第131話 本当のところ

晩御飯の後。


「お風呂誰か入るでござる?」


「ううん、誰も~」


「じゃあお先に入るでござる」


お兄ちゃんがリビングを出る。二階に着替えを取りに行ってそれからお風呂に。足音でなんとなく感じる。


「…勝手にいいって言っちゃったけどよかった? 最近お兄ちゃんいなくて寂しいって言っての今さら思い出したんだけど」


様子を伺ってお母さんが話しかけてくる。私はTVから視線を離さないまま答える。


「うん…、本当はそういうことするのやめてって言いたいよ。あの人もこの人もその人もなんてそんなに救えるワケないじゃん。カッコつけたいだけでしょって」


でもお兄ちゃんならきっとこう言う。





『救うよ? だって吾が輩英雄ヒーローでござる』





「あはは、確かに言いそう。悪いことじゃないんだけど、普段そんなんじゃないのにさらっと言うもんだから、どうしても薄っぺらくて、偽善や自己満足に見えちゃうのよね」


「お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃん。私のお兄ちゃんじゃん? なんで私のそばにいてくれないの? って。なんでそんなに他の人ばっかり助けようとするの? って。私達には関係ないじゃん。ほっとけばいいじゃん」


私達兄妹はこの世界で唯一血が繋がっている家族。お互いが根拠なく信頼し合える唯一無二の存在。本当の家族はもう私達二人しかいない。なのに。


「わがままなのは分かってるよ」


でもお兄ちゃんを取られたような気がしてもやもやするの。お兄ちゃんは私だけのものじゃないの?


『確かに助けられないかもしれない。でもね、吾が輩の両腕一杯に抱える狭い世界だけでも、今のこの幸せを誰かに分けてあげたいんでござる。願わくば、誰も泣かない世界が欲しいでござる』


「お兄ちゃんのあの根拠のない優しさはどこから来るのかな」


「あの子、いつも自分のこと二の次にしてばっかりで危ういわよねえ…」


お母さんもテレビから目を離さない。けどどこか別のところを見ている。たぶん私と同じことを考えているんだと思う。


「なんかね、後から来た人に追い越された気分ですごいムカつくの。皆良い人ばっかりだからなおさらムカつく。こんな嫉妬してるわたしにもっとムカつく」


お兄ちゃんとずっといたのは私。誰よりもお兄ちゃんを分かっているのは私。血の繋がりを持っているのも私だけだね。一番好きな人ほどこっちを向いてくれない。私おかしいのかな? 兄妹なのに、家族なのに、私だけを見ていて欲しい、私以外見なくていいって思うのは。


「あの子はもう誰にも人見知りしないし、おおらかだし、嘘をつきたいと思ったら正直に嘘をつくほどだしね。あんな底無しのお人好し、縁があったらそりゃ惹かれるわよ」


ちらりと剣を見る。リビングに似合わない、存在が浮いててまだこの風景に馴染んでいる感じがしない豪華な飾りの剣。お母さんも薄々感づいているのかな。中国の国宝そっくりに造られたっていうレプリカのこれ。たまにだけど中身が入れ替わっている気がするの。中身って言ってもなんの中身かはよく分からないけど。


(やっ、ヤバイですあなた様! ご家族に気が付かれつつあります!)


(あーそうだねー。青龍たんのスケスケ具合はヤバイでござるねー。全身シースルーだもんそりゃー富士山ビンビンでござるー)


(ああもうこの変態バカあるじ!)


「でもね、ちょっと嬉しい気もしてちょっとフクザツかなーって」


「フクザツ?」


「うん」


いつもいつもお兄ちゃんが私と一緒にいてくれたのは私が心配で守ってくれてたから。たぶん、心の奥底ではまだ壁を持ってるくらいに。そんなお兄ちゃんが私が知らない内に色んな人と溶け合ってる。お兄ちゃんたまに変なこと言ってたの。


「『誰かの命を救うには自分の命を賭けるしかあり得ない、命と命は天秤にかけることは出来ない』って。誰も彼も救うお兄ちゃんは命がいくつあっても足りないね」


「そうねえ。最低でも七回は生き返らないとねえ。七人もお嫁さんにするっていってたし」


「私達そのカウントから外れてるみたい」


「んふっ、あの子のことよ。そもそもが死なせるような危険に遭わせるはずがないって言うわ」


「ぷっ、ホントに言いそう」


自己犠牲では足らないその想いは、本当にどこから湧いてくるのかな。


「ま、お狐さまも憑いてるみたいだし大丈夫でしょ」


「うん」


いつかちゃんと隠していることを話してくれるまで待つしかないのかな。待ってるだけしかないってすごい切ないよ。


「…背中流してくる」


「んふふ、奪われて悔しいなら奪っちゃいなさいwww」


お兄ちゃんのハジメテを奪うのは私なんだから!



翌朝!



「じゃあこれがパスポートとビザね」


「ってこれイケメソモードでござる」


成田空港。レイミさんからロビーで渡されたパスポートは見事に偽造パスポートだったでござる。おもむろに開いたそれの証明写真はいつ合成したのかと感心するほどのいい出来でござる。吾輩の本当のパスポートは素顔のままでもっと写真写り悪いというのに。


「トイレで変身すればいいじゃない」


こんなのバレたら一瞬でタイーホでござる。ひょっとしてワリと危ない綱渡り?


「先に言っとくけどね、相手はフランスを代表する貴族なの。絶っっっっ対に問題起こさないでよね?」


「吾が輩は基本受け身。向こうが何もしてこない限り吾が輩も無害でござる」


「やられたら?」


「地獄の底まで叩き落とす! 三倍返しでは済まさんでござる!」


「あんた人の話聞いてた?」


見送りの付き添いにシオンさん。腕を組んで呆れている。正体がバレてるのかさっきからチラチラと視線が痛いでござる。そりゃ変装もしないで堂々としてればバレるよね。


「妹君をよろしくでござる」


「新曲の収録終わったからしばらくは任せときなさい」


一昨日の夜、二度目の風呂から上がった時に聞いてしまったでござる。盗み聞きは良くないけど、吾が輩に入る隙間はなかった。自分のことしか考えていないんだろと言われたら言い返せないでござる。


「いつも甘えてばっかりなのに都合のいいときばかり申し訳ない…」


「自覚があるならちゃんと構ってあげなさいよ。…あんたは私と違って、まだ家族いるんだから。大事にしなさい」


「…はい」


なんだかんだ頼まれてくれるこの人は優しい。いつ誰が渡したのかは分からないけど、この人は家の合鍵を持ってるでござる。何も言わなくとも妹君と一緒にいてくれるはず。性格こそ狂犬な男勝りだけど、なぜか顔を見ると落ち着くからこの人。


「すいません、そろそろ」


黙っていてくれたカレンさんが時間を告げる。もうすぐ受付時間のリミットでござる。


「じゃあ、行ってきます」


成田空港からフランスのパリ、シャルル・ド・ゴール空港までだいたい半日のフライト。その前後まで含めるとそれ以上の時間を取られる。っていうか国際線のファーストクラスは乗客の扱いにびっくりでござる。お付きの人がいて専用のラウンジを通って専用の車で専用のタラップで機体に乗り専用のシートにご案内。まさにVIP。


(初めての海外でファーストクラスとは贅沢でござる)


というか受付から乗るまでが謎。ビュッフェだのスパだのエステだの本当に謎でござる。しかも隣にはうら若き貴族令嬢。本物の貴族相手と知っているのかCAさんの態度もちょっと違う気がするでござる。そういえばこの飛行機はエールフランスの直行便…。


「あの」


「アッハイ」


飛び立ってからしばらくして初めて話し掛けられてビビる。なんだろう、吾が輩緊張してる? いやしてるでござるね。吾が輩に付いてる係りの人なんかこれでもかってくらい美人なお姉さんだし襲えってことなのかな。


「肩借りてもいいですか?」


「かまわないでござるよ」


「向こうに着いたらまたすぐに車です。寝られる時に寝ておいた方がいいです」


「手を回しても?」



「どうぞ」

まるで仲睦まじい恋人とそうするように、お互い頭を預けて眠る。肩に手を回すフリしておっぱい! おっぱい! フヒヒ、このたゆんたゆんのおっぱいを人目も憚らず自由に揉みしだける自由! おっぱい! おっぱい! おっぱ…zzzzz


「おかえりなさいませ、お嬢様」


多数のメイドさんドーン! それをまとめるいかにもな老いた渋い執事さんドーン! 永いフライトを終えて出迎えたのは空港を占拠せんとばかりに埋め尽くす使用人達。


(吾が輩という一般人のアウェー感パネェでござる…)


自分の知ってる空港とのあまりの違いに呆然と立ち尽くす。ていうかお出迎えだけにこんなに必要でござる?


「…チッ、迎えはいらないって言ったのに」


ひいっ。カレンさんが舌打ちしてるでござる。

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