない派なんだよね」

「ギャンブルには絶対負ける男がそれを言いますか」

「ハッハ、それは僕の個性でしょ。あー、僕ってより僕の一族、か」

「それをオカルトというのでは?」

「それは事実っていうのさ」

 へらへら笑う金髪碧眼の男とそれに苦笑する翡翠色の髪を持つ男。

「開けた箱は我らにとって毒でもある」

「安心してください、トリス。その毒、いずれ人は乗り越えます。だから俺たちはここにいる」

「言ってよいのかのお、それ」

「言いふらす貴方でもないでしょう。それに、その程度で揺らぐ未来じゃありませんよ。強固なる意志と願い、積み重なって明日があるのだから」

「勇気が出るわい。なれば此度開帳した毒は後世に託すとしよう。それしかないのじゃから」

 トリスたちはそう言ってその場を後にした。

 人も獣も寄り付かぬ、『聖域』を。


     〇


 接続した先、演算装置の中に加納 恭爾はいた。

 積載され、多元化された情報の海であり、あらゆる事象を数値化して演算し続ける巨大な世界そのもの。

 それがシュバルツバルトである。

 現在、彼の持つアクセスコードを使って『この空間』に侵入できるのは二つの存在のみ。もう一つは滅多に使わず沈黙を保っているためただ一つのみが独占する。

 はずであった。

「……レウニールか?」

 加納の感覚、嫌な予感が増大する。

「イヴリース? ハハ、ケミストの君がエンジニアの領域に何の用だい? あれから随分経ったみたいだけど、究極とやらに成れた? 復讐なんて完全なる存在がするもんじゃ……お前、誰だ?」

 赤き髪の少年は眼を開けて、首を傾げ、そして――

「はぁ、いや、まさか、ほんと、やめてくれよ。いくらなんでも、雑魚過ぎんだろ。造物に造物主が喰われるなんて喜劇以外の何物でもない」

 嫌悪の表情を浮かべる。

「寝起きで軽く情報収集しただけでも随分と不出来な生き物だ。反吐が出るよ。それに喰われた君にもね。究極が聞いて呆れる」

 加納は手をかざし、領域にあの異物を排除するよう働きかける、が、彼のいる場所だけ何一つ影響を与えられない。

「知能が足りないな。君が喰った馬鹿はケミスト、化学者だ。現実ならともかく演算領域で僕に、エンジニアに勝てるわけねェーだろ?」

 炎が世界を侵食する。すさまじい勢いで、加納の周囲を包み込んだ。

「レウ君もシュバルツ君も、この装置を使うって意味なら僕には届かない。彼らはハード屋だからね。で、イヴリースは完全に畑違いだ。理解した? 下等生物」

 赤き髪が逆立ち、炎と化した怪物が嗤う。

「な、何者だ、貴様、は」

 炎が加納を焼く。指一つ、動かすことすらできない。

 先ほどからずっと――

「シン・プロメテウス。この星の創造主がひと柱、だ」

 世界が燃える。この男の意思一つで、全てが――

 加納は絶叫する。存在そのものが消失する痛み。埃を払うかのように殺される、恐怖。

 一切灰燼と化す。

「ありゃ、遊び過ぎて先に回路を焼き切っちゃった、か。腐ってもイヴリースの体なら死んでないね。寝起きで調子でないなぁ」

 シン・プロメテウスは「くあ」と欠伸をして背筋を伸ばす。

「裏コードじゃ出来ること限られてるし、シュバルツ君め、結構がっちり守ってるなぁ。ぱっと見隙無し、だ」

 彼の赤き眼にはいったい何が映っているのだろうか。

「何とか肉体を手に入れなきゃ、だ。不完全な彼らの歩みに合わせてちゃ話にならない」

 かつての仲間たち、絶望を超えて新たなる大地に世界を生んだ友を想う。

「まあでも、演算装置で未来を予想するってのは面白い発想ではある。あくまで近似値、どこまでいっても真にはなりえないけど、途上文明程度なら道標にはなるだろう」

 シン・プロメテウスは試算を開始する。

 時間は無限にある。そしてこの空間において彼は最強なのだ。

 肉体を手に入れ、不完全なる者を導いてあげる、という善意の下、人にとっての毒は静かに胎動を始めた。

 すでに彼の中でイヴリースの欠片を持つ者への興味は失せていた。


     〇


 加納 恭爾は脳髄が焼き切れるかと思うほどの『炎』に恐怖を覚えていた。

 もう二度とシュバルツバルトにはアクセスできない。するわけにはいかない。あの世界において自分の持つ力では抵抗すら出来なかったのだ。

「……未来、視えたかな?」

 瓦礫の先からオーケンフィールドが現れる。

 彼は知っていたのだ。

 あの存在が解放されたことを。結果として未来視を潰していたことを。

「トリスメギストスか。何も出来ぬと自由にさせ過ぎたな」

「仕方ない。この時代、シン・プロメテウスがある場所に封じられていることを知っている者はゼロだった」

「ならば何故、と思うが、問うたところで答えを返すはずもないか。くく、一転、私は窮地に立たされたわけだ」

 加納は邪悪な笑みを浮かべた。

「しかし、悪手だな英雄。ロキか世界か、その選択で君はロキを取ったわけだ。我が部下が世界を滅ぼす。見ての通り、出し惜しみはなし、だ」

 空の居城、全ての戦力を人界に注いだ、と彼は語る。

「いいや、そうはならない」

「自信満々だな。何か策でもあるのだろうか?」

「策などない。必要もない」

 オーケンフィールドはひと欠片の疑念無く言い切る。

「貴様の敗因は、俺『たち』を侮ったことだ」

 そこには間違いなく確信があった。

 眼前の怪物、その思惑を彼らが超える、と。


     〇


 彼らが結集したことなど結成して一度もなかった。

 局所的に散発する『ゲート』からの侵攻。守るために散らばる必要があった。ゼンが不在の間に起きた大戦でさえ例外ではない。

 それが彼らにとって最も苦しい状況であったのだ。

 正義のために、多くを守るために、彼らは力を割き続けていた。

 しかし今、彼らはひとところに集う。

「オーケンフィールドはあちら側に向かった」

「ぬう、では、シュウ殿は。無念でござる」

「報いようぜ。それがあいつへの鎮魂歌、つまりロックだ!」

「貴様には負けんぞヒートヘイズ!」

「暑苦しいな、おい。点滴ぶち込んでやろうか、ケツの穴からよ」

「……汚名返上の時が来た。フルアーマーだ」

 一癖も二癖もある連中である。本物の天才ばかりを集めたのだ、当然のこと。

 だが、だからこそ強い。

「不破 秀一郎が俺たちを集めた。あいつが加入する前の組織じゃロディニアを網羅するなど出来なかっただろう。だからこそのジレンマはあったが。それでも多くを救えた。偉大なる功績だ」

 第三位『破軍』の大星。

「しかり、拙者は居合切りを教えてもらったでござる。あと左足を前に出しても剣速は上がらないし無意味だとも」

 第四位『斬魔』キング・スレード。

「あいつサッカーもくそ上手かったぞ。あとギターもな」

 第七位『ヒートヘイズ』マリオ・ロサリオ。

「俺、腕相撲、勝った!」

 第八位『轟』ヴォルフガンク・ヴァン・ローラウ。

「誰も聞いてねえよ。ったく、あの馬鹿が。死んだら終わりだっつってんだろうが」

 第九位『ドクター』アーサー・コッホ。

「泥まみれの勝利を捧げましょう」

 第十位『クレイマスター』ニール・スミス。

 そして彼ら以下、アストライアーの英雄たちが集う。

 アストライアー対シンの軍勢。

 いざ、総力戦へ。

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