第156話 親愛なる友人

「あそこは呪いが掛かってるから無理よ」


「え? なんだって?」


主人公、戦野武将の部屋にある開かずの間。ウォークインクローゼットの最奥にある、なんの変哲もないただの壁。しかしその壁、家の間取りと合わない。


「いつだっけぇ? この間あなた私たちに聞いたわよねぇ? 彼の過去を」


「あの壁の向こうにはその『過去』がある。暗い暗い心。悲しみ、憎しみ、怨み、苦しみ、殺意」


テレビから目を離さないまま語り出す。無表情のその顔からは若干の苛立ちと諦めを感じ取れた。


「実はまだ彼が強くなるって言ったら驚く?」


「なんだと?」


「…心から信用されてないから、まだ完全に融合してないのよぉ」


リエッセは驚いた。んなバカな。あんだけくっついててヤりたい放題してて、聞いた話じゃほとんど不死に近いほどだと。心臓なんか結晶化してもはや人間離れしたと。


「お前らで信用されねえってどんだけだよ」


「私達でも彼の過去の記憶、覗けなかったのよ。あの壁の呪詛もまるで剥がせなかった」


「でもさっき、壁の向こうにあるって何かあるって知ってたじゃねえか」


「んふ。あなたアレに手を出してないのねぇ。やれば伝わってくるわよぉ。何にもなかったらああはならないわぁ」


「ただし負の感情に飲み込まれても自己責任で」


心の中で舌打ちした。なんだってんだ一体。じゃあなんだ? わざわざ故郷の国まで来てくれたのも、助けてくれたのも、ハワイの海で生き返らせてくれたのも、全部なんだってんだよ。


「お義母さんはなんか知らないんですか」


「えー、知っらなーい」


白々しい。知っている。全て知っている。知っていてこう言っている。半ば八つ当たりで話を振ると、明らかにそんな態度で知らないと言った。彼女は義理の母とはいえ、武蔵野のデータベース通りなら直接武将と瑠姫を引き取りに行っている。兄妹の事情を知らないはずがない。


「ま、勝手に人の心なんて覗くものじゃないわよー」


「そりゃそうですけど…」


武蔵野のデータベースにも兄妹の事情については載っていない。そもそもその項目が存在していない。最初から載せるつもりがないのだ。会長のババアに問い詰めてもすっとぼけて話にならないだろう。


(唇を重ねても心は重ねてくれねーのか。どっちなんだよお前?)


募る不安、にわかに湧く不信感。


「くよくよ悩んでても仕方ねえ。いっちょやってみっか!」


「流石脳筋キャラ」


「ああん?!」


ところ変わってカナダ、バンクーバーのある家。


「パパ、ママただいまー」


「おかえりなさいリーシャ、大変だったわね」


「キミが八人目のござるくんかね? 見かけと違ってなかなかダイナミックなことをやる男じゃないか。さあほら、荷物は部屋に置いてきてゆっくり話そう」


空港からバスに乗って、市街地に出てしばらくして住宅街でござる。なんだかスーパー違和感。というかこれが本来のはず。あれか、ことあるごとにリムジンでお出迎え来るのが当たり前になってたからでござるか。


「ああと、お世話になります…?」


待ちわびて玄関まで出てきていたリーシャさんのご両親に迎えられる。荷物を部屋に置いてリビングに戻って、淹れてもらったココアを飲みながら話す。ご両親も好きなのかあちこちに植物がいるでござる。そのご両親はなんだかだいたいのところは知ってるご様子。


「さて、改めて自己紹介しようか。父のコーリーだ」


「母のサラよ」


「戦野武将です、ええと、この度は…」


「いいっていいって、そんな堅苦しくなくて。あー、ござるくん、それよりもその耳に着けているが話に聞くなんでも翻訳機か? 世の中便利になったなあ」


ちゃんとした挨拶を…と思ったら止められたでござる。こんな顔合わせでいいのかな…?


「それいくらするの?」


「…これいくらするでござる?」


「ガクッ! ええー、ずっと使ってて知らなかったの?」


だってレイミさん適当にぽいぽい渡してなんも説明しないでござるー。


「一個1億円だよ」


「なん…だと…」


「あらやだ高いわぁ」


「そんな高価なもんを勝手に持たせないで欲しいでござる…」


今着けている無線イヤホンタイプ、両耳に着けているから2億円? それともセットで2億円。地方の安い建て売りなら家が何戸もで買えるでござる。間違って落っことしたらとんでもない、かばんに入れとこ。


「パパはいっつもそれ欲しがってるのよ、海外旅行で便利だって」


「確かにこれがあったら道を聞くにも困らないでござるね」


「あ、そうだわリーシャ。庭園からたまにはこっちにも顔見せてって言われたわ」


「はーい」


「庭園?」


「この子が何が出来るかは知ってるわよね? それを頼りにしているところがいくつかあるの」


「観光客がよく行くコースにも含まれてるからな、いると助かるんだそうだ」


なるほどー。荒事ばかりのロイヤルセブンで唯一平和的な力の持ち主でござる。というかこの手の類いの異能力者はたぶんリーシャさんだけじゃないんだろうけど、自由自在の思う通りに植物を操るレベルにあるのは彼女だけだと。


「じゃあちょっと行ってくるよー」


「夕飯までには戻るのよ」


「はーい」


え、今行くでござる? いやあの、来たばっかりの人の家でそれはちょっと困るといいますかなんといいますか気まずい…。


「ん? 大丈夫だよ、パパ~っと走ってパパ~っと帰ってくるからー」


吾が輩の視線に気が付いたのか、リビングのドアから出ていく前に一言掛けてくれたでござる。そりゃあマッハで走れるからすぐ帰ってくるだろうけど、そのたったパパーっとの時間が居づらいんでして…。


「あっ、もういない」


「あの子相変わらずマイペースねえ」


「いいことじゃないか。時にござるくん、娘のことはどこまで知ってるんだ?」


「あの子、自分のことは全然話したがらないから」


そういえば出会ってからのことは知っているけど昔どうだったああだっという話は聞いたことないでござる…。吾輩が言えたことじゃないかもしれないけど。


「どこまで…と言われましても、吾輩が分かるのは出会ってからのことだけでござる」


「あの子ね、今でこそああだけど、前はいじめられたりされたからずっと一人ぼっちだったのよ」


「えっ?」


いつもぽやぽやしてる人が一人ぼっち…?


「リーシャさんがいじめられてた?」


「やっぱり知らなかったか」


「あの子自分のことは話したがらないから」


いっつもおっとりまったりでロイヤルセブン唯一の良心で最も穏やかな人。THE・ベストオブ良い人。そんなあのリーシャさんがいじめられてたとは想像しがたいでござる。


「あの子ね、元々はあんな力じゃなかったの」


リーシャさんの能力って言ったら植物を自由自在に操るという、ロイヤルセブンで最も平和な力でござる。吾が輩やその他メンバーみたいな荒事ばっかりにしか活かせない能力じゃないのに。


「元々はあんな力じゃなかったってことは、どういうことでござる?」


「あの子の力はあの子自身の影響を受けやすかったのね、特に精神的な影響を」


窓に目をやり、遠いどこかを見ているお母さん。いやお母さんって呼んでいいのか分からないけど。


「最初は何かの間違いというか、精神的な病気か何かだと思ってたんだがどうにもそうじゃなかった。あの子は植物と話すことが出来る」


「植物と話すって…、それはどういう風に?」


「今の私達と同じようによ」


「それは今も?」


「ええ、きっと」


バカな。なら成長の強制やその結果早まる寿命によって枯れるときも、ついこの間だってその能力をいかんなく発揮したでござる。まさか。


「彼女が戦いにまったくと言っていいほど参加しないのはそういうことだったでござるか」


「植物にも色んなヤツがいるらしい。最初から最後までありがとうと言うヤツと、最初から最後まで憎しみをぶつけてくるヤツ、最初から最後まで悲しんでいるヤツ。いっつも機嫌がコロコロ変わるのもいたな。とにかく植物も人間と変わらないらん」


「その力に気が付いたとき、あの子はまだ物心が付く付かないの頃だったの」


「喋ってしまったんでござるね、そのこと」


「周りの子ども達からは気味が悪いって、石を投げられたり花壇を荒らされたり」


花壇を荒らされたなんて、吾が輩達人間に置き換えてみれば死体の山を見せられているのと同じでござる。もっと言えば、最期の言葉を聞いたり最期の顔を見ている。吾輩は先日の飛行機のときに何をさせた…?


「そしてある時、ついに起きてしまったの」


「…………」


冷めたココアを運ぶ手が止まった。嫌な想像しか出来ない。異能力者がそのチカラをはっきり顕現させるときに事件事故は憑き物でござる。


「あの子がすすり泣き、うつむいているところに石を投げようとした子どもの手に、突然バラが突き刺さった」


「無数のトゲがその子どもに向かって伸びていたの。明らかに意思を持った行動をして」


「その事件を機に、ついに明確な迫害になった。私達が服の下の傷を知ったのはそれからしばらく経ってからだった。リーシャと仲の良いツタが教えてくれたんだ。ずうっとリーシャの服の下に潜り込んでいたからおかしいと思ってまくったんだ」


「家に帰ってきて傷だらけだったときも、私達が問い詰めても転んだだけって絶対に口を割らなかったあの子を見るに見かねたのね」


「まったくどっちが助けられているのか分かったもんじゃないな」


自嘲気味に笑うお父さん。まるで親失格と言っているようでござる。娘には何にもしてやれていないと物語っている。


「でもね、植物達に悪意はなくって、自分達を守ってくれるリーシャを傷付ける誰かが許せなかったのね」


「でもそれはっ」


「そう、でもそれは友達であれば当たり前かもしれない。でも他の人達には伝わらないわ。みんながみんな、あなたのように理解を持ってることはないの」


だけどそこまで大事になっていたら周りの大人達だって分かっていたはずなのに、なぜ助けなかったでござるか。


「リーシャは自然に愛されているし、リーシャも自然を愛している。そしてリーシャを愛する私達もまた、自然に愛されている。もちろん私達も愛している」


驚いた。お父さんが手を何もないところに伸ばすと、窓の縁にある一輪のバラが小さな花瓶から茎を伸ばし、まるでペットの動物が撫でるのをせがむように絡みついたでござる。


「このバラの子はね、その時からの付き合いなの」


凄い。バラのはずなのにトゲが一切ないでござる。植物が人間を慕って傷つけないようにしていると? お父さんお母さんも異能力者でござるか? 困惑する吾が輩の前にもう一本茎が伸びてくる。ウネウネと様子を見た後、そっと頬に触れてくる。


「…彼女は今まで通り前線には出ないようにします。反対があっても押し切ります。どんな異論も認めません」


そっと茎を撫でると、まるでありがとうと言っているかのようにバラは花を咲かせた。

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