夫がインフルエンザになりました。そして感じた自分の大変さと、垣間見えた結婚の本質の一部。を、書き記しておく。(上)

 夫がインフルエンザになりました。

 私は発達障害ではないけれど、発達障害のかたとおんなじような頭をしていて、それがこんなに生活に苦労するとあらためて実感したいちにち。



 ちなみに私がなんで発達障害のかたとおんなじような頭をしているのに、発達障害ではないかというと。充分に疑いはあって、成人後まもなく、専門のがっつりとした検査を大きな病院で受けたことがあるのですけど。

 いわゆる能力のかたよりや特有のこだわりをはじめ、いわゆる脳の特徴は発達障害のかたとまるでおんなじだったらしいのですけど、診断にいちばん必要な「コミュニケーションの障害」だけが、見られなかったかららしいのですね。医師や臨床心理士と的確な受け答えができていて、かつ「自分はどこかおかしいんじゃないか」というある種客観的な視点ももっているから、だそうで。

 なので、「非定型発達(いわゆる健常者の発達ではない)ではあるけれど、発達障害ではない」という、世にも奇妙な診断(?)をもらっているわけです。


 聴覚過敏や人肌を嫌うこと、特定の物音(サインペンの音やある種の空調の音)がだめなこと、片付けや整理整頓が壊滅的にできないこと、生活のなかのローテーションなど、私は発達障害に見られがちな生きづらさをたくさん抱えている。のだけど、そういうのを自分で把握していて、普段は自分で耐えることや工夫して調整することができるから、まあどうにかなっている。

 どうにかはなっているけど、ほんとはストレスは半端ないし、外でいっとき会うだけの相手はともかく、おうちのなかではずいぶんトラブルも繰り返してきた。



 そのなかでも聴覚過敏と並んで私がもっともだめなもののひとつが、予定の唐突な変更である。



 いやー。これはねー。だめなんですよー。むちゃ弱い。むちゃんこ弱い。

 ほかのことはまあまあ耐えてきたつもりの私なんですけど、聴覚過敏と、これにかぎってだけはいままでいくどとなく人間関係上のトラブルにも発展した。

 なんかこううまく言えないんですけど(発達障害やグレーゾーンのかたでこの特徴をもつかたにはむしろすごくわかっていただける表現だとも思うけど)、自分のなかで「このつもり」「こうするつもり」っていうのが幾層にもつみかさなって、そのうえに生活が成り立ってるんですよ。


 だから、子どものころや若いころから、「やっぱ今日気分が向かない」とかで予定を断られると、わりかしガチめに怒ってしまっていた。

 もちろんひとには都合や唐突に発生する事情というのがあるので、どうしても仕方ないときはもうほんとに仕方ないんだけど、たぶんそういうのも自分の判断なんだよな。たとえばそりゃ、風邪引いたとかだったらまあ遊びを断るのは仕方ないよねって自分のなかで納得できるんだけど、気分が向かないとかお金がないとか、そういう理由で断られるのはもうほんとにむかしから弱い。前者はそんな理由で断んなよこっちはめちゃんこ気持ちの準備してんだぞ、と思うし、後者はそんなん事前に計算しとけばわかるんだからそもそも約束をしないでほしい、と思ってしまう。

 まあどうにか表面上耐えられるってだけでこう書いてみるとわりと発達障害的に典型的なやつだなーと思う……それにけっきょくだいじなのは相手の都合や事情ではなく、自分の納得、なんだってところもほんと典型的に……。


 いままでいろんなひとたちに、「菜月なつき(作者)は予定の変更苦手だもんね。でもちょっと今日はどうしても外出る気になれなくて、ごめんね」とか、「たかがいちど約束を変えただけで」とか、ひどい場合は「そんなに会いたかったの? また今度会えばいいじゃん」とか言われたこともあったんだけど、違う、違うんだ。私がその予定に向けていつからどんだけ気持ちを整えて、「そのつもり」でいるかってことなんだよ問題は。

 だから、私は基本的には人間関係で多くのことは平気なんですけど、この手のことだけはほんとに繰り返されるとなんとなく距離を置いてしまいがち。いや、その、相手は深い意味がないとわかっていても、こっちがほんとね……耐えられるレベルをこえては、いけないので……。



 で、ここまでが、前提といいますかなんというか。



 今日は私も夫もお休みの日。予定を合わせて、午後にはいっしょに役所で用事を済ませてショッピングモールに行こうと約束していた。


 夫は深夜遅くまで仕事のある職業である。明け方帰ってきて、お昼ごろに起きる。明け方には私は寝ているので、そのときに夫から私に言いたいことがあるとラインで伝えてもらう場合が多い。

 今朝も私が八時ごろ目を覚ますと、ラインに、今日は午後一時出発目安で、と伝言があった。私は安心した。これも、半年以上いっしょに暮らしてみて、私が、外出のさいに時間設定がアバウトだったり唐突に「いまから出るよ」とか言われるとすごくパニックになってなんどかトラブルになったことによる、夫の配慮なのである。

 大変助かるなあと思いながら、のそのそと起き出して午前中にやるべきことをやっていた。もちろん、一時ぴったりに家を出られるように、いろいろと分単位で頭のなかで計算して、「そのつもり」でやることをすすめてたのである。


 十二時過ぎになると夫が起き出してきた。ここまではいつも通りだったので問題はない。「おはよう」と挨拶をした。夫はこのときには「一時に出発するよ」と言っていた。私はそれでだいじょうぶだと答えた。今日の午前や昨日の休み、ひいては前の一週間も含めて、「そのつもり」で生活を調整してきた。

 だが夫はシャワーから上がってきたあと、いっしょにショッピングモールに行こうかどうか悩んでる、と言い出した。


「いやさ、行ってもいいんだけどさ、皮膚科行こうかなとも思って(夫は肌が弱いので皮膚科によくお世話になっている)。アレルギーの検査もできるし」


 アレルギーっぽい症状があるから、前々からしっかりとした検査に行くといいんじゃないかとは言っていた。だが、今日はもともと役所とショッピングモールの日のはずだ。たしかに皮膚科には行ってほしいけど、なぜ今日の必要があるのか。なぜ唐突にそんなことを言い出したのか、考えたのか。

 私はいまいち話についていけなくて、「うん……?」と曖昧な返事をした。たぶんそのときパソコンで作業をしていたこともよくなかったんだと思う。


「でも役所いっしょに行くんでしょ……? どうするのそれは」

「うん、だからあなたがショッピングモールに行ってるあいだ、俺は皮膚科に行って、役所で集合とか」

「うーん……それがいいならそれでもいいけどさ……」


 ほんとはあまり「それでもよくない」。

 なのに、言葉だけはわかったふうなことを言う。どうせ態度でバレバレなのに。私のよくない癖である。


 まだパソコンでやるべきこともあったので、作業もしながら。

 メモリが足りなくなってきた頭のなかで私は必死で処理していた。まあそりゃ夫にとってもお休みの日。皮膚科に行きたいというなら、「そのつもり」に変えるべきなのかもしれない。そもそもショッピングモールでも二時から三時のあいだは別行動のはずだった。私ひとりで行っても、なんら差し支えはない。


 なのだけど、私にとっては、家を夫といっしょに出て、ショッピングモールまでいっしょに自転車で行って、じゃああとでねって解散して……そこまで含めて、「そのつもり」だったのだ。それを変更しなければならないほどのことなのだろうか。自分が正しいような気もしたし、自分がただの駄々っ子のような気もしてきた。次第に、思考がフリーズしてゆく。



 ちょっとうまく考えられなかったのでしばらく無言でパソコン作業をやっていると、夫が唐突に――いや、夫にとっては唐突ではなかったんだろうけど、私にとっては、唐突に。体温計を、突き出すように見せてきた。



 37.1度。

 微熱のようだけど、平熱が35度台の夫にしてみれば、かなりの高熱である。じっさい、それでいままでなんどもダウンした夫を見てきた。看病もしてきた。つらそうなことを、ほんとうによく知っている。




 だから、自分のすべきことはすぐわかった。

 言うべきことも、すぐにわかった。




 だが。

 私の頭はすでに、皮膚科に行くの? えっ、皮膚科じゃないの? 予定を変更するの? 役所は? 私ショッピングモールで二時から予約してる店があるんだけど? いまもう一時だからいまから着替えなきゃ二時には間に合わないんだけど? ポストで出したい郵便物もあるしネットプリントもしたいよ? 皮膚科のあとに役所だっけ? いやショッピングモール? えっ? でも熱? えっ、これ、じゃあ私ひとりで行くってこと? どういうこと? いったいいま私はなんの判断に迫られているの? なにがどうなってるの?




 と、いっぱいいっぱいだった。

 そのなかで、それでもどうにか感情をのみくだしたつもりで、私は夫の目を見てぼそりと言った――。



「……その熱だと、家にいて安静にしていたほうがいいんじゃない?」



 それは、私の、マジで精いっぱいの理性を振り絞って言った、相手本位の言葉――のつもりだった。



 そうだろねえ、と夫は私の言葉に素直に賛成した。

 とりあえず三時になったら病院に行ってくるよ、近所の病院、午後の診療その時間からだから、と夫は言って、スマホを見始めた。




 ……えっ? と、私は取り残された気持ちになって――。





(つづく)

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