第41話 五章 四月二十八日 木曜日

 レンタルスタジオでのいつもの音合わせが一段落したときだった。アイツがスマホを取り出し、いきなりFMラジオを流し出した。珍しいこともするものだ。


「ん? 諸星、ラジオなんかつけて何してるんだ? お前」

「ああ。毎回聴いているわけじゃないけど、ちょっと今日は気になるアーティストがゲストだと聞いたんだ。だから……」


 苦笑している。俺は思わず見入ってしまっていた。何故照れる? でもいいな。さっきのアイツの顔……。


『SAKIさん、デビュー二十周年のシングル、かなり快調に売れているようですね。って、二十周年? 若すぎですよ。SAKIさんって、一体何歳から活動されてるんですか?』

『そんなこと古乙女に聞いちゃダメでしょ! 全国の女性からコロされますよ!? でも、ありがとうございます。まさか未だにこんなに応援していただけて、この番組にも出していただけるなんて思ってもみませんでした。もう、忘れられている過去の人だと思っていましたし』

『いえ、何をおっしゃいますか。SAKIさんを知らない日本人なんていませんよ。それにですね、今や日本中がこの話題で持ちきりです。なんでも今日はリスナーにビックニュースがあるとか?』


 SAKI。有名な歌手の一人だ。諸星由美子と同じ年代で、大御所とも言える存在のはず。人気の方は、ラジオのDJが話しているとおりのそのままだと思う。特に嘘も誇張もなく、SAKIを知らない日本人はほとんどいないはずだ。ただ、日々話題に上るかというと、絶頂期ならともかく、さすがに最近は少し怪しかった。アイツ、わざわざSAKIの出演をチェックしていたなんて、SAKIのファンなのだろうか。なんという偶然なのか。俺は運命が恐ろしい。


『ええ。今年の夏にとんでもない話題を提供できるかと思います。それも、世界中に激震が走るような』

『なんでも、古いお友達と色々動かれていると聞きました。もしかして、グループの再結成ですか?』

『あはは、ないない! それだけはね、ぜーったいないから! あのコもわたしも、もう自分自身じゃ何もしません! それにわたし、あのコが大っ嫌いだし!』

『うわ、なにげにアブナイ発言! でもSAKIさん、事前情報だと――』

『ストーップ! そこまで! ダメダメ! 言っちゃダメ! 君だけにオフレコで教えてあげたんだから!』

『そんなSAKIさん、話が違うじゃないですかぁ、勘弁してくださいよ!』

『違わないって! 今日はわたし、口滑らせないからね! まぁまぁ、許してよ。いつもわたしこんなだし?』

『もー! しょうがないなぁ、いつもいつも酷いですよSAKIさんは。もう。――それではSAKIで。SAKIの代表作、「夜明けをみつめて」』


 アイツはスマホから流れ出るSAKIの曲に聴き入っていた。やはり、相当なファンなのだと思えた。


「ねえ、お兄ちゃん、カナミちゃんって、SAKIのファンなの? 知ってった?」


 織姫が肘で脇腹を突いてくる。


「以前、アイツがこの曲を屋上でギター片手に歌ってたのは聴いたことはあるけど……あの時はボロクソにこき下ろしてたからな……」

「でも、さっきは気になるアーティストだ、って」


 俺が織姫にそう答えたときだった。いつの間にかアイツがスマホをしまっていた。アイツは狂信者……いや、熱狂的ファンの目で俺達を熱く見ている。


「ん? なんだよお前たち。お前たちもSAKIに興味があるのか?」

「え? う? あ?」

「え? お? い? あ、あのね、うん、ある、あるよ。とっても。うん」


 マズイ。まずすぎた。興味を引きすぎたか!?


「おい、織姫!」

「あ、う、ウソウソ。全然無い! SAKIなんてちっとも知らない! 全然全く見たことも会ったこともないよ! ね、ね、お兄ちゃん!」


 バカとしか言いようのない台詞を俺は聞いた。おい織姫。お前は隠す気なんて無いだろ。


「委員長。私に嘘をつくとは良い度胸だな?」


 アイツの切れ長の目が細くなる。でも大丈夫だ。あの顔はまだ笑っている。


「俺は嘘は言ってない!」

「信じてやるよ。だけどお前、知ってることも黙っていないか?」

「う、お、あ、ああ……」


 え? 笑みが消えたよ……。俺の背筋に冷たいものが走った。


「か、かかかカナミちゃん、そんな事ないって無いよ、ワタシハウソツカナイ」


 ば、バカ! お前は良いから黙ってろ織姫!


「まぁいいや」


 いいのかよ!? 焦った俺だが、そのアイツの言葉にいくらか安心する。


「でさ、この曲、『夜明けをみつめて』を今度のステージでやらないか? なんだか面白いことになりそうだからな? なぁ、委員長」

「う、お、あ、うぇえ!?」

「お、お兄ちゃん、いいじゃん、いいよ、やろうって! 『青いパラソル』やるのに比べたら百倍マシだよ!」

「あ、ああ、そうだな」


 時代を思わせる歌詞が連発する『青いパラソル』をやることに比べたならば、まだ最悪の事態は回避できると思われた。


「へぇ? 『青いパラソル』ねぇ……」

 背筋が凍る。織姫の頬が引きつった。アイツがそう口にしたときの顔ときたら、思い出すのも寒気がする。一瞬でも安心した俺がバカだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る