第2章:『超正義』

 たった一人の人族、その快進撃に各々思うところはあった。だが、ことここに至って彼らが浮かべるのはただ一つ、人族の割にはよくやった、それだけである。

 力弱き者の工夫、それは彼らの理解を超えた凄まじいものであった。

 だが、届かない。

 六大魔王との小競り合いで消耗し、あれだけ魔人状態で削れたシン・イヴリース相手でも、魔獣化しただけで埋まってしまうほどの工夫でしかない。

 期待はあった。輝きもあった。

 だからこそ、誰もがその終わりを見つめているのだ。

 奇跡は、無い。それでもせめて、終わりぐらいは、と。

 魔族たちの眼に浮かぶは、弱き者への称賛と憐憫、であった。


     〇


 受けが成立しない。片腕だから、ではなく単純な出力差である。

 内蔵魔力、オドが跳ね上がったことで技が力に貫かれてしまう。受けるどころかいなすのでさえ、肉が潰れ、骨が軋む。先ほどまでの快進撃が嘘のような、絶望的な戦力差。どんな努力も、技も、規格外には通じないのだ。

 人族の規格、その限界地点。

「ハッ、ハッ、ハッ」

「マダ笑エルカ?」

「当然!」

 哀れな強がり。ロキは称賛の念を覚えながらも、静かに動き出そうとする。このまま彼が敗北するのはただ待つよりも、逃げることを考えた方が建設的。

「動クナ」

「馬鹿野郎ッ!」

 シン・イヴリースが視線を向けただけで、魔術を起動しようとしたロキの体が砕け散る。体ごと空間を、次元を砕いたのだ。普通なら絶命するはずだが――

「イイ身体ダ」

「手ェ出すなら俺に勝ってからにしろよ、加納!」

「構ワンヨ」

 血反吐をこぼしながら、それでも必死に食い下がる不破 秀一郎。あれだけ傷ついてなお、魔術に、技に、一部の狂いもない。凄まじい集中力である。

 それでも届かない。

「ぐ、はっ」

「マダ最悪デハナイト、言エルカ?」

「が、は、くく、ああ、最悪には程遠いぜ!」

 いなしたはずの手が、上がらない。これでもう片方も機能停止した。相手には何の損傷も与えられていない。何をしても、徒労。

「勝テンゾ?」

「いいや、俺は、正義は、必ず勝つ!」

 心は熱く、頭は冷たく。

 不破 秀一郎は心の中で笑った。こんな状況、まったくもって最悪ではないのだ。最悪と言うのは、自分を見失ってしまうこと。それを是と受け入れてしまうこと。正義のためにそれを曲げた、曲げたことを肯定したあの日々こそ――

「今度は、負けんッ!」

 不破 秀一郎にとっての最悪、であったのだから。


     〇


 不破 秀一郎は天才だった。何をやらせてもあっさりとこなし、容易く一流にまで辿り着く。その速度は常人のそれを遥かに超え、超一流の者から見ても信じ難い成長曲線を描くのが、彼の当たり前であった。

 師のススメで日本の最高学府に入り、そこを首席で卒業した。それが師の無念を晴らすため、悪を駆逐するための最短ルートであったから。

 天才は独自の手法で、当時世間を賑わせていた『最悪』、加納 恭爾のフォロワーたちを次々と刈り取っていった。マニュアル化され、大勢がそれを真似し、一躍彼の名は日本中の警察に知られることになった。

 伝説の刑事、その愛弟子が悪を粉砕する。センセーショナルな話題にマスコミも飛びつき、不破 秀一郎は警察の顔になった。これもまた、彼にとっては好都合。出た釘は叩かれるが、出過ぎた釘は叩けない。

 同期で最速最短は当たり前。誰よりも早く出世し、頂点から組織を変革する。構想はあった。やれる手ごたえもあった。

 だが――

『秀一郎、わかっているな』

『……はい』

 彼には出来ない者の気持ちがわからなかった。サルでもわかるマニュアル化をしたはずが、それを勝手な解釈で捻じ曲げ、サルでさえしない過ちを、部下がしてしまったのだ。冤罪である。罪を被せる手法の犯人を検挙する以上、誤認逮捕は可能性としてあり得る。そのために徹底的な調査と、確実な証拠が必要なのだ。

 無理やり吐かせた証言などではなく。

 何の関係もない一般人を誤認逮捕。それが判明したのは奇しくも不破が別件で犯人を捕らえた時。彼の自供でそれが判明してしまった。

 誤認逮捕から真実が発覚まで一年のズレ。功を焦った部下が過ちをした。部下の過ちは上長である不破の責任。尻拭いをするのは当然であるが。

『組織のためだ。ひいては、お前のためでもある』

 警察組織はそれを表沙汰にすることを許さなかった。すでに誤認逮捕された者は社会的に大きな傷を負っている。今更万の言葉を尽くそうと許されはしないだろう。だから警察は、裏で交渉しろ、と不破に命じたのだ。

 金で黙らせて来い、と。

 不破 秀一郎はやった。謝罪し、罵倒され、金を見せて、黙らせる。

 出来ない者たちの失敗は何度もあった。確かに難しい案件ではある。何しろ無関係な者が犯人なのだ。その足跡を辿るのは理由のある犯行よりも難易度は高い。それでもここまで出来ないものか、と不破は愕然としていた。

 何度も揉み消した。出来ない者たちに任せていては、それこそ組織が燃えてしまう。燃える前に沈下させねばならないのだ。

 何度も何度も何度も何度も――

 輝かしい正義の裏で、不破は業を積み上げ続ける。組織のため、自分のため、そうせねばならないと日に日に強く思った。出来ない連中に任せるわけにはいかないと。自分が変えなければならないのだ、そう思った。

 気づけば数年、恩師の墓参りにすら行けていない。あわせる顔がなかった。笑顔も消え、敵も味方も恐れる冷徹な組織人が完成していたのだ。

『……俺は、何だ?』

 確かに彼は多くの正義を成した。しかし、彼の正義、その出来損ないのフォロワーたちが多くの悪を成してしまった。単純計算をすれば裁いた悪の方が圧倒的に多い。だからこそ不破は組織に愛され、図抜けた地位を与えられた。

 自分に近い上司に付き、部下も厳選し最強のチームを作った。身近なところに出来ない人間はいない。すべて排除した。だが、あくまでそれは身近なところでしかない。過ちは繰り返される。その度に、火消しに奔る。

 組織の評価は上がり、権限もまた増していく。その度に組織を変えられる範囲で変えた。間違いなく理想には近づいている。

 だが、同時に組織のための悪、正義のための悪であれば心が揺らぐことすらなくなった。迷いなく、惑いなく、それを成すことが出来る。

 正義のため、仕方がないことだと。

 ある日、不破 秀一郎は鏡に映った己に憎むべき悪を見た。

『俺も所詮、同じ穴の狢、か』

 その日を境に不破は行方不明となる。

 この世界に呼ばれたから。

 天才であった不破はいち早く情報を集めた。自分の能力、世界の情勢、敵とされる者たちの規模、戦力、それらを勘案し――

『この世界は詰んでいる』

 そう判断した。協力はするが期待はするな、それが『超天才』であった男の出した結論である。勝ち目がない戦いに労力を割くのは徒労、そもそもが出来ない人間が欲をかいて墓穴を掘った自業自得。

 ならば己は帰る方法を模索すべき。詰んだ世界で足掻くより、元の世界で正義を完遂する方が理に適っている。そう彼は判断した。

 あの日、彼らに出会ってもその結論は変わらなかった。

『ハンス、お前一人でやるべきだ。劣化でしかない俺を味方に引き入れて何の意味がある? 相手に準備の期間を与えるだけだぞ』

『それは違うな、シュウイチロウ。かつて二度、俺と同じ現象でこの世界に引っ張って来られた英雄がいた。二人とも君と同じ結論に至り、そして、敗れ去ったんだ。最初の一人はそれなりに周りを利用したらしいけど』

『なら、詰んでいる。結果は同じだ』

『君は冷たいね。でも、そうとも限らない』

『出来ない奴を集めても意味はないぞ。こっちじゃ俺も、そっち側だ』

 ちらりと不破はある男を見つめていた。

『気になるかい?』

『支援役に人形を連れているのはわかるが、あれは何の冗談だ? 出来ないと言ってもほどがあるだろ。お前の指一本分の働きにもならない』

『この前武器を手に入れたんだけどね。なかなか、上手くいかない』

 剣、のようなモノを出しては頭をかしげている。一本出すのに何分もかけて、しかもあの出来では何の役にも立たないだろう。基礎スペックなどお話にならない。そこら辺の現地人の方がよっぽど強い。当時の不破なら、排除する人材。

『馬鹿らしい。出来ない奴に期待するより、出来る奴を集めろよ。英雄召喚でもサポートとしてなら使える能力だってあるだろ? この前、医者みたいな奴に会ったぞ。あれならサポート役として使える。戦闘はお前がやるべきだ』

『助言ありがとう。当たってみるよ。で、君は?』

『俺にはやるべきことがある。仲間になる気はない』

 それが一度目の出会い。ハンス・オーケンフィールドと名乗る男と機構魔女のライブラ、そして、まだあの眼を使いこなせていなかった頃の、ゼン。

 決裂に終わった一度目。それから二ヶ月後――

『考えは変わった?』

『変わらない。何だ、あの医者仲間になったのか。もう一人の女は、何か暗いな』

『彼女は凄いよ。戦闘タイプじゃないけど、イノベーションを起こせる能力さ。それよりも見なよ、ほら、剣が出来た』

『見るからに鈍らだ。そもそもあいつ、まだ諦めていなかったのか』

『ゼンは諦めないよ。ほら、あれが理由だね』

 子供たちに囲まれ、もみくちゃになりながら少しだけはにかむ、男。見た目に反して善良さが伝わってくる。だが、出来ない人材には変わりない。

『ああいうのに頑張られると手間が増える』

『なら、もう少し見続けてみるといい。きっと、今、君の胸にあるもやもやは晴れるよ。俺も同じだったから。出来ない人に、諦めていた』

『…………』

『でも、ゼンは諦めない。死のその瞬間まで、諦めることなく立ち上がり続ける。動機はどうであれ、俺はそれがとても美しいと思ったんだ』

 彼の言っていることがわからなかった。

 元の世界に戻る方法、その手掛かりすらつかめず、気づけばゼンの徒労を眺める日々。最短最速で物事に当たっていた男は久方ぶりに足を止めて、出来ない人間を見続けていた。男の話を聞いて、動機も彼は包み隠さず語った。

 その明け透けなところは好感が持てる。いずれ子供たちにも話す。彼らが一人で立てるようになったその時、それが己にとっての裁きの時であると、言っていた。裁かれるために守る、変な話である。

 ただあの男は、子供たちを守る感情に妙な理由をつけただけなのだろう。シンプルで、とても真っ直ぐな感情。それは少し、不破にとって眩しく見えた。

 一歩ずつ、歩みは遅いが、それでも止まらない。

『…………』

 不破 秀一郎はそれを見続けていた。出来ない者の足掻きを。自分ならきっと一ヵ月もかからない。いや、下手をすると数日で――もちろん、道具の性質上出来ないのは承知の上で、不破はそう思っていた。

 必死である。必死に歩む。途中で袋小路に至り、何歩も戻った日もあった。あれだけ出来ないことが続けば、諦めたくもなるだろう。

 自分が出来ない者たちを諦めたように。

『嗚呼、くそったれ』

 でも、彼は諦めなかった。出会って半年、彼は一本の剣を数秒で出せるようになった。だからどうした、という話である。そんなもの買っておけば済む話。戦闘能力には何のプラスにもなっていない。だが、出来たのだ。

 出来ない人間だと切り捨てた者が、出来た。

『さあ、ゼン。お次はこの武器をいってみよう』

『ああ、やってみる』

 ライブラが持ってきた大量の武器を『創造』するゼン。剣が出来たなら大して変わらないだろう、と言うモノもまたしても不出来。

 笑ってしまうほど不器用。

『考えは変わった?』

『多彩な武器を切り替えて戦う。確かに戦闘能力は向上するだろう。でも、すぐに限界は来るぞ。そもそもあいつ自身が弱すぎる』

『そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。俺たちはなまじ出来るから、出来ない人間をこうと決めつけるし、大体の人間は諦めるから、実際に彼らの多くは目算通り止まる。いや、下手をすると大体が、目算にすら届かない』

『ああ、そうだな。だが、あいつは諦めない、か』

『そう、未知数だ。愚者の一念、岩をも通す、かもしれない』

『ハッハ、かもしれない、ね』

『初めて笑ったね』

『……あの馬鹿を見ていると、面倒なことばかり考えていた自分がバカらしくなってきたんだよ。どうせ、今は帰る方法も浮かばない。いいぜ、やってやる。お前らのサークルじみた組織運営を見てるのも苛立つしな。俺が整えてやるよ』

『さすが、日本警察の星、だ』

『しばらくそっちは廃業だ。その俺は正義の味方じゃない、からな。せっかくだ、生まれ変わったつもりでやらせてもらうぜ』

 不破 秀一郎はその時、思った。

 馬鹿になろう、と。賢しく、理由をつけて、正義を曲げるのはもうやめる。この世界では真っ直ぐと、純粋に、正義のために戦ってみよう、と。

『俺の名は『超正義』、シュウだ!』

 ビシッとポージングまで決めて、この場全員の時が止めてしまった。あまりにも格好良かったからか、あまりにもダサかったか、個々人の胸の中に留めていたのでそれを知る由はないが。その日、突如爆誕したのだ。

 超天才がぶっ壊れ、超正義が誕生した。

『へいへいゼーン、このオールマイティシュウが物事のコツってやつを教えてやるよ。ああ、礼はいらない。これはほんのお返しだからな』

『……な、何が起きた? どうした、シュウ、さん?』

『シュウさんはノー。俺はシュウ、だ。オッケー?』

『お、おっけー』

 不破 秀一郎は思った。自分が根気よく育てていれば彼のように何か、出来るようになった者もいるのではないか、と。簡単な方、容易い方、知らぬ間に流れて、思い描いていた正義の味方とは全然違う存在になってしまった。

 この名はやり直すという誓い。もうブレない、その覚悟。

 馬鹿っぽい名前である。いや、馬鹿でなければならない。

『正義集団、アストライアーね。いいじゃないの、馬鹿っぽくてさ。正義が素面でやれるかよ、なあ、マイフレンズ!』

 全員がぽかんとする中、オーケンフィールドだけは大笑いしていた。

 それがアストライアーが組織として生まれた日でもある。


     〇


 血まみれ、泥まみれ、もはや立ち尽くすことしか、出来ない。

「ハハ、クソ痛ェ。ほんと、素面じゃ無理だぜ、正義の味方ってやつは」

 とっくに痛みは振り切れている。感じなくなって随分経った。もう、戦うことは出来ないだろう。それがわかっているのか、加納 恭爾もあえて潰しに来ない。じっくりと料理するつもりなのだろう。絶望を味わいながら。

「みずきちは、良い奴だったな。あいつは、ある程度察してよ、それでも飲み込んでくれた。俺に、それが出来たか分からねえ。スーパースタァもありがとな、俺は核心から遠ざけることしかできなかった。黙って遠ざかってくれた、お前らの善意あってこそ、だ。仲間として誇りに思う。願わくば、『最悪』が外れることを、祈ってる」

 ボロ雑巾のような姿で、突如語り出したシュウ。

 シン・イヴリースは遺言の邪魔をしない。じっくり聞きたいのだろう。彼は己の欲望に忠実である。だからこそ、今のこの状況がある。

「ゼン、それなりの付き合いだ。お前は強くなったよ。本当に、強くなった。でも、まだ足りねえよな。あの子たちを守るには、まだまだ、だ。止まるんじゃねえぞ、足を止めたお前なんて見たくねえ。お前は、そのままでいい」

 シュウの背中、ボロボロのそれは、そうなってなお大きく見えた。

「俺は、今日、死ぬ。でもな、アストライアーは負けねえよ。俺が作った組織だ、加納 恭爾。テメエが俺を作って、その俺が組織を構築した。因果だぜ、そう、時を超えた因果だ。テメエも焦るよな、何せ、まだ俺たちの世界からも英雄が召喚されてくるんだもんなァ」

 ピクリ、魔獣と化した怪物の顔が、僅かに歪む。

「テメエは負ける。そう決まってんのさ」

「言イタイコトハソレダケカ?」

「俺が負けても俺たちは負けねえ。俺の役割はとっくに終わってる。俺より強い能力も多く芽生えた。俺は何事も一歩手前だが、あいつらは違う。本物だ。その分曲者だらけだったが、まあ、何とかなるだろ」

 不破 秀一郎は微笑んだ。

 絶望を前に、絶望が望む表情をしなかった。

「加納、お前はまだ知らない。俺たちの、いや、俺の希望を。そいつはいつか、お前を刺すぜ。お前と言う絶望を前にして、確信した」

 王は無言で腕を振りかぶる。

「正義はなァ、負けねえん――」

 腕が、振り下ろされ、不破 秀一郎は潰れて、死ぬ。

 上がらなかった腕を無理やり上げて、後ろの皆に、いや、ただ一人に向けてサムズアップする腕だけが、虚しく宙に残り、時間差で落ちる。

「残念ダガ、私は負けないよ」

 魔獣化を解き、加納 恭爾は仕上げとばかりにゼンたちを見つめる。

「ギャハハ、粋がった割には犬死、か。天才だが、馬鹿だったな。これで終わりだ。全部、な。世界は滅ぶぜ、俺様を連れ出したがためにな」

 あの男は己を骨の髄まで利用する。不死身はともかく魔術の知識はまずいのだ。生粋の魔族とは異なり、彼ら人交じりはそれを学習して応用できる。それは今、敗北したシュウが証明したばかりであろう。

「そんな言い方は――」

「シュウは嘘もつくし冗談も多い。いや、多くなった。だが、この状況で間違った指示など、出さない。手がないなら、動くな、とは言わない」

「あン? だが、現にあいつは」

「アストライアー第六位、『超正義』を、舐めるな」

 ゼンに何か考えがあったわけではなかった。だが、彼は知っていたのだ。あの男がどれほどすごい人物なのか、を。アストライアーは、正義の集団は、彼によってカタチを得たのだ。それはオーケンフィールドにすら出来なかったこと。

 彼にしか出来なかったことである。

 彼が死んだ空間が、にわかに、歪む。

「……何だ、これは?」

 ロキはそれを見て、大笑いする。腹を抱えて、大爆笑。

『さてね、秘密は守る方だ。ちなみに俺を殺しても無駄だ。俺の中に埋め込まれた術式が情報を飛ばす。それで、動く』

 ハッタリもハッタリだったのだ。いや、ある意味ハッタリではないが、それにしても大層なものである。自らの死と共に、自らの命と引き換えに行われる術式、英雄召喚の術理を応用した『ゲート』。その紋様は蒼く輝く。

「何度俺様を驚かせやがる。ったく、大した役者だよ、テメエは」

 彼に埋め込まれた術式は、何かを転送するための『ゲート』であった。最悪の事態に備えて準備した、もしもの時のための秘策。

 彼の死がトリガー、命を散らす瞬間、彼を構成するすべてがその起動のために注がれたのだ。残った腕も砕け、その粒子は術式に組み込まれた。

 蒼き扉が開かれる。

「未来、視とくべきだったなァ。カノウとやら」

 その奥から、金色の光をまとった手が、伸びた。

「シン・イヴリースゥ!」

 王が反応すら出来ず、光の奔流が飲み込む。

 背後にそびえる城ごと――

「……貴方を誇りに思う、シュウさん。あとは、俺たちに任せろ!」

 狭間の世界、シン・イヴリースが支配する領域に、一人の男が降り立つ。

 アストライアー第一位、オーケンフィールドが、来た。

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