第2章:待ち人来る

「おっ、生きてる生きてる」

 衝突した場所から数キロ離れた隆起した大地に突き立つアバドン。

 それを発見した魔族は苦笑を浮かべる。

「……ベレトさん。すいません、ベリアル様の顔に泥を塗っちまって」

「大将がそんなもん気にするかよ。良い喧嘩だったな。魔獣化すりゃ余裕で勝ってただろうが、そういうんじゃねえんだろ? 俺にゃあ理解できねえ話だが」

「……すいません」

 アバドンの右腕はぐちゃぐちゃに変形していた。いかに回復力に優れる魔族でもしばし時間を要する損傷であろう。身体の方も相当のダメージを受けている。

「引っ越しはピンピンしている連中にやらせとくから。少し休んでろ」

「……ありがとうございます」

「なあ、俺ら古い連中にはよくわかんねえが、それでもニンゲンってやつらが時代の中心になってきたってのはわかる。それが何故かって、其処がわかんねえんだがなァ」

「ベレト、さん?」

 自身の何十倍も生きてきた最初の世代。本来の実力を出しても格が違う怪物。その弱さを、欠片でも見たことがない諦観を、アバドンは初めて見た。

「おーいベレトさーん! 大将引きずり出したぜー! めっちゃ寝てるわ!」

「おーし起こすなよ! いい感じの山見つけたらモリモリ掘って放り込んどけ!」

 すでにあの気配は消えていた。この時を思い起こすのは、さらに遥か時を刻んだ後、アバドンもまた彼と同じ立場に立ち、自らの種の終わりを感じた時である。


     ○


「動かんか」

「シャイターン様ですか?」

「違う。我らが母、イヴリース様だ」

「レウニール様の配下であれば当然のことでは?」

「いや、動く要素は揃っていた。レウニール様も揺さぶりのつもりであったのだろう。ベリアルもまた、な。ベレトらが控えている以上、アルス・マグナに触れられた程度で百年足らずしか寝ていないあれが起きると思うか?」

「……あの喧嘩屋のベリアル様が深く考えていた、と?」

「おそらく、としか言えんがな。あれは俺にも読めん。レヴィぐらいのものだろう、同じレウニールの子、姉弟だからな」

「なるほど」

「イヴリース様の狙いはわかっている。バァルの眼、ルキフグスの守り、そしてあの御方を知る俺たちが動かずに警戒を強めていることも、承知しているのだろう」

「ゆえにシャイターン様も」

「そう思いたいが、あれはあれで分からぬところもあるからな。どちらにしろ我らは後手を踏むしかない。人界及びあそこに構えられている以上、手出しできぬからな」

「だが、ひとたび魔界に踏み入れば」

「我らが六柱、全てがあの御方を砕く」

 男の部下であるドラクルという龍族はその重苦しい気迫に笑みをこぼした。

 相手はシンなれどこの怪物もまた最強の魔族。

 超重の王ルシファーなのだ。


     ○


 アンサールが築いたタルタロスと名付けられた大穴を管理する要塞。ゼンの七つ牙ウェントゥスによって破壊されたが、その後ニールとライブラの手によって人類側の巨大『ゲート』として改修されていた。

 そしてここがロキ奪還作戦のスタート地点である。

「ほ、本物の女優さんっす!」

「ふふ、もっと褒めて良いよ。何と言っても、スーパースタァだからね!」

「ふぉぉぉぉお!」

 二人の英雄、『銀星』と『狼少女』はきゃっきゃうふふと交流を深めていた。

『こちらアリエル。地底国家アルザルにてトリスの影無し。ドゥエグがやたら絡んできてうざいです。ギィはどこだ? って煩いです』

『こちらニール。ウユニ塩湖が如し天然の芸術、湖白都市イオニアにトリスメギストスが現れた形跡はありません。しかし、とても美しい。嗚呼、何と言うことか、この地を語る言葉を私は知らない。大地よ、ありがとう! 愛して――』

『こちら『ヒートヘイズ』! ハハ、最高にクールな爺さんと、やたら運の無いとっつぁん坊やと、緑髪のヘタレ野郎でギグ極めちまった。まさかこっちでもドラムを叩く日が来るなんてよォ。ん? トリスメギストス? 誰だそれ?』

 各地から送られてくる情報を取り纏め、全体の指揮を執る役目はいつもこの男『超正義』ことシュウであった。今回の奪還作戦で指揮を執れるのもオーケンフィールドの手が空いたからであって、多岐をマニュアル化してなお未だお役御免の目途すら立っていない。

『こちらオーケンフィールド。神族、エルの民に当たってみたけど門前払いだったよ。ごめんねシュウさん。出発間際までお仕事任せたのにこっちが不発で』

「別に構わねえよ。駄目元でも当たってみなきゃわかんねえしな」

『エルの民を率いるエル・メール・インゴットとロキの間に確執が在るのは間違いないようだ。その名を出すまでは謁見まで行けそうな雰囲気だったんだけど』

「結局、ロキに関してはライブラやフラミネス様の情報とドゥエグ共の愚痴程度しか分からないまま、か。とりあえずクソ野郎ってのは共通見解みたいだが」

『だね。協力させるのも難儀だ』

「あとは、不老不死ってとこだな」

『真偽も条件も分からないけれど……その一点だけでも奪還する価値はあるよ』

「そうだな。魔光爆弾とやらも含めて、イヴリース打倒の尻尾くらいは掴みたいもんだぜ。ったく、早くゼンも連絡寄越してくれよ。やきもきしちまう」

『焦らすねえ。もしかして、もしかしちゃった?』

「お前がフラグを立てるからだぜ、スーパーヒーロー」

 オーケンフィールドと冗談を言い合いながらもシュウはゼンからの連絡を待ち続ける。この作戦において、人造とは言え魔族であるゼンの存在は大きい。英雄たちとは異なり素で彼はあの大地に適応している。

 アルス・マグナで改善してなお人族にとってはあまりにも過酷な世界。加えて英雄たちだけではまともに会話や情報収集を行う術もない。人と魔のバイリンガルであるゼンがいて初めてこのミッションは成り立つのだ。

 ゆえに待つしかない。今回、ロキ絡みと言うことで、いつもは水先案内人を頼んでもいないのにやろうとするライブラが邪魔になると同行拒否。理由は自身の機構に何が仕込まれているのか分からないから、場合によっては敵と成りかねない可能性がある、と割と真顔で答えていたのが印象深い。

「さて、はーやーくこーいこい、こいこいセーブー――」

 三十路の男が足をプラプラさせて空を見上げるのは中々、胸に来る景色であった。ここにブランコでもあればきっと最高である。

 そんなこんなで待っていると、ようやく――

『こちらゼン。やたら着信があったみたいだが、何かあったのか?』

「くく、グッドタイミング。噂をすれば何とやらってね」

『ん?』

 ゼンが『おつかい』から戻って来た。これでロキ奪還作戦のメンバーが揃うことになる。魔界へとんぼ返りと成るゼンは可哀そうだが、それもすべては正義のため、勝つまでは欲しがってはならないものなのだ。

「色々説明することがあるから、とりあえず指示する場所まで来てくれ」

『承知した』

『やめとけ相棒。陰謀の匂いがするぜ』

「なぁに、ちょっとした脱獄(プリズンブレイク)のお手伝いさ」

『っ!? ……おいおいおいおいおいおいおい』

『そうか。わかった』

『わかった。じゃねえよ相棒! ベリアルの穴倉からプリズンブレイクキメたってんで自信をつけたのかもしれねえが、これはマジヤバ案件だ。俺なら即座に土産買って魔界戻ってニャ族のガキにプレゼントフォー・ユーキメるぜ』

『言ってる意味が分からない』

『人生の墓場も悪くねえって話だ! とにもかくにも逃げろって――』

「待ってるぜ!」

 ぎらりと光るサムズアップ。とりあえず言われたからそちらへ向かおうとするゼン。全力でそれを止めようとジョーク交じりで訴えかけるも聞き入れてもらえず不貞腐れるギゾー。騒がしくなってきたことで周りにいた『銀星』と『狼少女』がてくてくと近づいてきた。

 そんな感じで次回魔界篇、大獄に繋がれたロキを奪還せよ。たまの監査、出会い頭、ぶちぎれ管理者六大魔王ルキフグスも添えて――

 乞うご期待。

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