第130話 暴れん坊貴族


「ふうー…」


アルバイト初日を早めに切り上げて、隠れ家サロン。塩素でバサバサになった髪を洗って、体も洗って風呂に浸かる。サロンの檜風呂は本当に広くて助かるでござる。サロンは存在自体が街ごと隠されているため、この街に住む人を雇って手入れをしてもらっているそう。


(調べたら檜風呂はワリとお手入れが大変なんだとか。そういえばここで用務員的な人見たことないけど掃除とか誰がやってるんでござる?)


「お邪魔しま~す」


おや、リーシャさんが入ってくるでござる。


「このあとマッサージだからよく体をあっためといてね?」


「突然なのにありがたいでござる」


「いいのいいの。なんだかんだでござるくん、ロイヤルセブンで最大戦力だし」


「吾が輩なんてまだまだでござる。急速に強くなった分、経験値がまるで足らなくて」


この間レイミさんに注意されたばっかだし。


「そういえば聞いたよー、リエッセさんとお付き合い始めたんだって? 私の順番ってやっぱり最後?」


「…ちょっとお聞きしたいでござる。吾が輩も確かにそうなったらいいなあとは思ってるけど、ロイヤルセブンの皆さんもハーレムする気でいるでござる?」


「うん、そうだけど?」


さらっと返されたでござる。どうしろと。逆にリアクションに困ってしまうでござる。


「今おばあちゃんも協力してくれてて~、与党に重婚法案出すように圧力掛けてくれてるって~」


「おばあちゃーん!!!」


あの人会長だよね? 世界の名だたる企業の五本指でトップに立つと言われている企業の頂点の会長だよね? 何してるでござるかあの人。


「まあ日本も人口問題あるからなんかしらの対策は必要だし」


「吾が輩一人のために国ごと変えるつもりでござるか…」


こええ。なんということでござるか。もはや運命を感じるでござる。よく『そういう星の下に生まれてきた』なんて言い回しあるけど、なんでこんな星の下に生まれてきてしまったのか。


「おつかれー」


「お邪魔します」


レイミさんとカレンさんでござる。どでかい檜風呂で男一人が女三人に囲まれる。やっぱこの星の下でいいや。右に女子大生、左にJK、向かい合って世界でトップと言われる企業の令嬢。これで不満のある男はいないでござる。


「プールでぶっかけられたんだって? 珠姫ちゃん職員室でお腹抱えて笑ってたわよー」


姉上ェ…。


「ござるさん、先に行っちゃうなんてひどいです。夕方待ってるって言ったじゃないですか」


「あっ、ひどいんだー。女の子との約束破るなんてー」


「汗と塩素でひどかったからしょうがないでござる」


そりゃね? リアルJKとの待ち合わせなんて甘酸っぱくて最高でござる。車に乗せて二人きり。他愛のない話をしながら…なーんて妄想したけどこうなったのは全部姉上のせい。


「ござるくんのお姉さんってどんな人ですか?」


「もう一人リエッセさんがいる感じ。すんごいそっくりよ。そしてなぜか強い」


「姉上は異能力者でもなんでもないはずでござる。けど地元(警察)じゃ有名人。素手でナイフをバラバラに砕いたり、サブマシンガンの弾丸全部キャッチしたりで」


「ひえー…、私より強そう」


言ってしまえば突然変異でござる。吾が輩みたいにきっかけがあったり前世の因縁があったりもせず、ただただ理不尽チートな強さを誇っているでござる。


「ござるさん、ちょっとお願いがあるんですけど」


「おっぱい揉ませてくれるならなんでも」


「フランス来ませんか? 正確には私の実家なんですが」


えー、うん?


「ちょっと手ぇ出して」


「はいでござる」


もみもみ。


「あんっ」


「はいフランス行きけってーい。お土産よろしくぅー」


「いいなあ~」


「取り敢えず凱旋門とエッフェル塔でござる」


もみももみもみ。


「あんっ」


「して、なぜに吾が輩がカレンさんのご実家に?」


「春休みに帰郷した際、【緋色ルージュ】の序列最上位に『お前なんぞに男の一人もおるはずがない』と言われまして、口が滑って婚約者がいるって言っちゃいました」


「うんうんなるほどってなるかーい」


「キレイなノリツッコミね」


煽られてそんな返しは相手の思う壺でござる。なーにやってだこの人。貴族の出身とは聞いてたし、立ち振舞いも他とは一線を画す品の持ち様。それでこれとは若い証拠でござるか。


「夏休みに連れてくるって言っちゃったのでなんとかお願いします」


「いや、もう夏休み目前でござる」


「武蔵野学園は皆いっせいに週末から9月まで夏休みよ? 1ヶ月もフランスいるの?」


「ござるくんツール・ド・フランス出てきなよ」


「あんなん出たら流石の吾が輩でも死んじゃうでござる」


ツール・ド・フランスとは自転車レースで最高峰と呼ばれるレースの一つ。優勝すれば世界最強の名を持つことになるけど、三週間近くをほぼ毎日約200km走る頭おかしいレースでござる。誰がやるかあんなもん。


「まあ、行くのはいいでござるが…。この際だから言っちゃうけど吾が輩はリエッセさんと一番最初にお付き合いすることになってる流れだから今すぐ誰かと婚約ってのは…」


「はい、本人から聞きました。それは承知の上です。本当は後ろから刺したい気持ちでいっぱいですが、後にハーレムとなって私もそばにいられるのなら今は良しとします」


う、後ろから刺す? 今は?


「問題はそこじゃないでしょカレン」


「…」


「大丈夫だよカレン。ござるくんなら気にしないって」


若干の気まずい空気。ついさっきまで饒舌に語っていたカレンさんが俯いて暗い顔をする。何か言いにくいことでもあるでござる?


「…その、私って緋色ルージュの序列では末席で、妾の子なんです。隠し子だったんです、私」


おお…これはなんともう…。


「しかも捨てられたんです、序列最上位の父親に。お母さんはショックで寝込んで、今は夜な夜な徘徊するようになってしまって…」


酷い父親でござる。吾が輩も悪い親に生まれたけど、恨むべき両親はこの世にはもういない。そういう意味じゃ恨もうが忘れようが自由なんだけど…。


「そっかー、カレンさんも大変でござるねえ」


「軽蔑しますよね、こんな女。寄りかかられても迷惑ですよね…」


「じゃあ、一泡吹かせに行くでござる」


「えっ?」


「よっしゃそうこなくっちゃ! じゃあパスポートとビザの手続き手配してくる!」

思い立ったが吉日、レイミさんは風呂から上がって脱衣場で電話を掛け始めたでござる。まるで待ってましたと言わんばかり。


「ぶっちゃけ吾が輩は皆を他の男に渡すつもりなんかさらさらないでござる。確かにリエッセさんが一番好みかもしれないけど、皆吾が輩のものでござる! 自分のお嫁さんバカにされて黙っていたら男が廃る!」


「おっ、言い切ったね。ねえねえ私も入ってるよね?」


「もっちろん!」


もう国を変えようが法律を変えようが知ったこっちゃないでござる。吾が輩の女を泣かせようものなら誰が相手だろうと成敗してくれる!


「ということで母上、吾が輩フランスに行ってくるでござる」


サロンから帰ってすぐに第一声で母上に包み隠さず話す。


「事情は分かったわ。でもねタケちゃん、それ本気で言ってるの?」


「…カレンさんは吾が輩の事情も知ってるでござる。その上で頼ってくれてる。これに応えない理由はないでござる」


「じゃお土産よろしく~」


「えっ、いいの?」


「やるって言ったんでしょ? 一発満塁逆転ホームランかましてきなさい」


「お兄ちゃん」


「な、なに?」


「お嫁さん何人作るの?」


「…七人?」


「一人でも泣かせたら承知しないからねっ! …ちゃんと帰ってきてね?」


「うん」


必ず。


「今度お土産忘れたら部屋のもの全部捨てるからね?」


「うん。…うん?」

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