第145話 それを言うなら横島ポジだろ

技研から帰ってくるとリビングにうじゃうじゃしていらっしゃる文字の羅列が塊になった虫? のような小さくて黒い何かがカサカサしていたでござる。


「ちょっとヤダどこ入ってあっんんっ、やぁ…」


「コロナフラッシュ!」


ぺかー!


「消えた…」


「一匹だけ取っといてあるぜ。ほら」


「ひぃ!」


「人の手噛みやがってこの野郎」


リエッセさんが握り拳に隠していた一匹を放す。うーん、こりゃ新手のゴキブリでござる? …なんだコイツ、漢字?


「一体なんなんでござるか?」


取り敢えず頭と尻尾はある模様。尻尾を掴んでよく見てみるとその体は何か文字が蠢いているでござる。


「あーっ! 教科書が真っ白!」


「教科書?」


「晩御飯の前に勉強しようと思って教科書開いたらさっきみたいにわさわさーっ! って出てきたの!」


「瑠姫ちゃんが珍しく勉強しようとするから」


「わたしのせい?!」


「まあまあ。ウチには古代の巫女が二人もいるんだから見てもらえば何か分かるだろ?」


それもそうでござる。しかしその二人の姿が最初から見えないでござる。


「なずなたーん? 青龍たーん? …出ないでござる」


「タケちゃんはそれ電話なの? 無線なの?」


「ちょっと二階行ってくるでござる。ソレは何か容器に入れといて」


まったくあの二人は何してるでござるか。リビングに飾られている神剣を太陽と月の眼で透かしたら魂が入ってなかった空っぽのただの模造刀だったでござる。


ガチャ


「ちょっとー、そこのお二人さん」


「今いいところだからもうちょっとぉ」


「このロングパット入れればバーディですから」


吾が輩の部屋に入ると案の定ゲームに没頭している二人。テレビから視線を外さないまま返事しているでござる。


「なに仲良くみんゴルやってるでござるか。ていうかね、いまさらだけど人の物勝手に触ったり食べたりしちゃいけませんて習わなかったの?!」


「「そんな昔のことは忘れた」」


そりゃね? ゲームは古い新しいに関わらずソフトもハードも揃えてあるし、色んな邦画洋画のDVDやBDもたくさんあるし、冷蔵庫もエアコンもあるしお菓子の買い溜めもあるけどね? こうなりゃ電源コードを…


ブチィッ!!!!


「「あ"ー!!!!」」


「早く下に降りる!」


「「はーい…」」


( ´・ω・`)ショボーンな二人を連れてリビングに戻る。これじゃどっちが年上か分からないでござる。あの小さな黒いアイツは空ビンに入れられて弄ばれていた。


「こうしてみるとけっこう可愛いかも~」


「やだきもい。お義姉ちゃんなんで素手で掴めるの?」


「なあにこんなのゴキに比べたらカワイイもんだよ。ゴキの鷲掴みやってみるか?」


「うええ」


「おいこらそこのアマゾネス。妹君に変なこと吹き込まないでほしいでござる」


「誰がアマゾネスか誰が」


普通の人はおっぱいは掴むけどゴキブリの鷲掴みなんかしないでござる。


「コイツを見てほしいでござる」


「コイツ? なにこれかわいー。なんにも悪いところなんか見えないよ?」


「これはあやかしでも物の怪の類いでもありませんね」


「さっきパンツに入られたもん!」


スマホ<でででーん! でんでんでんでーん!


「貧乏旗本の三男坊かよ」


「レイミさんからでござる。もしもし?」


『書類がqあwせdrftgyふじこlp!?!?!?!! あんたまたなんかやったでしょ?!』


ついに頭おかしくなったでござるか。


ぶちっ


スマホ<でででーん! でんでんでんでーん!


「貧乏旗本の三男坊かよ」


「また掛かってきたでござる。もしもし?」


『だから書類がqあwせdrftgyふじこlp!!!!! 電話切らないでよ!!!』


やっぱり頭がおかしくなったでござるか。


「まあ落ち着いてレイミさん。落ち着いてヒッヒッフー、ヒッヒッフーでござる」


『ヒッヒッフー、ヒッヒッフー』


「明日そっち行くから落ち着くでござる。レイミさんなら稲妻かなんか光らせれば消えると思うから、じゃ」


ひとまず深呼吸してもらって解決方法だけ教えて電話を切る。もう完全にクレーム処理係になってしまったでござる。たまには差し入れでも持ってこうかな。


「レイミちゃんなんだって?」


「パーペキにパニクってたでござる。たぶんここと同じことが起きたんじゃないかと。で、丸一日掛けて処理した書類がパーになったと」


あ、そうだ。今度レイミさんの前髪あんな感じにして黒いインナーに赤いジャケットとホットパンツ着せるでござる。


「へー、そりゃ御愁傷様だな。取り敢えず晩飯にしようぜ」


「コレどうする?」


「そんなの早く消しちゃって!」


「じゃあーあぁ、貰っていーいぃ?」


「いいでござるが…なにすんの?」


「ククク、こういうのを見ると誰がやったのか興味をそそられますねぇ」


お、巫女組が悪い顔してるでござる。なにか企みでも思いついたのかな? それともマッドサイエンティストかな?


「ところで父上が朝からいないけど、どこ行ったでござる?」


「お父さんなら皆で海へ釣りに行ってそのまま酒盛りしてくるって、朝早くに出てったわよ」


「ただいまー」


「噂をすればお義父さんだ。持ちますよ」


「ああ、ありがとう。魚を冷蔵庫に入れないとね」


恐らく魚と氷を詰めたであろうクーラーボックスを肩に掛けて帰ってきた父上。


「おかえりー、早かったわねあなた。飲んでくるん

じゃなかったの?」


「その予定だったんだが、飲み屋に入ってすぐそこら中から文字が浮き上がって立ち上がってうろうろしだしてなー。皆疲れてんのかなーってなって早々に解散したんだ」


「それってこんなの?」


巫女組につつかれて弄ばれてイジられて、分解されてまたくっつけられたりしているかわいそうな黒いのを指差した。そんなんしてスケスケ痴女と8000歳ストーカー娘に何か分かるでござる?


「そうそう! それそれ!」


「ってことはここだけじゃないんですね」


「ちょっと友達にLIMEしてみる」


ポッと思いついたようにパタパタとスマホになにか打ち始める妹君。返信がきた瞬間般若の顔をしてスマホのスクリーンにヒビを入れた。妹君、それまだ買ってあげたばっかでござるよ。今ビシッて音したんだけど。


「皆なんともないってどういうこと?!」


「グループ?」


「そうだよ! グループで聞いたら皆なにそれって言うんだけど!」


「なんで瑠姫ちゃんの教科書だけ?」


ふと、なんの教科書かなと放り投げられっぱなしのそれを手に取る。真っ白になった教科書をパラパラと雑にめくっていくと何ページか一部分だけ不自然に残っているでござる。


「妹君、この教科書って古典でござる?」


「そうだけど?」


「犯人、見っけたでござる。たぶん。美神さん風に言うなら妖気がビンビンってやつでござる」


「いやそれを言うならお前は横島ポジだろ」


開いた古典の教科書に不自然に残っていたのは和歌とその作者。特に作者の名前が異様な存在感を放っていたでござる。


「【菅原道真すがわらのみちざね】」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る