第155話 トップシークレット

観光もそこそこにいよいよリーシャさんの実家へ向かう。といっても、トロントからバンクーバーまで飛行機で片道五時間。ヒーローとして入国してないのでちゃんと飛行機で飛ばないといけないでござる。


「結局移動で一日が終わるとは…」


「わたしはずっとこのまま二人きりの方がいいんだけどなあ…」


長くは続かない二人きりの時間。少しでも触れ合っていたいのか、日本を出るときから四六時中くっついたまま。子どもじゃないんだから分かってる、そんな儚い顔をする彼女がいとおしくて頭を撫でる。


「えへへ」


幸せそうにもっともっとと擦り付けてくる。ウサギかな?


「…妙でござる」


「…フライト時間、もう過ぎてるよね?」


朝の便に乗ってもう三時間。片道五時間といっても五時間飛びっぱなしということではなく、前後の時間を含んでいるでござる。実際に飛ぶ時間は二時間とか二時間半がいいところ。


「見てリーシャさん。こんなに近くで上も下も飛行機だらけでござる」


窓から外を見ると肉眼ではっきり捉えられるほど多数の航空機が旋回を繰り返していた。


「何かあったんだよ。機長室に行こう」


「えっ?」


普段のおっとりした彼女はいずこへか。パッと席を立ち上がると乗務員さんの制止をものともせず振り切って無理やりコックピットへと入り込んで行ってしまったでござる。


「お客様! 困ります!」


「なんだねキミタチは!」


「今から見るものは見なかったことにしてください」


「なにい?」


「変身!」


「ヘシン!」


「あっ」


「ロ、ロイヤルセブン…」


「と変態」


「いや変態じゃないですでござる」


間近で見るのは初めてだと言わんばかりの機長さん達。変態ではありませぬ。


「何があったんですか?」


「実は何が起きているのか分からないのです。管制塔に聞いてもそのまま旋回せよと繰り返すばかりで」


妙齢の白髪に染まった機長さん。そうとうなベテランであろう彼は眉間に皺を寄せてむしろこちらが聞きたいといった態度でござる。隣の副機長は怒り半分困惑半分といった表情で操縦悍を握っている。


「これだけ航空機が固まって飛んでるんだ、何もないはずはないでござる。しかし燃料が切れるまで時間の問題ですしおすし。機長さん、こういった状況のご経験は?」


「ありますがだいたいは空港の天候不順が原因です。燃料の心配をする前に別の空港へ飛ぶか引き返すか判断します」


ごもっともでござる。コックピットに四人も五人も集まって頭を抱えていると、上から目の前スレスレを両翼が燃え盛っている航空機が横切った!


「アレか!」


「いかん、墜落するぞ!」


猛烈な勢いで落ちていく。このままじゃ大惨事でござる!


「機長さん、非常コック開けていいでござる?」


「ダメだ! 気圧差でどうなるかなんて映画で見たことくらいあるだろう! あれはまんざら嘘じゃないんだぞ!」


いやいやいやいやだからってこのまま落っことすワケには行かないし飛び出さなかったら見殺しでござる!


「じゃあ窓ガラス叩き割って」


「それじゃ同じじゃない?」


えーとえーとえーとえーとえーとえーと吾が輩炎系だからえーとえーとえーと


「陽炎分身の術!」


ぼんっ!


「思いつきでもどうにかなるもん!」


「な、なんだこれは」


ゆらゆらと姿形そっくりな陽炎が現れ飛び出して行った。


「実体のないラジコンみたいなもので吾輩の力で光を無理矢理屈折させて投影することによって物質をすり抜けられるからえええい細かい説明はいいからあの機体を支えないと!」


「実体の無かったら触れないんじゃない?」


「…………」


あれ、ダメじゃねこれ。


「やっぱりドアから」


「ダメだと言ってるだろう!」


「うるさいうるさいうるさいうるさい! 気圧差発生しなきゃいいんでそ?! ナリアさん植物で吾輩

をドアごと完全に密閉してください!」


「なにするの?」


「インターロックドア」


一方の扉が閉じていないともう一方の扉が開かない、エレベーターは各階全ての扉が全て閉じていなければかごは移動しない、車はドアが閉じていなければアクセルペダルを踏み込めないといった感じの装置とかそんな感じ。


「完全に密閉して開けたらすぐに閉めればいいでござる!」


「むちゃくちゃだ!」


「むちゃくちゃでもやるときゃやらなきゃ人が死ぬんですよ!」


すぐに機長室を出て扉の周辺にいる乗客は全て避難させ飛び降りる!


バァン!


バァン!


バァン!


「おっしゃああああ!!!! 青龍たーん!」


「テレビで見てました! あの燃えてるの危ないから斬り落とせばいいんですね! 任せてください!!!!」


「えっ? ちょっ?!」


「高圧洗浄剣!!!!」


ザンッ!


あかーん!!!! この巫女バカだああはああああ!!!!!!


一撃で斬り落とされたエンジンは運良く空港の敷地内に落下するも、燃え盛る火の玉になってドックに直撃し粉々に砕け散りもうしっちゃかめっちゃかでござる!!


「あれぇー?!」


「あんたもアホねええええ!!!! ちょっとだけにしてよおおおお!!!!!」


軽くなった機体はもうほとんどただの棒になり垂直になってもう衝突しそうでああもうこれオワタ\

(^o^)/。吾が輩のせいじゃないでござる! 吾が輩のせいじゃないでござる!


(間に合わないっ!)


もう落ち着いて素数でも数えようかと思った矢先。一瞬にして海が滑走路になだれ込み、巨大な氷の滑り台を形成した。※バンクーバー国際空港は目の前が海です。滑る途中、車輪が吹っ飛ぶもなんとか胴体着陸した機体の前方に回り込み二人で止めた。


「なーにやってんのー」


「シオンさん!」


「シオンさん!」


「仮面着けてる非常時くらいHN《ヒーローネーム》で呼びなさいな」


「それももう死んでる設定だし」


「やめなさい」

久々のツンデレ狂犬。まさかこんなところで再会とは驚きを隠せないでござる。


「なんでカナダに?」


「仕事よ。仕事終わってオフが取れたからラスベガ

スに遊び行こうとしたら例の事件で、それどころじゃなくなったから暇をもて余してたのよ。そしたらエンジントラブルで落っこちそうって言うから」


「助けに来てたと。…知らなかったとはいえひょっとして余計なことを」


「したわねめっちゃしたわね」

爆炎燃え盛るドック、けたたましく鳴り響く消防車と救急車のサイレン、飛行機の窓から突き刺さる乗客達の白い目。


「青龍たんしばらくおやつ抜き、ゲーム禁止」


「ええっ」


「『ええっ』、じゃないでござる! あのねえ!」


「まー、あそこも避難済みだったから人的被害はないけど? さーお仕事お仕事。早くこの機体と滑り台をどけないと、着陸待ちの邪魔になるわ」


どっかの借金駄女神ですらモブ生き返らせるくらい出来るのにウチの巫女ときたら…。その後ソッコーで片付けして消火して取り敢えず大量の着陸待ちだった飛行機を降ろしでござる。


「あれー、ファングだー。…チッ」


「ねえちょっと、今舌打ちが聞こえたんだけど」


「人の婚前旅行に顔出しちゃダメだよー」


着陸してきた内の一つから降りてきたリーシャさんもといナリアさん。今さらだけど皆キャラクター名かヒーローネームは花の名前から取ってます。


「あーそー。なら早く行ったら? シッシッ!」


「うわっ、感じ悪ー。私たちの荷物だけ先に出してもらって早く行こー」


「えっと…」


ナリアさんに手を引かれて、後ろ髪を引かれて振り返る。


「気は遣わなくていーからはよ行きなさい。私はまだここの処理があるし、人を待たせるのは良くないわよ」


大人でござるなあ。シオンさんの方がリーシャさんより年下なのに。アイドル歌姫って普通の仕事じゃないけどその分経験値が違うでござるか。






その頃の戦野家






「あちゃー、まぁーたやっちゃったよ会津高原尾瀬口」


バリバリ


「リエッセさんお通ちゃんみたいなツッコミやめて」


「お義姉さんと呼んでくれたまえ」


バリバリとお煎餅にかじりつきながらテレビに群がる暇人多数。女が五人も集まっているが今週は三連休だ。まあやっちゃったのは青龍たんなんですけどね。


「つーかシオンに連絡あったんなら管制塔通して言ってやりゃあいいのに」


「誰がぁ?」


「レイミ。アイツがロイヤルセブンの司令塔だから」


「あー」


かつての世界貿易センタービル事件を機に、大きな事件事故はリアルタイムで生放送されている21世紀。ニュースになるよりも早く世界に届く。


「お兄ちゃん高校も行ってないしマトモに働いてないからこういうことにはやっぱり…」


「やっぱりアタシらで教えるべきだったか」


「教える気はあったのね」


まったく同じ顔、同じ声のなずなたんコンビ。喋り方しか変わらないからややこしい。トモミンのご先祖様なのでツインテールにして三人揃うとさらにややこしい。誰が誰だか見分けがつかない。


「教える気はあったっていうかマジで教育するかみたいな話はあったんだけどよー、いかんせん時間が掛かりすぎるから」


「そうねえ。あの子の天賦の才は偏ってるわねえ」


戦野家のおかん、戦野真姫。趣味はBL。


「そういえばアイツの部屋にさ、開かずの間があるみたいなんだが誰か知ってる?」


「それ、ウォークインクローゼットの奥のことですか?」


「そうそう。押しても引いてもぶっ放してもびくともしないんだよ」


「リエッセちゃん、家の中で大砲使ってたのはそういうことなのね」


「すんません」


戦野家で唯一誰一人として知らない開かずの間。ウォークインクローゼット。平たく言うと納戸みたいな場所。間取りを見ると、少し余っている。実際この大きな家は不自然に使われていない『余っている』部分がいくつかある。


「あそこはね、呪詛が掛かってるから無理よ」


「え? なんですって?」

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