第2章:デートⅡ

 大衆受けする映像はそれこそ最初だけであった。

 子役時代の輝かしい栄光。

 皆がそれを求め、年を重ねる彼女に天使を求め続ける。

 苦悩、葛藤、そうしてしまう自分への嫌悪感。妖精のような輝きはとうに失われて、本当は別の魅力が出ているはずなのに、皆は過去を見つめ続ける。

 何のために役者をしているのか、何のために生きているのか。

 作中、くどいほど問いかけられるそれに演者は苦しみ続ける画面が続く。

 重苦しく、狂おしいほどの懊悩。

 途中、理解者が出来て恋人関係に発展しかけるが、これまた住む世界が違うことで周囲に分かたれ、より陰影の濃い絶望が演者に押し寄せる。

 それでも彼女にはそれしかない。役を演じる道しかない。

 年齢相応の演技を磨くも、求められるのはやはり、かつての自分。

 求められている幼き輝きはすでに無く、やりたい自分は望まれていない。救いだったはずの男とは連絡が取れず、その手には何も残っていない。

 愛も希望も、失われた。

『ねえ、君はこの演技をどう思う?』

『僕は馬鹿だからよくわからないけれど、君はとてもきれいに見えるよ』

 せめて愛があれば――

 失った幻影を求めて、彼女は仕事を捨てて男を探す。

 だが、彼を見つけることはできなかった。現実はかくあるべし、痛いほどそれが突き刺さってくる。

 愛に溺れることすら許されない。

 そして仕事は意に反して次々と押し寄せてくる。

 忙殺され、すり減り、出来もしないかつての自分を演じて、ほどほどの評価をもらう。

 摩耗する心。痛みすら忘れて現実に殴殺される日々。

 ある日、彼女は道端で彼の背中を見た。

 結局違う人だったが、それでも彼女は、思い出した。

 何をモチベーションに演じればいいのか。その答えに出会ったのだ。

 そうして彼女は演じる。彼女自身をさらけ出して、ありのままの自分を、今の己を、誰に何を言われても演じ続けた。

 仕事はぐっと減った。それでも彼女は頑として自分を曲げなかった。

 最後の仕事、この後のスケジュールは白紙。役者としては死んだも同然。

 それでも彼女は求められていない本当の自分を演じきった。

 誰の称賛もなく、誰にも求められていないかもしれない演技を、やり切った。

 期せず、最後の役柄は彼女が最初に演じた妖精のようなバレリーナで、振り付けも衣装も全部同じ。同じ役を全く違う解釈で踊って見せた。

 重苦しく、複雑で、成熟した、大人になった自分。全力で、エネルギッシュに、さらけ出して、踊り切った。

 最後、彼女の充足した、とても美しい彼女自身の笑顔で、幕を閉じる。

「あー、じ、自分は嫌いじゃ無かったっすよ。ちょっと難しいかなぁって思っただけで」

「アート寄りだなぁ。ま、それにしては等身大過ぎた気もするけど」

「エンタメ要素が欲しかったすね、いや、自分は好きっすよ、自分は」

「いいシーンはいくつかあったな。最初と最後の対比も綺麗だったし」

「でもやっぱり最初が一番良かったっす」

「それは、まあ」

 みずきとシュウにはあまり刺さらなかったようで、演じた当人(別人の可能性あり)の手前、ボロクソにけなすわけにはいかないので取り繕っている感ぷんぷんである。

 エンタメ性皆無、ドラマ要素ほとんどなし、主役が救われたのかもわからない。

 そんな映画が大衆に受けるはずもなく――

「はは、ひどい映画だね。本当に、ひどい。独りよがりで、興収を何一つ考えもせず、エゴにまみれた、自慰だよ、これは」

 シャーロットはうつむきながら今の映画をボロクソにけなす。

 顔は上げない。上げられない。

「これは私ではないよ。私が演じたこともなければ、私なら絶対しないクソみたいな演技に終始している。脚本がどうであっても、私はそれを美しく魅せる責務があるんだ。それが私という役者で、それがプロフェッショナルと言うことだ」

「そ、そうっすよね。これでまた別世界説が濃厚になったんす。よかったっす」

「意味はあったな。いい息抜きになったよ。さ、ロキのけつ叩きに戻りますかね」

 シャーロットは顔を上げられないままである。

 額を押さえて、地面を見つめ続ける。

「ど、どうしたんすかゼンさん! めっちゃ号泣してるじゃないすか!」

「だ、大丈夫か!?」

「泣き所あったっすか?」

「お、俺にもわからん」

 シャーロットは顔を上げ、ゼンに視線を向ける。

「……問題、ない」

 本当に彼は泣いていたのだ。誰がどう見たって、泣くような箇所はなかったはず。ただの製作者の自慰映画でしかなかったはず。

 大衆に訴えかける面白さがごっそり抜けていたのに――

「こんなののどこが良かったんだい?」

 だから彼女は問うた。

 彼女はそれが伝わらないのを知っている。そもそも伝わったからと言って何の意味があるというのか。製作者の意図を、個人的な想いを知っても、だからどうした、という世界なのだ。売れなければ意味がない。

 面白くなければ娯楽の意義を果たせない。

「わからない。とても苦しい映画だと思った。すまない、俺は馬鹿だから、適切な言葉が出てこない。言ったそばから、何か、違う気がして」

 ゼンは天を仰ぎ、歯を食いしばる。

「俺がロキに怒ったのは、彼の言う通り、本当に、私的な想いだった。あいつのせいで、そう思う心が止められなかった。あいつがいなければ俺はここにいない。違うのにな、俺は俺のせいでここにいる。わかっていたつもりだったのに、飲み込んだつもりだったのに、全然、飲み込めていなかった。俺は、今も変わらず、弱いままだ」

「……ゼン」

「生きるのが辛い。ただそこに在るだけで、苦しいんだ。俺は弱いから」

 ゼンの独白にきょとんとするみずき。だが、シュウとシャーロットはとても真剣な表情でそれを聞いていた。ギゾーもいつもの茶々入れを控えている。

「凄く辛い映画だったと思う。演技でも、とても真に迫っていて、だからかな、その苦しさに、少し、救われた。一人じゃないと言われた気がした。勝手だな、本当に勝手な、解釈だ。それでも、俺はこの作品が、彼女が好きだよ。彼女のように在りたいと思う。弱さにまみれて、それでも強く在った、彼女のように」

 ゼンは涙をぬぐって微笑んだ。

「……それ、告白っすか!?」

『違うぜみずきち。相棒はな、シャーロット嬢とあの役者が結びついてねえのさ。ただ、銀幕の世界の彼女に憧れた、それだけだ。なあ、相棒』

「そう言えば雰囲気がシャーロットに似てたな」

『なっ。オークだから人族の顔認識がバグってんだわ』

「そ、想定外っす」

「く、ははは、そっか、そりゃあそうだよな。いや、お前やオーケンフィールドにはもうそんな弱さ存在しないんだと思ってたぜ」

「オーケンフィールドはともかくシュウは俺を過大評価し過ぎだ。バトルオークに転生したんだ、そりゃあ弱いさ。心も体も」

「はっは、馬鹿野郎。まだ過小評価だったって言ってんのさ」

「……何でそうなる?」

「さてね。よーし、なんかやる気出たぜ。倍速で働かせるとしますか、ロキを」

「ひ、ひでーっす」

「俺は少し居住区を回ってくる」

「自分はお部屋に引きこもってるっす。もう少しで情報ぶっこ抜けそうで」

「ほどほどにしとけよ」

「ほどほどにぶっこ抜くっす!」

「こいつぅ」

 やる気満々で映画館を出ていくシュウとみずき、ゼン。

 残ったのは唯一人、うつむき続けるシャーロットだけであった。

「…………」

 彼女は顔を上げられなかった。一旦上げたが、話の途中で即座に下げた。皆に顔向けできないし、この薄暗い場所で一人になるのは、実は怖がりの彼女にとっては結構な決断であったが、それ以上に今、顔を上げるわけにはいかなかった。

 彼女はスーパースタァで、常に泰然としているべき、と自身を定義づけている。

 だからこんな顔、誰にも見せられない。

「……ぬう」

 耳まで真っ赤な顔色。先ほどまでの恥ずかしさとは同じであり、同じじゃない。

 先ほど自らがボロクソに言っていた演技は彼女の理想で、そう在りたい自分そのものであった。商業の世界、そう在ることは出来ないと諦めていたし、そうしてまで表現したいものもなかった。彼女のように美しい愛を自分は抱いたことがないから。それでもわかる。別であっても自分なのは間違いないから。

 これは恥ずかしいほどに自分をさらけ出した作品で、誰かに今の自分を見て欲しい、見せつけるためのもの。そんな私的な映像を、役を、彼は好きだと言った。

 臆面もなく、恥ずかしがることもなく――

「……ぬう」

 あと、顔が認識できていないのもある意味で、演技そのものを評価されてということで、彼女にとっては逆に褒められたようなもの。

 ど真ん中火の玉ストレート。彼の思いの丈、意図など一切なかったそれこそ私的な解釈、言葉は、期せずえぐり込むようにスーパースタァを撃ち抜いていた。

「良い映画だったな、ギゾー」

『なあ、相棒』

「なんだ?」

『パーフェクトコミュニケーションだ。たぶん』

「何の話だ?」

『乗るしかねえぜ、このビッグウェーブによ』

「……?」

 本人に一切の意図はなかった。

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