第35話 四章 二月十八日 金曜日
空き教室の床に多数の生徒が倒れている。その筋の奴らだった。聴きたくもない打撃音が先ほどから聞こえてくる。何が起こっていたのかは誰の目にも、もちろん俺の目にも明らかだ。
それはもちろんアイツの仕業だった。あのバカ。この期に及んでまだ喧嘩なんて。なんてこと……。
出来ればこの場所で聞きたくなかったアイツの声が嫌でも耳に入ってきた。
「ムカツク? おい、狂犬は縄で縛って檻にでも入れておけ。それが出来なければお前の責任で処分しろ。……出来るよな? 番格さん?」
アイツに胸倉を捕まれ、恐ろしいことにつるし上げられているその女生徒はそれきり押し黙る。
「返事はどうした。番格のイリエちゃん。お前がここで黙ってたら、お前の部下に示しがつかないんじゃないのかよ。あぁ!? ……また以前のように教育されたいのか? あんなものを懐かしがるなんて。お前、相変わらず頭は大丈夫か?」
とても見ていられない。俺は割って入った。
「おい、止めろ諸星!」
凄い目で睨まれた。
「……っつ!? ……なんだ委員長か。スキンシップ代わりに、このバカ女どもとちょっと旧交を温めていただけだ。なんでもない」
「嘘つけ! 相手は青くなってるじゃないか。離してやれよ。もう止めろ!」
アイツの眼光が緩む。悪いこととわかっているなら、やっちゃダメだろ、諸星……。
「……っ! 邪魔するなよ委員長。こんな勘違い女は、ここで血反吐を吐くまで締めておいた方が良いんだよ!」
ああもう! 無理矢理引きはがそう。アイツ、もう力も抜いているじゃないか。やる気なんてこれっぽっちも無かったくせに、よく言うよ。
「もう充分だろ!? いいから行くぞ、諸星。相手をするな。もう喧嘩なんて止めてくれ。お前、自分で『もう飽きた』って言っていたじゃないか」
「喧嘩じゃねぇよ。これは向こうから――」
まだ言うか。全くバカだよな。背中押してやるか。俺は狡い言葉を口にする。
「言うな言うな、聞きたくない。お前、言い訳なんてカッコ悪いぞ?」
「違うんだ、これは――」
「黙れよ諸星」
「そんな……」
「カッコ悪い奴の言い訳なんて聞きたくない」
アイツが絶句した。みるみるうちにその端正な顔が歪んでゆく。アイツが女生徒を掴んでいた手を乱暴に離すと、イリエと呼ばれていたその女生徒は廊下の床に崩れ落ち、激しく咳き込んだ。俺はコイツの腕を強引に取って腕を組む。これで逃げられまい。俺はコイツをそのまま職員室に引きずっていくことにした。
「……!? あ、あ……。機嫌直してくれよ、私が悪かったよ、委員長。なぁ、私のこと嫌いになったのか? そんなことお前は言わないよな? そうだよな、委員長?」
始めのうちは拗ねていたのだろう。そっぽを向いて黙っていたコイツも、行き先が職員室とわかったのか、急に抵抗し始めた。実に女々しい事を並べてくる。
「知らない」
「……っ! わ、悪かったよ、謝るよ。ごめん、ごめんったら! 二度としない、二度としないから……」
泣き言なんて聞きたくない。でも、コイツがそこまで言うのなら。俺も考えないとダメだよな。
「約束だぞ?」
「え……? う、うん! 約束する、約束するよ!」
その場は収まったかに見えた。だが、怪我人が出ているのだ。騒ぎになる前に早く行動しなければまずかった。嫌がるコイツを引きずりつつ、俺は先手を打って教職員に頭を下げに廻る。無理矢理にコイツに頭を下げさせたのが効いたのか、それともどこかの見えざる手が働いたのかは判然としなかったが、結局たいした処分は無く、大きな騒ぎにならずに済んだ。
だが、元不良仲間の嫌がらせを文字通り返り討ちにしたこの一件のせいで、アイツはまたも学園中から不可触の存在として皆に認知されたらしかった。
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