第1章:善成す日々へ

「よお、目が覚めたか英雄」

「……ここは?」

「俺がいるってことはロディナだろ。おめでとう王殺し。ま、三カ月前の話だけどな」

『マジで言ってんの? でもヤブ医者がここにいるってことは……ええ?』

「ハッ、さすがの偽造神眼様も主人がおねんねしてたら何も把握できねえか。まあ、大した話は出来ねえよ。俺が知ってんのは、お前の容体とうわさ話程度、だ」

 三か月寝たきりであったと『ドクター』から伝えられ、愕然とするゼンとギゾー。

「まず、容体だが、全身火傷に神経、魔術炉から伸びる回路が異常をきたした結果の失明、細かい傷はエトセトラエトセトラ。まあ並の人間なら百回は死んでるわな。実際、王を切ってすぐお前も発火してライブラが封印しないと死んでたし。そんで封印されたまんまこっちに運ばれ、解凍後、せっせと俺の能力、と技術! で治療したってわけ」

『強調しなくて良いって』

「俺じゃなけりゃ俺の能力があったとしても死んでるんだぞこんにゃろう。スーパードクターが手術してやったんだ。感謝しとけ」

 全身火傷がどれほどのものか、記憶がない二人は首をかしげるしかない。そもそもメシを食べて一晩寝ればどうにでもなる、と自称する自分がどうにもならなかった時点で、おそらくは凄まじい状態だったのだろう。記憶にないので反省しようもないが。

「それで、勝ったのか?」

「ああ、勝ちも勝ち。大勝ちだ。ティラナの歓声が隣国にまで聞こえたってのは、まあ眉唾としても、とんでもなく盛り上がったみたいだぜ。ちやほやされたいなら治り次第ティラナへ向かえば超国賓待遇間違いなし、だ」

「そうか、なら、良い。他の皆は?」

「ニールはそのままティラナで復興のお手伝い、ってか主力だな。ほんと万能だぜ、あの能力。重機いらずだもんな。本人は趣味と実益を兼ねた仕事で充実してるって話だ。お前さんほどじゃないが、あいつも死にかけたってのにタフな野郎だぜ」

「他は?」

「アリエルはそのまま別の戦場に向かったとさ。ライブラはこっちに来た後に、やっぱ別の場所に行ったらしい。やるべきことがある場所へ、修羅場越えるとやっぱ違うね」

「サラ、は?」

「……小西 咲良は、死んだ。たぶん、そういう能力だったんだろ。全部出し切って、みんなが向かった頃にはキラキラ、ってな。良い仕事したらしいじゃねえか。大したもんだよ。そういうやつから死んでくってのは、辛いとこだが」

「……そうか」

「ティラナにでっけえ墓があるらしい。あの戦いで失った人の墓がな。いつか行ってやれ。きっと、みんな喜ぶだろ。土産も忘れずにな」

「わかった」

 ドクターは立ち上がり、軽く頭をかく。

「客人が来てる。通して、良いか?」

『美人の姉ちゃんならな!』

「残念ながら、男だよ」

 そう言ってドクターが去り、代わりに現れた男を見てゼンは目を丸くする。

「オーケンフィールド」

 金髪碧眼、長身ですらりとしつつもがっちりしたナイスガイ。まさに絵本の中から出てきたようなヒーローのイメージそのままの、そのまま過ぎて昨今見ないタイプであるが、そんな感じの男がゼンの前に現れた。

「元気そうだな、ゼン。すぐに俺は戻るよ、安心してくれ。ニケだけは逃したが、全員追い返した。タルタロス、と連中は呼んでたらしいが、それを見逃していたのは俺の落ち度だ、すまない。負担をかけたようだ。まさかアンサールクラスの人材を出してくるとは」

「……知っているのか?」

「……知らなかったのか。くく、まったく、君ってやつは。君とニケくらいのものだよ、あの男を知らないってのは。超有名人だ。そして、俺たちの後に行方知れずになって、お前が倒した。内情を知ったら、ふふ、父上は君に勲章を贈らなきゃいけないな」

「そうか。まあ、あっちのことは、もうどうでもいい。俺は手遅れだからな」

「元の世界への戻り方も、人間への戻り方も、俺が調べておく。ゼンは今まで通り、こっちと魔界、二つの世界で経験を積んでくれ。そして適うならば――」

「シン・イヴリースに通用する武器探し、だろ。わかってる。俺の偽造できる範囲で七つ牙以上が見つかるとも思えんが、やってみるさ」

「頼むよ。俺たちじゃ魔界までは探索できない。手が回らないというのもあるし、魔族以外にとっては少しきつい環境だ。俺ならともかく、他に任せられる人材がいない」

「わかってる。任せろ。今まで通りだ。出来ることを、やる」

「ん、任せた。今度、ゆっくりお茶でも飲もう。良い茶葉を見つけたんだ。色々試した中でピカ一、急いでて忘れたけど、今度は、絶対持ってくる。だから、また会おう」

『オークの口に合うかな?』

「試してみないことにはね、何事も。君とゼンの出会いは、おそらくシン・イヴリースの考えの中にない。それはきっと意味があるはずなんだ。多くの選択が重なって運命と成る。俺の選択も、君たちの選択も、全てはいつかのためにある」

『たまにあんたが達観し過ぎて怖いぜ。本当に相棒とほぼ同い年なの?』

「恐らくそうだと思うけど」

『けど?』

「ゼン、誕生日覚えてないんだよ、人だった時の」

『……七月六日だぞ。忘れんなよ相棒』

「そんな気もする」

『これだ。ほんと相棒ってやつは……オークの特性かね?』

「あっはっは、よしきた。俺が覚えておこう。いつかあっちに戻ったら、みんなで全員分の、此処での滞在期間分の、誕生日会を開こう。会場はいくつか考えてあるんだ。ただ、西海岸か東海岸かで迷ってて」

『相棒、パスポートねえぞ』

「すぐに取れるさ。何ならアメリカ国籍も取っちゃおう! 俺が手配しとくぜ!」

『相棒の知識に欠片もねえからわからんけど、そんな簡単なモノなのかそれ』

「いいのいいの。じゃあ、行ってくる。共に正義を成そう、親友」

「……俺のはそんな高尚なモノじゃない。俺のは――」

「偽善、だろ? 受ける方にとっては、どっちも一緒さ。些細な違いだよ、ゼン」

 ウィンクと敬礼、これ以上なくステレオタイプな、それなのにめちゃくちゃかっこよく見えてしまうところが人種の差と言うか、生まれの差と言うか、色々考えてしまう。

「なあ、ギゾー」

『なんだい相棒?』

「俺は、弱いな。また、多くを取りこぼした」

『仕方ねえって言葉で済ます気はねえんだろ。なら、やるしかねえさ。いつも通り、だ』

「そうだな。ああ、その通りだ。お前は、たまに、良い事を、言う」

『たまにじゃなくて、あー、そうだな。少し休んだら、また――』

 ゼンはひと時の休息につく。また、戦うために。


     ○


「ゼン、起きたって?」

 うわさを聞きつけライブラが近隣から急ぎ戻ってきた。が――

「もう行っちまったけどな。まだ処置中だってのに、歩けるようになったらすぐに消えやがった。ありがとうって日本語で書置きされてもわからねえっての」

「……ああ、ほんと、彼らしいね」

 ドクターの言葉にライブラは苦笑する。大人しくしているタマではない。

「じゃあ今頃、きっといつもの奴をやってるのだろうね」

「だろうな。病的だぜ、ほんと」

 苦笑いを浮かべる二人。その視線の先には青空が、そしてそれは皆に続いている。


     ○


「ヘルメット、似合うんですね」

 大きな墓の前にアリエルが立っていた。その横に現れたニールは作業着姿に安全靴、ヘルメットと手袋をした完全装備であった。手袋は革手、こっちの革は動かしやすくて素晴らしい、とはニールの弁。

「フィールドワークが主な仕事でしたから。現場仕事も経験あり、です。こう見えてクレーン、フォーク、重機の免許も一通り持ってます。あと、ゼン君、起きたそうですよ」

「聞きました。すぐに抜け出したことも」

「あっはっは。耳が早いですね。とても彼らしい。ここにはしばらく来ないでしょうし、来ても、きっとここにふらりと現れて、少し拝んで、去っていくんでしょうね」

「気取ってるんですよ、あいつ」

「正義の味方ごっこも、突き抜けたなら正義の味方、みんなのヒーローです。私は彼の背に学びましたよ、貴女と同じように。彼女も、そうだったんでしょうね」

「はい、きっと。サラが、一番――」

 アリエルは涙をぬぐう。何度も、何度も、ぬぐう。

「強くなりましょう。この経験を糧に、もっと大勢を救うために、彼らの犠牲に報いるために。そうしないと、彼らが浮かばれない。そうしないと、私自身が私を許せない」

「必ず、追いつきます。と言うよりも、絶対、追い越す!」

「その意気です」

 この経験を糧に、二人の英雄が飛躍する。この犠牲は無駄ではなかったと、彼らに胸を張って報告するために。来るべき戦いに備え、力を蓄える。


     ○


 魔界でもなく人界でもない狭間の大地。大陸から見ると猫の額程度の大きさだが、そこには大勢の魔族が人界侵攻のために『用意』されていた。その城の最奥、この空間の支配者たるシンなる魔王シン・イヴリースは何かを予感する。

 取るに足らぬしこり。されどそれがアンサールを下した。もう少し経験と慣れがあれば魔王の中でも相当上位につけていたはずの人材。それが負けたのだ。

「……バトルオークの裏切り者、か」

 たかが最下級の魔族、に。

「欠片は何も言わない。脅威と感じていない。だが、私は違うと思う。人間が地上を制覇した理由は、弱いからだ。わからないだろう? シンなる魔王よ。それがわからぬから、お前は負けた。それを知っているから、私は勝つ」

 シン・イヴリースの欠片を宿す男。スーツ姿の男は、静かに笑みを浮かべていた。


     ○


「オークの群れが来たぞ!」

「何でだ!? ここら辺に『ゲート』なんてあるはずが」

 小さな集落に突如、降って湧いた災厄。まともな戦力など彼らは持たない。こんな小さな集落に戦士一人雇う余裕はなかった。仕方がないのだ、戦時下、戦士は皆前線に行く。この集落の若い連中も何人かは下山して仕官しに行った。

 守る力などない。ただ、受け入れるしか――

「おい、あれ、仲間割れ、か?」

 だが――

『おいおい相棒。道に迷ってはや一週間、山道でお仲間に遭遇するなんてよ、お前もしかしてフェロモン出してんじゃねえの? オークの雌寄せるやつ』

「ふざけるな。あれは全部雄だ。後ろに集落がある。通さず、全部倒し切る」

『雄か。まあどっちでも良いよっと。んじゃ、何を使いますかい相棒』

「今日は斧の気分だ」

『殴って良し、投げて良し、薪を割っても良し、ってな。オーケェじゃあ、いつも通りやりますかい』

「ああ、やろう」

『逃避のための、偽善行為ってな』

「偽善を、成す」

 自らを偽善者と名乗る者、今日も正義を成す。

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