第17話 無貌賞の賞品 その2
無貌賞の賞品の続きです。受賞作を改変したものを掲載します。
細かく説明するパターン(バージョン1)と説明をすっとばしてイメージだけ伝えるパターン(バージョン2)を書きました。
『月夜に歌う詩』(電咲響子さん)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893200546
正直、うまくまとめきれなかった悔いが残っています。ただ、時間をかけてもよくなるかどうかわからないのと、あまりお待たせするわけにもいかないので公開することにしました。再度挑戦するかもしれません。
なお、この2つの作品は受賞者である電咲響子さんに差し上げますので、自作にまぜるなり、改変するなり、ご自由にお使いください。どっかに自作として投稿してもかまいません。
無貌賞おもしろかったので、またやろうと思います。
●月夜に唄う詩 一田バージョン1
母が新しいテーブルを買ってきたので、あたしは母を殺さなければならなくなった。
正確に言えば、あたし自身を含めた家族全員を殺してあるべき姿をやり直す。我が家は4人家族で、朝食も夕食も家族そろって食べる美しい習わしだった。長方形のテーブルにあたしと弟が並んで腰掛け、その向かいに母と父が並んで座る。完璧だった。
しかし母が買ってきたテーブルは正方形だったので、それぞれの辺にひとりが腰掛けることになった。あたしは最初、その問題に気がつかなかった。座ってすぐに違和感に気がついた。あたしの正面には母しかいない。父が右斜め前にいるのもひどく不自然に思えた。慣れるかと思ったが、違和感はじょじょにひどくなり、腰掛けるだけで吐き気と頭痛をもよおすようになった。
それだけではない。テーブルが来てからというもの、母と父はあたしがベッドに入る頃に、あたしの部屋の前に立ってわざと聞こえるようにひそひそ話を始めるのだ。食事中のあたしの様子をあれこれと詮索し、くすくすと笑う。ひとしきり話すと、隣の弟の部屋に入り、3人でなにかを相談している。どうやら犯罪を計画しているようで、あのテーブルもそのための道具のひとつだったらしい。
両親の狂気が先だったのか、テーブルが狂気を運んできたのかわからない。いずれにしても完璧だった家族は壊れてしまった。あたしは両親と弟を殺して家族をやり直すことに決めた。つぶらな無垢な瞳の弟を殺すことにはためらいがあるが、以前の弟ではないのだ。
これはひどく間違っている。間違いは正さなければなければならない、あんなに完璧な家族だったのに。
弟が寝ているのを確認し、両親の寝室に忍び込んで父の首に包丁を突き立てた。ごぼっという音だか声だかとともに、噴水みたいな血を噴き出した。異変に気づいた母がベッドから転がり落ちたので、あたしはあわててベッドを乗り越ると這って逃げようとする母の背中にのってめった刺しにした。
まだふたりはぴくぴく動いていたけど、あたしは計画通りに火をつけた。位置的にここで出火すれば弟は逃げ場をなくすはずだ。両親の寝室を出て、外にでると弟が走ってゆくのが見えた。あいつは気がついていたんだ。振り向いた弟と目が合う。澄んだ目はあたしを責めていた。なんであたしを責める。だって仕方がないじゃないか。この家をおかしくしたのは両親なんだし、弟だって毎晩両親とこそこそあたしを殺す相談をしていた。
計画が狂ったことを知ったあたしは、もう一度両親の部屋に行き、強盗の仕業に見せかけるために金目のものを盗み出して家を出た。
幸いなことにあたしと弟は不幸な生き残り、被害者家族として認知された。あたしたちはふたりで生活を始めた。弟はあたしのしたことを気がついていないような素振りで暮らしていたが、時々じっとあたしを見つめたり、夜中にあたしを責める言葉をささやいたししていた。こっちは弟が知っていることなんかお見通しだというのに、回りくどいことをする。
とっくにあたしは決めていた。家族を再生するためには聖なる夜に全てを終わらすのだ。その日、弟は無邪気にケーキを焼き、作り方をあたしに説明してくれた。ケーキはおいしかったが、毒が入っていた。でも、あたしはかまわず食べて弟をほめた。だって毒が回るよりも早く終わるのだ。
あたしが首を絞めると弟は驚いた顔で助けを求めた。でも生かしておくわけにはいかない。その目があたしを責め、口があたし呪う。冷たくなった弟の骸を残して、あたしは下見しておいた近くのビルの屋上から飛び降りた。
これであたしの罪も家族の罪も浄化される。飛翔から着地までのわずかな時間、あたしは自分が新しいテーブルを買うよう母に頼んだことを思い出した。果たして正方形のテーブルを選んだのは自分だったのか、母だったのかが思い出せない。どっちだったのか答えが出る前にあたしは地表に激突し、そのまま地の底に堕ちた。すれ違いで弟が天上に昇ってゆくのが見えた。
●月夜に唄う詩 一田バージョン2
下弦の月が赤く濁ると彷徨がはじまる。罪と引き換えのつかの間のやすらぎを得るために、震える指で柵を乗り越えて屋上の淵から見下ろす。これからあたしはあのちっぽけな歩道のつぶれた蛙になる。
あたしの横で弟が見ている。
罪はあたしだけにしか見えない痣となってついて回る。
弟には痣が見える。
それゆえ弟は死ななければならない。
両親にも見える。
だから両親も死ななければならない。
痣を隠すために両親を殺すと、痣は大きくなり、爛れて膿んできた。
残った弟は見えない痣をじっと見つめる。こいつには見えている。
だからあたしは、無垢な笑顔にさいなまれながら弟を殺すしかなかった。
痣はあたしにも見える。
あたしも死ななければならない。
だからここまで来た。一歩踏み出して歩道の蛙になるのだ。
そうつぶやいて笑い、あたしを見ている弟に目を向ける。
あたしはえぐった弟の眼球を両手に持つと、ふわりと堕ちた。
その瞬間、弟の眼球は手をすり抜けて、宙に漂いながら断罪するようにあたしを見つめた。
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