第2話 増えていく傷

 夜にボーッとしている。

 俺はミカのリストカットの理由を考えた。

 しまった、やっぱりあの時に聞いておくべきだった。

 布団に倒れ込む。

 しばらく適当にマンガを読む。

 たまにチラッとスマホに目を向ける。

 電話で聞くべきか?

 いや。彼女の何かに触れたら終わりだ。

 もう少ししたら寝よう。

 プルル! プルル!

 画面にはミカからの着信を表示している。

「もしもし?」俺は気をつかったつもりで出る。

「もしもし。何も言わないの?」

 彼女の一言に俺は不意をつかれる。

「え、なんのこと?」俺はとりあえずワケを聞くつもりで言った。

「何も気付かないの? 見たでしょう? 私の両方の手首に切り傷があったのを」

 ミカの言葉は落ち着いている。

「ごめん、切り傷の理由って何?」

「謝らないで? って、わからないの?」

 おいおい、俺のせいか?

 でも、リストカットってどういうわけ?

「何か言って?」

 ミカは怖いぐらいに落ち着いている声だ。

「俺が何かしていたなら、それを正直に言ってくれ」俺は少しイライラし始めた。

「明日、会える?」

「おい、俺の質問に答えろ?」

 プツッ。

 電話が切れた。すぐにメッセージが彼女から来る。明日、駅前に夕方の五時、と。

 俺はイライラしてその日の遅くまで起きていた。


 駅前の夕方の五時。

 現れたミカの両腕を見て頭が真っ白になった。

 リストカットの傷が手首から肘あたりまで増えているからだ。

 俺はミカの表情を見た。

「どうしたの?」ニコニコしている彼女、半袖のミカ。

 どうした、って、俺のせいか?

「何かあったのか?」俺は情けないぐらいに小さな声で言った。

 彼女は俺の手をつないだ。

 俺はどうしたらいいのかわからなかった。

 ただただミカの表情はいつもの笑顔だ。

「ねぇ? わからないの?」

 彼女の言葉に俺はなぜか怖いと感じた。

 俺はついに言ってしまう。

「ごめん、教えてくれないなら別れよう」

 俺の一言はミカから笑顔を消し去った。

 耐えられない。

 俺はミカの手を振りほどこうとした。

「ねぇ? 私のこと、キライ?」

 もうやめてくれ。

 耐えられない。

「なんで、そんなことをするんだ?」

「あなたはどうしようもないね、さよなら」

 ミカが去り始める。

 あ、待て。

 やっぱり待ってくれ。

「ごめん! 本当にごめん! 俺のせいなら、そう言ってくれ!」俺はミカを追いながら叫んだ。

 ミカが走って行く。

 速かった。

 取り残された俺はミカの最後の表情を知ることが出来なかった。


 それから数日後、ミカの友だちから聞かされたのは、彼女が入院したとのこと。

 俺はもう言葉が見つからなかった。

 さらに聞かされたのは、ミカは通院していたとのこと。

 そんなにミカが苦しい思いをしていたなんて。

 ミカの両腕を、俺は受け止めてあげるべきだった。

 増えていく傷、俺の心がチクリとした気がした。

 俺はミカを考えては、日々の中に、彼女の最後の後ろ姿を、記憶の奥底に沈めてしまった。


 春が終わろうとしている。

 もう帰って来ない春。

 それすらも気付かぬ終わり。



(続く)

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