第1章:ティレクへ

 ゼンたち御一行はロディナを出立し、一路目的地に向かう。馬車の中は静かなものであった。エレバニアからロディナへ向かう間、一通り様々な話題を語り尽くしたのだ。サラの熱闘甲子園(一回戦敗退)までの道のりは、凄まじく長かったし、それほどゼン自体野球に興味がないので、ちょっと苦痛だったのは内緒である。

 そんなこんなで話題に事欠き静寂が馬車に満ちる。こういった時にソワソワするのはあまり静寂に慣れていない、と言うか苦手であるサラであった。

 ふと、窓を眺めるサラ。景色がぐんぐん飛んでいく。今までは大して興味も無かったが、すごいスピードであると思い始める。一度そう思うと――気になるのが人の性質。

「馬車って速いんですね。車みたい」

「おや、サラは元の世界で馬車に乗ってことはなかったのかい?」

「はい。車がありますし、馬自体乗ったことがありません」

「じゃあ仕方ないのかなあ? アリエルは?」

「実家の移動と別荘地で少々」

「さすがアリエル。育ちの差か。国籍による文化の違いか。両方か。じゃあ、違和感は?」

「最初から。こんなに速い馬車があってたまるかって話。どうせ御者が魔術師なんでしょ? 馬を加速させているか、道に何かしているのかは知らないけど」

「半分正解だね。御者は魔術師、馬も魔術を使う。まあ、馬の方は魔術と言うよりも内蔵魔力(オド)のコントロールで肉体活性をしているだけ……ゼン、何で君もサラと一緒に驚いているんだい? 君、まさか、いや、五年もこっちにいるんだよ、君は」

「俺も乗ったことなかったから。普通の馬車」

「市民が乗る馬車は普通の……ああ、魔獣時代は当然として、放浪生活の時はそんなものに乗る余裕もなく全部徒歩。アストライアー設立後は、オーケンフィールドや『超正義』がこういったものを全部運営費から捻出して上等なモノにしてたから」

 驚いた顔のゼン。サラと顔を見合わせる。

「に、日本人は馬とは縁遠いですもんね」

「現代は、そうだろうな。車もあるし」

 車社会に生まれ落ちた二人の日本人(ほどほどに田舎)。たぶん東京の電車社会を見てもカルチャーショックを受けるだろうが、そうなることがあるのかどうかは今の彼らには何とも言えないことであった。そもそも現状戻る手段は誰にも発見できていない。

 オーケンフィールドが暇を見つけて探しているらしいので、信者であるアリエルなどは見つかるだろうとあまり深く考えていない。サラは不安に成るため考えないようにしている。ゼンはそもそも戻る気がない。この三人のスタンスは三者三様であった。

(ま、また会話が……なにか、なにか……ああ、もう早く目的地に着いて欲しいです)

 またも馬車の中に沈黙が満ちる。

 目指す先はアストライアー序列十位、ニール・スミスが担当する地域、人類の生存圏では南西に位置するティラナ王国、その南端にある都市、ティレク。全体で見れば南寄りだがエレバニアに比べれば少し北側、突発的に小さな『ゲート』から小物が湧いてくる以外、それほど脅威は無いはずの地域である。実際、ニールらが普段戦っているところは国二つほど挟んだ地域であり、そこへの物資補給などの中継地点でしかない、はずであった。

 だが、今は――どこから湧いて来たかそれなりに数を揃えた魔王軍と交戦中である。


     ○


「ようこそティレクへ。歓迎しよう」

 会議での印象とは異なり、ニールは終始穏やかな対応であった。ゼンに対しても一定の線引きこそあれど普通に接し、全員の能力を把握するために面談した際など、紳士的なふるまいで女性陣からも好評であった。

「ニールさん、良い人です!」

「まあ、話の分かる男ではあったわね。特にオーケンフィールド様に関しては」

『そりゃそうだろ、お互い信者なんだし』

「何か文句ある?」

『ありまへーん』

 明日からは四人とも戦線に組み込む旨の通達があり、気持ち新たに食事で一致団結と集まったが、そもそもうまく噛み合う面子でもないので御覧の有様。と言うよりも茶化し屋のギゾーがいれば大体こうなる。いないと沈黙が生まれると言うのも悩みの種だが。

「そもそも英雄に選ばれた人間に悪い奴はいない」

「そうだね。癖は大いにあるけど、基本的に善人だよ、君たちは」

 多くの英雄を見てきたゼンとライブラの太鼓判。人の願いと共に行われる英雄召喚。それに呼応せし者は、やはり人格者である。ゼンは「人間レベルが高い」と魔族側独自の用語を使っていた。逆に自分はコストを抑えるために低い側、なのだそう。

「明日から、また戦うんですね」

 サラは気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。

「緊張するほどの戦場じゃないよ。少なくともあの鬼、タケフジのような上位種は報告されていない。八つ足の大蜘蛛がリーダー格らしいけど、それも精々中堅どころだってさ」

「なら問題ないわね。サラ、特訓の成果見せるわよ」

「う、うん。任せて! 全力投球でいくから。あー、もう、ごめん。ちょっと身体動かしてきます。ウォーミングアップもかねて」

「明日のウォーミングアップを今からするのか?」

 疑問を口に出すゼン。次の瞬間には大口を開けて食事を突っ込む。もがもが、と。

「……やっぱりおかしいですよね?」

『そりゃあおかしいだろ。ま、ま、落ち着け嬢ちゃん。お前さんたちで対応できないようなやばいのなんて、早々出てこねえから。エレバニアの『ゲート』も消したし、残党処理みたいなもんだろ。地図で見る限り』

「そうだね。生き汚い魔族が結集して抵抗している、そう見るのが妥当だよ。まずは落ち着くことだ。ほら、ゼンを見てごらんよ。今、彼の頭には食事の事しかない。明日の事なんて何にも考えてないんだ。そうだろ?」

 ゼンはもぐもぐと咀嚼しながら、また大口を開けて食事を突っ込む。牙が丸見え、もう少し周囲のこと、TPOを弁えて欲しいとアリエル辺りは思っていた。

「んぐ、げふ。失礼だな。明日戦場に出ることくらい覚えている」

「戦う相手とか戦い方とか考えてるかい?」

「そんなこと考えても仕方がない。明日に成ればわかることだ。明日考えればいい」

「ね、こういう図太さも必要なのさ。この世界ではね」

 褒められたのか貶されたのか、特に考えることなくゼンは食事に注力する。

 余談だが、オークの身体は人間に比べ燃費が悪い。そのため、どうしても人より多く食事を摂らねばならない。ゆえにゼンは無意識のうちに人との集団行動を避けていた。食べなければ戦えないが、人によってはそれを優遇と取る者もいるだろう。

 この御時世、食事をきっちり摂れるのは人間は限られている。そんな中で最低でも人の倍近く栄養を摂取しなければならない彼の存在は、集団生活の中でどうしても忌避されてしまう。卑屈な考えだが、これに関してはギゾーも同じ考え。

 違うことを全てが許容できるほど、人は寛容に出来ていない。

「大丈夫、君たちならやれるさ」

 ライブラの言葉を聞いて席に戻るサラ。全てを飲み込めたわけではないだろうが、とにかく食事はきっちり摂ることにした。おかわりもするきっちりっぷり。

 余談の余談であるが、ゼンのノリに付き合うことすでにひと月近く。サラのウェストはいくばくかの肥大を見せていた。それを彼女が知るのは――

「あら、サラ少し太ったんじゃない?」

「……マジです?」

「割とマジよ」

 その日の夜、湯浴みをして床に就く前であった。


     ○


 ティレクの戦場は死闘と言うほど切羽詰まっているわけではないが、ライブラでさえ目算を誤るほどの数が揃っていた。地図上で浮いた点、如何に周辺の兵力を結集したとしてもこれだけの規模に成り得るだろうか。

「投げても投げても、数が減りません!」

 昨夜、ショッキングな出来事があったサラであったが、勝負ごとにおける気持ちに切り替えはさすがのモノ。あの時よりも球威が増した真っ直ぐ(ライジングバスター)を幾度も投げ込む。だが、なかなか減らない。

「ただ、こいつら戦闘力は大したことない」

 アリエルは混戦する前線で戦っていた。弾き返す手応えが、前に戦ったタケフジたちの部下よりも遥かに弱い。まさに雑兵、大した苦労も無く倒していく。

「ニール、これは、どういうことだ?」

「調べさせてはいます。だが、原因はわかっておりません」

「異常だよ、この地点でこれだけの兵力が揃っているのは」

「わかっていますとも。ただ、平野でこそ弱兵ですが、後方に下がり国境線沿いの深い森、山、川、そこに逃げ込まれると途端、厄介な相手と成りまして」

「見て来ようか?」

「なら護衛をつけることをお勧めしますよ」

「そうしよう。あの二人を頼むよ」

「ええ、大事な英雄の卵。ここで自信をつけてもらい飛躍してもらいましょう」

「君は良い上司だね。でも、ゼンは嫌いかい?」

「血濡れた手で成す正義を、私は正義とは認めませんので」

「だから彼は偽善と言っているのさ」

「言葉遊びですよ。それは」

 取り付く島もないニール。彼の言っていることも正論なのだ。罪悪感を少しでも和らげるために始めた偽善者と言う道。成さぬ善より成す偽善とは言え、すでに奪った者の代わりに救われたと知れば、その善は色褪せてしまう。

「とは言え、私の好き嫌いで出し惜しみはしません。彼にも働いてもらいます。この世界は好き嫌いを通せるほど、余裕はありませんし」

「なら良かった。少し、ゼンを借りるよ」

「ご自由に。蜘蛛の巣にはお気をつけください。あそこ一帯はこの群れを統率する大蜘蛛の住処。侮られることなきように」

「安心したまえ。僕は魔女さ。罠を仕掛ける方であって仕掛けられた罠なんてね――」

 ライブラは笑う。そんなもの造作も無い、と――


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