第134話 通りすがりの最強のちりめんどんや
「シャンゼリゼ通りって思ったよりも長くて大きいんですね」
「『通り』と聞くとアメリカの街並みのような『ストリート』を思い浮かべるかもしれません。日本ですと商店街の方がお馴染みですかな」
長さは3km、幅が70mという大きさ。並木道になっていて、東はコンコルド広場から、西は凱旋門のあるシャルル・ド・ゴール広場まで続く観光スポット(Wikipedia参照)。初めてフランスに旅行したら寄らないワケにはいかないでござる。
「初めに謝らなければありません。申し訳ありません、今日は奥様のお加減がよろしくなくお嬢様は…」
「仕方ないでござる。なかなか込み入った事情があるみたいですし、久しぶりの帰郷ですしおすし」
「お気遣い痛み入ります」
「というか爺やさん、日本語出来るんでござる?」
「主要7か国程度です」
いやいや十分どころか十二分でござる。なんというマルチリンガル。荷物の中に翻訳インカムの新型が勝手に突っ込まれて『テストよろしく(はぁと』ってキスマーク着いたメモが入ってたけど、どうやら出番は多くはなさそう。
「凄すぎわろち。正直言うと俺は爺やさんに用があるんでござる」
「なんなりとお申し付けください。今日一日、お嬢様に代わりましてお供させていただきます」
「じゃあ早速。昨日夕食に遅れた理由はコレなんですが、心当たりありますでござる?」
まずは有名なところから。エトワール凱旋門に歩きながら話す。尻のポケットに入れてきた布切れを見せる。
「これは…。内偵の最後、異形の者に襲われたのです。入手には至りませんでしたが、確かにこの刺繍を見ました」
「この刺繍はサード・アイの前身組織、カラミティのマークでござる。地元で戦いますた。人体実験と生物兵器の開発が主な目的だったようで」
「人体実験から生物兵器…」
「昨日、コレに結構な数をけしかけられまして。ただ、生物兵器というよりただの腐った死体のような不気味な連中でござる」
「なるほど…」
刺繍の布切れをまじまじと見つめている。この人は大戦中にスパイかなにかでもやっていたんでござるか? 何ヵ国語も話せる上にこの物を見る眼。並みの執事には見えないでござる。
「人間関係について聞いても?」
「あまり多くは語れませんがそれでよろしければ」
「カレンさんは妾の子と聞きましたが、どうにもそれぞれの人物の年齢が合わないのが気になってるでござる」
最上位のあの男性とカレンさんのお母さんはだいたい同じぐらい、40代後半くらいに見えたでござる。けど今のあの奥さんはどう見ても30前半かその手前。でもカレンさんはもう16歳。ひょっとして離婚? でもそれなら妾とは呼ばないと思うでござる。
「…実は籍をお入れにならなかったのです。正確には身分の違いから認められなかったのです。そこに現れたのが現在の女狐です」
「子をなして認知もしている、でも籍は入れさせなかったと…。そこに横槍があって、先に籍を入れてしまった」
「そうです。そして今、旦那様のそばにいるあの女性。彼女は身分も階級も奥さまより遥かに上、名家の生まれにして完璧な経歴の持ち主。美貌も文句は無し。誰もが認めてしまいました…。そしていつからか密やかに囁かれ始めたのです、『アレは妾だ、妾の女に用はない』と」
大変クソッタレでござる。子どもを認知しないのは聞いたことがあるし本当に事情がある人もいるかもしれない。けどこんなバカな話があってたまるか。なんなんだ『用はない』って。
「もう一つ聞いてもいいですか?」
凱旋門の目の前まで来てピタッと足を止める。
「尾行してきている男に見覚えは?」
「ええ、ありますとも」
「ちっ!」
「追いましょう!」
「待てコラ!」
逃がさんでござる!
「待てコラァおどりゃボケ!」
「いけませんな、今日は特に人が多いですぞ!」
凱旋門そばに繋がる地下道を逆走し人混みを掻き分けて不審な男を追いかける。
「くそっ! どいて! どいてくれ! 誰かその男を捕まえてくれ!」
爺やさんの言う通り観光客が多くどんどん引き離されていく。男は驚くほど速く人混みをすり抜けとうとう視界から消えてしまったでござる。
「いない…」
地下道から地上に上がり、最後に裏路地に入ったところまで追いかけたが既に男の姿はなかったでござる。
「抜かりました、申し訳ありません」
「抜かったのは吾輩もでござる」
肩で息をしながらあたりを見回すが最早無駄な行為だった。
<ピピピ!
「ちょっと失礼」
爺やさんに電話なのか、スマートフォンを取り出して声を潜めながら話し始めた。が、すぐに声を荒げたでござる。
「なにをやっておったのだこの馬鹿者が!」
驚いてビクッと反応して振り向く。すぐにでも辺りの捜索に行きたいところだがそれどころの様子ではなさそうでござる。あんなに穏やかな爺やさんが怒りに満ちた表情をしているでござる。
「…申し訳ありません、先手を打たれました」
みしみしとスマートフォン悲鳴を上げ、握り潰さんばかりに手に力が籠っている…。この爺やさん、普通の人に見えるのにスマートフォンが軋んで悲鳴を挙げるほどの握力って……。
「な、なにが?」
「奥様が誘拐されました。お嬢様が奥様に昼食を作ろうとそばを離れた隙に襲撃されたとの報告です」
「!!!」
く、クソッタレ! 略奪して妾呼ばわりして人さらいとはどこまで腐れば気が済むんでござる!
「どれ、話を聞こうかの」
「だっ、誰だ!」
「なあにただのジジイじゃよ」
突然背後から声がした。振り向くとさっきの男を縄で縛って引きずってくる老人が杖を着いて歩いていたでござる。その人は姿勢が良くしっかりした足腰でまるで年齢を感じさせず、紳士然とした服装でこのヨ☆ーダ本当に杖必要かと思ってしまう。
「お主らの探しもんはこやつで間違いないかの」
「間違いありませんが…どちらさまでござる?」
「!! ご、ご老公様…! お久しぶりでございます!」
「お? おお、お前か。なんじゃお前、まだ働いとったのか。早々に顔馴染みに会うとは面白うないのう。せっかく通りすがりのちりめんどんやと名乗れるかと思っとったのに」
え? なに? どういうこと? 吾が輩の脇で深々とお辞儀をする爺やさん。なんだお前かよみたいな態度でつまらなそうにしている老人。ぐるぐる巻きにされて釣り上げられた魚のようにピチピチ跳ねてる男。さっぱりついていけないでござる。
「ご老公様、実は…」
「あの、話の前にこのご老人の紹介を」
「し、失礼いたしました…!」
エラい動揺してるでござる。
「このお方は旦那様のお祖父様、つまり先々代の
「…VOLVO?」
「それは車です」
「まー今どきの若もんに言うたところで齢一世紀越えのジジイなど分からんて。それよりほら、話をせい」
「はっ、実は…」
吾が輩がフランスに来る前と来てからの顛末を事細かく説明したでござる。長く蓄えたあご髭を撫でながら静かに聞いているぬらりひょん。
「ほー、そんなことになっとったんかい。そういうことならジジイに任せるがよい。まずは人払いと憲兵じゃの」
おもむろに懐からスマートフォンを取り出す先々代というご老公。このぬらりひょん最先端の端末を使いこなしてるでござる。一体どこに掛けてるんだろう。
「いざ往かん若者よ。己の女は己で取り戻さんとな」
「い、行くとはどこに?」
スマートフォンをしまいピチピチ跳ねてる男を引っ張り歩き始める。吾が輩の問いにニヤリと口角を上げて答える。
「突撃に決まっとろうが」
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