夢オチかよ。

五丁目三番地

初詣

「今日は逆だったね。」

いつも遅刻する恋人が珍しく時刻通りに駅にいた時、私は家でぬくぬくと寝ていた。

駅に着いて、静かに怒る恋人の機嫌を取るために『今日、死ぬんか。』と言ってみたら、思った通り笑ってくれた。少しは怒りが納まったかと思ったらグーで殴られた。

次はなんて言ったと思う、蹴りの方が強いから蹴りでもいいんよ?だって。

容赦ない恋人を持ってしまった。

10時に駅で待ち合わせたのに起きて枕元の目覚まし時計を見たら13時を示していたから、急いで電話をかけて平謝りした。

親からはマフラーをつけていけと怒鳴られたけれど、八つ当たりをするようにして家から転がり出た。

電車に乗っている間も自分の指の冷たさを教えるために手を繋いできた。逆ホッカイロだねぇ。って言ったらお前のせいだと睨まれた。

「まさか新年一発目から遅刻すると思わなかった。」

1月1日から遅刻は、良くないと思って、自分でも珍しく駅に向かったら、結局恋人は2時間半遅刻してきて、一言目『今日死ぬんか』って。愉快な恋人らしい事言うから。

許しはしないけど、グーパンチで済ませておいた。

それから200gのステーキを2枚食べて。遅刻した恋人はお会計を済ませてくれていた。

私はまだ食べ足りなかったけれど。

それから人だらけの成田山へ行ってお守りを買って、受験生らしくおみくじを引いた。

遅刻した恋人は吉なのに、待ってた私は末吉だった。不条理。

母親からは一時間前にいつ帰ってくるの、と怒りのLINEが入っていたし、新年から最悪っちゃ最悪。

「結婚指輪は高いのと安いのひとつずつ買おうよ。」

みなとみらいの4℃を横切った後、不意に遅刻した私が言った。待っていた恋人は『CHANELがいい。』って。大人になったら細かく話を詰めようねって約束をした。

観覧車を見て、イルミネーションを見て木が可哀想だなーなんて呟いて、店がひとつも開いていないマークイズを出た。

「よく死んだらなんて話すけど、また遅刻してきてよ。」

夢の中では、2時間半遅刻した恋人があるはずだった現実を生きていた。いわゆる夢オチってやつか。目覚まし時計の喧しさで目を覚ました時に思った。待ち合わせの駅に来る途中で飛び降り自殺した人にぶつかって死んだ、と聞いた時はそんなことあるかよ、なんて思った。逆にラッキーガールでは?なんて。葬式で顔を見て別れようと、棺を開けたら原型のない空っぽだけがそこにあって。カラカラと笑っていた顔はそこになくて。初めて夢で遅刻した恋人の前で泣いた。

確かに私は愛していたのだ。

確かに私は駅で貴女を待った。

確かに私は貴女からのプロポーズを待って

確かに貴女はそこに存在していたのだ。

死は虚しい。貴女が居なくなって冬は今までよりも侘しさを増した気がする。約束通りCHANELで結婚指輪を買って、カナダで結婚届けを貰った。貴女が居なくても人生は進んでいくけれど、どこか大切なものが欠けているように感じます。50年経ってこちらはどんどん貴女の事を忘れてゆきます。そちらはどんな様子ですか?



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夢オチかよ。 五丁目三番地 @dokoka

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