第133話 灼髪の戦姫

「皆様お集まりいただけましたか?」


「ええ、これで全員です」


裏庭に序列十三位までが一堂に会する。目の前にはブルーシートの掛けられた死体が横たわっているでござる。


「私はパリ警視庁の者です。ご覧の通り、この裏庭で殺人事件が発生しました。なので遺体の身元確認をお願いいたします。何かお心当たりがあれば教えください」


スーツの警察官がブルーシートを剥がし変死体を見せる。被害者は20代前半の男性、身長172cm、体重65kg。服装から察するにこの敷地で働いている使用人の一人と思われる。全身が紫色に変色していてとても普通の殺人じゃないでござる。


「彼は昨晩遅くにここで誰かと会っていたという目撃証言がありました。失礼ですが皆さん昨晩は?」


「昨晩は夕食会があり、その後はおのおのが自由でした。とはいえ一人きりではありません。みな自分の執事や妻を連れてきていますから」


「そうですか。ええと、そこの日本人の少年はどうかな?」


「夕食会の後はずっと用意された客室にいました」


「一人で?」


「いいえ、カレンさんと二人きりです(うっそぴょーん)」


「ふーむ。やろうと思えばやれるという状況ではありますが、皆さん証人がいらっしゃいますね」


被害者の死因は刃物で胸を一突き。出血性ショックにより死亡。今朝仕事に出てきたメイドによって発見され、今にいたると。肌の色は見つけた時には既に紫色だったという。とはいえ、刃物で刺されただけじゃ人の体が紫色に変色しないでござる。


「どうでしょう。一人足らないようですし、二人きりならいくらでも口裏を合わせられますわ」


「口裏合わせですか。一理ありますが、時差ボケの治らない日本人がわざわざフランスで殺しをする理由がありませんな。一人足らないとは…、お聞きしても?」


「母なら執事が付きっきりです!」


「ねえ刑事さん、この子の母親は徘徊癖があるんですのよ」


このBBAどうやっても吾が輩達に突っかかってくるでござるか。まだ寝てたいというのに。せっかくきょぬーの美少女と抱き合ってゆっくり寝ていたというのに。全裸で。


「それについては後で第一位の方に聞きましょう。皆さん犯人が見つかるまで外出はお控えください。最近だけで五件目ですし」


特に進展もないまま解散になった。なんだかこのお巡りさんちょっと変わってるでござる。仮にも貴族相手なのに媚びてないというか物怖じしないというか、タンパクでござる。天の邪鬼?


「すいません、ござるさん。来たばかりでこんなことに…」


「カレンさんが謝ることじゃないでござる」


一日経ってようやく落ち着いてきたのでちょっと近くを散策。人気ひとけのない路地を歩いて雰囲気に浸る。


「あの突っかかってくる女性は随分露骨でござるね」


「あの人は私と母さんを追い出したがっているんです。本当は向こうが妾のクセに、私達が良い暮らしして生意気だって」


「屋敷までかすめ取ろうと? ひどい話でござるな。ところでカレンさん、話は変わるんだけど、刑事さんが最近だけで五件目って言ってたのは…」


「…この屋敷の使用人が何人も殺されているんです。まだ犯人は捕まっていません」


嫌がらせかな? あの女に仕えているとこうなるぞと脅して離れさせようと目論んでいるのかもしれないでござる。それにしちゃいきなりぶっ殺すとは穏やかではない。それに嫌がらせで人殺しだったら過激でござる。


「おっと、おいでなすったでござる」


なんと分かりやすいことか。中世の仮面舞踏会みたいなマスクをした怪しげな集団に囲まれたでござる。


「今私は最高に機嫌が悪いんです。死にたくなければ帰れ!」


怒声とともに手から火焔を発し、四神剣・朱雀を召喚しながら全身が炎に包まれ、やがて炎が散ると変身していた。吾が輩も青龍たんをび出すでござる。


「ヘシン!」


「早いとこ終わらせて夕食にしましょう」


「シャアアアアアーッ!」


あ! 分かった! コイツら普通の人間じゃないでござる!


「さぁて、おいでなすったでござる」


「灰に帰れ!!!」


両手から火を噴き出して抜刀するカレンさん。いいなあ、吾が輩もああいうエフェクト欲しいでござる。


「ハァァァァァァッ!!!!」


「せいッ! フンッ! あーらよっこいしょーいち」


襲い来る謎の化け物共を斬り伏せ斬り飛ばし


「っていやあああ! 臭い! 気持ち悪い! 腐ってる!!!」


「今カッコいいナレーション掛けようとしたところで話の腰折るのやめて欲しいでござる」


「だってだって! 私でなんてもの斬ってるんですか!」


「え? ゾンビ?」


斬られた仮面舞踏会達は腐った体でとても柔らかくかつ汚い。そんな集団をスパンスパン斬り捨てまくり崩れたソレを見るとそれはそれは完璧に下痢。


「こりゃ捨て駒でござる」


「直接刀身で斬らなければいいだけです、こうすれば!」


朱雀がメラメラと燃え盛り、灼熱の焔を纏って烈火の如く真紅の刀身を造り上げたでござる。身の丈を超える刀身から発せられる灼熱の熱いこと熱いこと。


「おおカッコいい! 青龍たんこっちもああいうの!」


「似たようなもので良ければ! というか私が汚れなければそれでいいので!!」


突然四方八方から水の束が現れ急速に青龍たんを包み込み、汚れを洗い流しながら濁流として放ち清く澄まされた流水の刀身へと姿を変えた。


「水が汚れたらまた放って綺麗な水で作り直せばいいんです」


「さすが神剣でござる。名付けて高圧洗浄剣!」


「あの…、もうちょっとマシな名前に……」


「残りもちゃっちゃと片付けましょー!」


「せぇぇぇぇ! ハッ! であッ! ラアアアアア!」


おおおう、凄まじい鬼迫。これ吾が輩の出番無いかも。負けてらんないでござるなあ!


「ふっ、とぉっ、ぬぅっ! いぃぃぃりゃああああ! こっれで最っ後でござる!!!」


「えあああッ! …ふうっ」


しばらく戦い続けて敵の波が止まる。これは全滅させたか、これ以上は無駄と見て引いたか。とにかくひとまずは終わったことを確認して、刀身を元に戻すでござる。猛烈な火焔を纏っていた朱雀から白煙が立つ。


「コイツらのこの汚ったない肉体、肌の色が今朝の使用人の死体と同じでござる」


「袖になにか描かれてる…」


「おうふ、こりゃマズいもん出てきたでござる」


遺された衣装の袖に小さくマークが刺繍されていた。遠く離れた異国の地でこんな物騒な組織に出会うとは。


「ござるさん、知ってるんですか?」


「魔術系国際犯罪組織サード・アイの前身、カラミティでござる。この間の中学校の件で」


「まさか、フランスにまで?」


刺繍の部分だけ破き取って懐に入れる。てっきりサード・アイがあるからとっくになくなったもんだとばかり思い込んでいた。こう言っちゃ悪いけど、爺やさんはしくじって正解だったのかもしれない。身の危険が半端ないでござる。


「さて遅くなったでござる。屋敷に戻りましょう」


「はい」


―――――――


緋色ルージュ序列十三位、最上位邸宅のある一室。


「あっ、ああ、はあ…、んん…。失敗したですって?」


「使い捨てのデミ・ホムンクルスを合計100体ほど差し向けたが…、全て撃破されたよ」


「チッ、ガキ二人に情けないと思いませんの? ん、はぁっ、あっ。これじゃあなたと私が一族を乗っ取る計画に支障が出るじゃない」


「かくなる上は…直接叩き潰すしかないさ。なぁに、奴は出来損ないの試作品しか知らない…。ほら、もっと腰をこちらに…」


「ああっ」


闇の中で交じり合う男と女。軋むスプリング。汗が滲む肢体。擦れて火照る柔肌。甘い蜜事の間に見え隠れする黒い企み。

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