第1章:アストライアーの英雄たち

 大会議場には一つの机も、一つの椅子すらも無かった。

 床一面に巨大な世界地図が描かれており、それ以外はただの大きな部屋でしかない。

 ただ、床の世界地図は多数の光が各地に点々と刻まれており、止まっているもの、動いているもの、まるでその場所に何かがあると示すかのように光り輝く地上の星々。

「おいおい、こりゃあ珍しいな。直接会議に参加するのか、ライブラ」

 先日鬼種たちと死闘を繰り広げたエレバニアよりさらに南、そこに輝く一つ星から幾重にも光が放出され、一つの立体映像と化す。そこにはアジア系にしては彫りの深い端整な顔立ちの男が映し出される。それを皮切りに世界地図上に輝く星々から光が続々と溢れ、

「久しぶりだねゼン。そんな玩具とつるんでないで僕の所へおいでよ」

「酷い言い草だね、『キッド』。そんなに僕は信用がないかな?」

「大人は信用できない。純粋なモノを利用しようって輩は特に、ね」

 蒼い光、溢れんばかりの輝きからすると、あまりにも小さな実像。ライブラと睨み合ってなお、何一つ臆することの無い胆力。そしてその自信に裏打ちされた戦力。光量からしても、英雄集いしこの場においてすら特別であると輝きが示している。

「あれで序列持ちさ。久しぶりだね、カエル女」

「……礼節を解さないローストビーフと語る口を持ち合わせてないの」

「辛らつだね、形ばかりの貴族ってのは見栄ばかり張る」

「三流役者が偉そうに」

「私はスーパースターだ。淑女であることだけが価値の君と一緒にするな」

 英仏戦争勃発。一触即発の二人。おろおろするサラ。さながら火薬庫と化した両人の間でうろうろしている。悪目立ちする二人をよそに、すでにゼンは部屋の隅っこに陣取っていた。自分はアストライアーの一員ではないのだから隅で見学する。

 彼の理屈ではそうなっている。

「って言うかさァ。序列、いつに成ったら更新するのかな? 二位のクイーンはいつも通り欠席。オーケンフィールドが一位なのも納得している。でもさ、三位は僕に譲っても良いと思うんだよね、そこんとこ『破軍』さんはどう思う?」

 キッドの煽りに多くが眉をひそめるも、『破軍』と呼ばれた男は眉一つ動かさない。

「好きに名乗ると良い。俺は俺だ。序列に意味は無い」

「王クラスを仕留めたことがあるの、一位と二位を除けば僕だけだろ? その僕が五位でさ、倒したことの無い『破軍』と『斬魔』が上って、意味わかんないよね」

「くだらぬ。そんな名にこだわっているからいつまで経っても貴様は『キッド』なのだ」

「うるせえよエセ侍。どこで作らせたのか知らねえけどその着物全然似合ってないから。がっつり白色人種で侍って意味わかんないんだけど」

「……拙者を愚弄するか」

「拙者って面かよ。ミーって言えよミーって。どう見てもカウボーイ面だろおっさん」

「あいつも英語圏だろ? 全方位に喧嘩売ってるな『キッド』のやつ」

「まあ『斬魔』が侍かぶれなのは事実だけどな」

 いつも通りの光景にうろたえるのは初顔ばかり。戦闘中などいつでも参加できるわけではないので、光が点滅しつつも立体映像として出てきていない者は、不参加の意志を表している。着信が入りつつも、忙しいので応答なし、と言ったところか。ゆえにそこそこ長くいる者でも、参加できていないケースも多々あった。

 そういう者たちにとって自分より圧倒的格上である上位陣の口喧嘩は、映像越しでさえ肝を冷やす光景であった。なまじ経験を積んだ者であればあるほどに、王クラスと渡り合うことが出来る怪物たち、同じ英雄でありながら格の違いを知るのだ。

「そろそろ落ち着けよ『キッド』。会議に成らないぜ」

「格下の癖に偉そうだね、『超正義』さん。僕は一番あんたが気に食わないんだけどね」

「そう言うなよ。同じアストライアーの仲間だろ?」

「冗談。ふざけているようで、あんたは大人臭さが隠せてないんだよ。理想を語りながら何一つそれを信じていない。何が超正義だ。打算が透けて見えるよ、あんたの正義はさ」

「……お互い、ばったり会うことが無いように祈ろうぜ」

「そうだね、その前にあんた死んでそうだし」

 子供と大人。お人形のような金髪碧眼の少年と彫りの深いアジア系の男は同時に視線を外した。味方同士でありながら、互いに相容れない何かを感じ取っている。

 否、そもそもこの場で仲良しグループなど僅か。各々、元の世界ではどんなジャンルであれトップクラスの人材であった。自らの生き方に一家言あるのは当たり前。プライドも当然山のように高い。誰も彼もが我こそが、と内心思っている。

 だが――

「活気づいてるね。皆、揃っているな」

 これだけ我が強い人材が集まってなお、組織として成り立っているのは――

「時間も無い。各自、特筆する事柄があれば報告をしてくれ」

 この男がいるからである。

「オーケンフィールド、ゼンの試し打ちが済んだよ。届き得ると、僕は思う」

「それは上々。ライブラ、随分久しぶりだね。ゼンはもっと久しぶり、だ」

「……ああ、そうだな」

「隅っこにいるなよ、ヒーロー。『キッド』が王クラスを倒して以降、おそらく君の相手は最大の大物だった。次は王クラスだぜ、ゼン。並大抵じゃないぞ」

「お前じゃないんだ。端から万に一つの勝機だと思っている」

「その上で勝つんだろ?」

「……そのつもりだ」

「その意気だ。俺は君に期待しているんだ。ずっと前から」

 オーケンフィールドの言葉に、何人かは露骨に眉をひそめる。彼と言う絶対の柱があってこそのアストライアー。信者は多い。その反面、三人の創設者として名を連ねるゼンに対しての反感もすさまじいモノであった。何故あんな奴を、そう思う者は多い。

「もっと期待すべき奴はここにいくらでもいるだろ」

「もちろん、皆にも期待しているよ。皆の協力が無ければこの戦いに勝つことは出来ないからね。それとは別の話さ、俺は個人的にゼン、君をだね」

『あいつホモなんじゃねえか?』

「さて、どうだろう? バイセクシャルかもしれないよ、ギゾー」

『……オーケー。二人で仲良くやってくれ。相棒、プレイ中左目は閉じててくれよ』

「あっはっはっはっは。やっぱりギゾーはユーモアがあるなあ」

 笑っているのはオーケンフィールドとキッド、超正義だけである。他はしんと静まり返っていた。特に、オーケンフィールドを敬愛してやまない連中にとって、このような低俗なやり取りに巻き込んだ時点で万死に値する、そんな眼をしていた。

「……あの眼、どうしてくれようか」

「アリエルちゃん!」

 サラが押さえていなければアリエルの剣がゼンの左目に突き立っていた、かもしれない。

「他に報告がある人……うん、『やっぱり』いないか」

 オーケンフィールドの言葉に何人かは異変をキャッチする。

「静か過ぎるぜ。引き潮みたいに敵が下がっていった。今までは俺らが局所的に勝っても、人海戦術でじわじわ押されていたのが、今はこっちが押せ押せ。不気味だぜ」

 超正義の発言に頷く者数名。そこで『やっぱり』の意図に気づく者も多かった。

「それでも押せる時に押しとかないと、でしょ? どんな意図があるにせよ、これ以上削られたら、ロディニア王国連盟内で間引きが横行する。今でも、地域によってはあるんだ。キャパシティの拡張が急務、何があろうと、だ」

「しかり。勝てる時にきっちり勝つのもまた兵法だ。必要なら、主要の戦場『すべて』に俺が出向いても良い。その上で何か手を打たれたなら――」

「それごと断ち切るのみ、でござる」

 キッド、破軍、斬魔、彼らの言い分も最も。すでにロディニアの人類生存圏では全ての人々を満たすことが困難に成りつつあった。シン・イヴリースが到来する前に、増えた人口がそのまま現状に重くのしかかってきていたのだ。

 今はまだ創意工夫で何とかなる。だが、これ以上生存圏が狭まれば――

「上位陣はやり過ぎない程度に。中堅層はルーキーたちを育てつつ、自分も経験を積んでくれ。組織としての底上げがあって、初めてルールを逸脱した怪物どもと渡り合うことが出来るからね。俺はこのまま最前線で連中を押さえておく。その間に、強く成るんだ」

 オーケンフィールドの檄が飛ぶ。

「この世界の悲鳴と共に俺が来た。この世界の人々の嘆きと共に君たちが来た。報いよう、彼らの願いに。やり遂げよう、俺たちはいつだってそうしてきたはずだ」

 世界に召喚された男。人々によって召喚された英雄たち。ルートは違えど、根っこは同じ。自分たちだけではどうしようもない状況で、藁にも縋る思いで彼らは命を差し出した。その尊き願いを無にするわけにはいかない。

「倒すぞ! 世界の悪を!」

「応ッ!」

「じゃあ、このノリで倒してくるぜ!」

「おう、お?」

「よっしゃあやる気出たァ!」

 そのまま映像がぶれる。轟音だけが大会議場にこだまする。凄まじい音が幾重にも重なり、何も見えていないのに『どちら』も怪物であると誰もが理解した。

 その上で――

「ふう、何とか一体撃破っと」

「……相変わらず、バケモンかよ」

 キッドが顔を歪ませる。オーケンフィールドの背に映る巨大な黒き光の十字架、それは王クラスの魔族を打ち滅ぼした際に出る断末魔のようなモノ。

 これを見ると言うことがどういうことなのか、それを知る者は感嘆を超えた感情を得る。憧れを超越する何かが心を侵すのだ。それほどに王クラスとは本来、誰にとっても絶望的なものであり、唯一、この男のみが超越することを許された存在なのだ。

 知るほどに恐ろしい光景。羨望の視線は知らぬがゆえ。

「勝てる時に勝つ、方針はそのままでいい。だが、一応の保険は打っておく。ニール、君のところにゼンとライブラを向かわせる」

「……私は信用に値しませんか?」

「君は信用に値する男だ。能力も秀でている。だからこそ、危険なんだ。分かって欲しい。そして、これは命令だよ、ニール・スミス。組織の一員である以上、従ってもらう」

「貴方がそうおっしゃるのであれば」

「ありがとうニール。何事も無ければ一番良いんだけどね」

 不承不承と言った風であったが、それでもニールから肯定を引き出したオーケンフィールド。ゼンに目配せし、友が頷いたのを確認して彼は微笑んだ。

「それじゃあそろそろ切るよ。……ニケが来た」

「オォォォォケンフィィィルドォォォォォオ――」

 凄まじい声と共に、突如何かが飛翔して来て、音声が途切れる。突然の出来事であった。

 オーケンフィールドがいる場所は人類の生存圏とはかけ離れた場所。王クラスですら自由に出入りできる『大穴』がある大陸南方、あらゆる意味で陸の孤島と化した要所を、たった一人で押さえきっていた。何の制限も無く王クラスの重さが出入りできる『ゲート』などそう作れるものではない。ゆえに、彼がいるからこそ人は、滅多なことでは地上で王クラスと遭遇することがないのである。

「彼我の差は大きい。未だ彼と並び立つ者はいない」

 破軍の言葉に全員が頷く。二位のクイーンでさえ、彼と比較すれば勝負に成らないだろう。寝首をかいてやろうという気概は感じられるが――

「それでも目指すべき山巓は其処でしょう。真の英雄の右腕、隣立つ存在を目指してこその英雄。私はそのつもりで戦っていますよ」

「能力に胡坐をかいてると死ぬぜ、『クレイマスター』さんよ」

「その言葉はそっくりそのままお返ししよう、『キッド』くん」

 睨み合う二人であったが、先にニールの方が折れた。そのまま全体に一礼をして、オーケンフィールドと同様に通信を終える。映像はただの光点に戻り、地図上に瞬いていた。

「なし崩し的にお開きだな。ゼン、気を付けろよ。俺もそこはクサいと思っていた。全体を押し込むことで生まれる歪み、其処を見逃す連中ばかりじゃねえと思うぜ」

 何かがある、『超正義』と呼ばれている男は予感を抱いていた。それでも彼らには進むしか道は無かったのだ。少しでも多くの土地を手にし、作物を育て、そうしなければ人が死ぬ。ならば、何を迷うことがあろうか。

 ニールが通信を切ったのを皮切りに、全体が通信を終えていく。

 どんどん映像が消え、地上の星へと戻っていく。

「ニールの能力は便利だ。ゼンは知らないだろうけれど、集団戦にて無類の強さを発揮する。素晴らしいモノだよ。本人の前じゃ言えないし、言う気も無いけどね。序列十位、末席とは言え十人の中の一人だ。普通なら万全、でも君が一番知っている」

「わかっている『キッド』。王クラスの恐ろしさは」

「まあ、杞憂ならそれで良いさ。暇が出来たらまたおいでよ。純粋な者には、常に僕のワンダーランドは開かれている。ゼンは大人だけど特別に出入り自由だからね」

「あ、ああ。考えておく」

「じゃあね。武運を祈るよ」

 キッドの映像も消える。最後に残ったのは『超正義』であった。

「テリオンの七つ牙は王クラスに届き得るんだな?」

「そのつもりだよ。少なくとも魔人クラス上位は足首以外原形すら残さなかった」

「そうか。なら、期待させてもらうぜ。勝手ながら、な」

 ぐっとサムズアップ、ウィンクも添えて。何とも暑苦しい男である。顔立ちは多少濃いくらいで爽やかな部類であるが、どうにもゼンはこのアッパーな感じが苦手であったのだ。

『ま、陰キャだしな相棒は。陽キャとは噛み合うめえ』

 彼の映像が消えた後、ギゾーがぼそりとつぶやいた。

「……そういうこと、なんだろうな」

「何と言うか、生き辛そうね、貴方」

「い、良い人だと思いましたよ、『超正義』さん。熱血漢で!」

『おう、まさにそこだぜサラちゃん。ちな、同じ理由でオーケンフィールドとも会話が弾まない。だが、あの二人はその辺一切気にしないし、何でか同系統の熱血漢に好かれやすい性質なんだ、相棒はさ。難儀なことに』

「尊敬はしている。二人とも突き抜けて優秀だからな」

「ちなみのちなみだけど、アストライアーの物流網やスタッフの人事、その他諸々エトセトラ、組織の基礎を色々整備して引継ぎしたのが『超正義』ことシュウさんね。シュウさんって呼ぶと怒るけどさ。ふふ、あんなふざけた名前だけど、すんごく優秀だから」

 若い組織ゆえ、それなりの年数を経た者にとっては周知の事実であるが、新人である二人にとっては初耳であった。今は半分近く削られているとはいえ、世界唯一の超大陸を網羅する巨大組織。その基礎を整備したなどと一言で言っても、その手間は想像を絶する。

「さあ、次の目的地も決まったことだし、早速旅の支度をしようか」

「……え? 私たちまだこいつと一緒なの?」

「アリエルちゃん! 私たち新人だし、ゼンさんはベテランだし、色々教えてもらってないことも、学ぶべきところもあるよ!」

「……そんなに顔、近づけないでよ。でも、戦闘タイプも違うし、参考に成る部分はあんまりないと思うけど。それは本音。ま、しばらくは付き合ってあげる」

「すいませんゼンさん。アリエルちゃん、思ったことをすぐに言っちゃうので」

「別に良いんじゃないか? 正しい判断だと思うぞ」

『だなあ。アリエルちゃんもサラちゃんも、自分の型が出来上がりつつあるし、そっから先は結局自分次第なわけで。相棒といても大して勉強にはならないってのは正論だぜ』

「でしょ」

「こらこらゼンもギゾーも乗っかるな。一応、僕が二人の教育係に成った。そして、僕はまだゼンの一番良い所を見せれていない。まあ、状況としては見れない方が良いんだけど、とにかく、まだ、一緒に行動してもらう。っとに、君たちもすぐに単独で動きたがるとこ直してくれよ。苦労するのはいつも僕みたいな中間管理職なんだから」

 悲劇のヒロインぶっておよよと泣き崩れるライブラ。ただし、ライブラに泣く機能はついていない。本人は後日実装予定と言っているが果たして――

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