第129話 水も滴るいい男

書類を片付けてバスジャックを解決して家に戻る。疲れた体で車を運転するのは本当にくたびれる。ふとした瞬間には眠ってしまいそうでござる。


「ん?」


ガレージの前に誰かいる。それは唯一にして至高の相棒、吾が輩のオリジナル。


「よう」


ガレージに車を入れて出ると彼は手短に挨拶する。なんだかいつもと雰囲気が違うでござる。


「取り敢えず、一旦帰ることになったから挨拶に来た」


「挨拶に来たって、この住所よく知ってたでござるね」


吾が輩は眉をひそめる。どうにもレイミさんは口が軽い。まあ、相手を見てやってるんだろうけど似たようなことを何回もやられたら流石に不快でござる。吾が輩は誰にも教えてないっつーの。


「そんな顔すんなよ。当分会えない。次はたぶん正月かな」


「そっか。ちょっと聞きたいことがあるけどいい?」


「なんなりと」


「この間、そっちのスーさんが来たときに施設にも捨てられてホームレスだったみたいなこと言ってたでござる…。マジ?」


「マジだ」


「ということは名字は『真野』のまま?」


「まあな。もっとも? 向こうで名字なんかあんまり意味はねえけどな」


『真野』。吾が輩と妹君の旧姓。そういえばオリジナルの妹君や母上は元気なのかな。あんまり聞きたくない。


「もう一個。オリジナルの吾が輩…キミはオリジナルのなずなたんもこっちにいるってことで無能力者、その体を使っているのは納得できる。けどオリジナル側のリエッセさんまで義体を使うのはなんで?」


「うん、まあなんだ。アイツああ見えて精神的には弱いんだ。俺が心配でついてきたんだが、ええと、その、なんだ」


随分言いづらそうというか歯切れが悪いというか、気恥ずかしそうにしているでござる。くねくね気持ち悪い、オカマかおのれは。


「アイツは今生身でこっちには来れる状態じゃないんだ」


「異能力者は言ってしまえば超人。わざわざ義体を使う必要なんかないでござる。なんかあったんで?」


「コピー世界はオリジナル世界に引っ張られることがあるみたいだから言っちゃいけねえんだろうけど、あー」


「ああんもうはっきり言うでござる」


ああんもう! 吾が輩焦らしプレイは好みじゃないでござる!


「いいか? 落ち着いて聞けよ? …子どもがいるんだ」


「は?」


「アイツと俺の子どもがいるんだ、アイツの腹ん中に」


「えんだあぁぁぁぁぁぁ!!!」


「いや定番ネタはいいから。まあ、そんなことでアイツも今こっちのリエッセに挨拶に行ってるから似たようなことを話してるんじゃねえかな」


マジか、マジでござるか。じゃあこの二人に引っ張られて吾が輩は結婚に向かっていると? つまりオリジナルの吾が輩は歳上趣味?


「たぶんクリスマスあたりだろうってな…。生むにも育てるにも向こうは危なっかしいからこっちに移住しようかって話もある」


「これって血縁関係はどうなるでござる?」


「さあ?」


途方もなくとりとめもない話。吾が輩達の将来を行く次の世代。あんまり時間に余裕はないのかもしれないでござる。


「なあ、相棒よ」


いやにシリアスな顔をするもう一人の自分。なにか覚悟でも決めたのか、それとも迷っているでござるか。


「もし世界を分けた神と戦いになったらどうする?」


「無論、ボコボコにして生まれてきてごめんなさいまで言わせるでござる。何か心当たりが?」


「こっちの世界がやたらコピー側を潰そうとしている背景に、どうにもそいつの影がちらほら見え隠れするようになった。いつかはぶつかるかもしれねえ」


「ぶつかるのならブチのめしてヒモ無しバンジーさせちゃるでござる」


「ふん、俺らしい」


冗談と受け取ったのか、鼻で笑う相棒。吾が輩本気よ? ヒモ無しバンジー恐いよ?


「じゃあ帰るわ。あのまな板サイコレズカップルも連れてかなきゃいけねえし」


歩き出したもう一人の吾が輩の背中は不安と焦燥を物語っていた。こりゃだいぶ追い詰められてるでござるか?


「やるなら勝てよ」


「吾が輩は英雄ヒーローでござる。任せてちょー」


たった一言。吾が輩を信頼して言っているその言葉はとても悲痛な叫びに感じられた。勝てよ、じゃない、助けてくれ、でござる。自分のためにじゃない、大切な人と、新しく生まれてるくる大切な子どものために。


(自分の失敗の為に世界も人も引き裂こうなんてそんなのは許さんでござる。必ずやハーレムENDを迎えてみせるぜ!)


…と、意気込んだのはいいものの。


「うへえ、あっつ」


夏の日差しに汗をかきながら早速用務員でござる。あとから知ったけど中等部と高等部は一緒の敷地に入っててめっちゃめんどくさい広さでござる。


「落ち葉掃除くらい業者雇えばいいのに…」


校庭の外側は防音とプライバシー対策なのか大きな木で囲まれている。大きさも本数もかなりあるので夏でもそこそこ落ち葉が出るそうな。


(母上にアルバイトすることになったって言ったら『婿入り修行も大変ねえ』、だって。婿入りなんかしませんから)


ニートはいいでござるね、エアコン効いた部屋でゴロゴロしてられるんだから。作業着とかなんとか翌日には既に用意されてるあたり確信犯なのか、本当に吾が輩や家族を保護するためなのか。


「よし休もう」


今年の夏は異様に暑いからこまめに休んで水分補給でござる。吾が輩の好みはポカリスヱット。木陰に座って授業中の生徒達を眺めながら一休み。


(ここが終わったら次は屋外プールでござる)

なんとこの武蔵野学園大学附属中等部、高等部。プールが足らないってことで屋外プールが新設されたとか。さすがに違うでござるなあ。


(子どもか…)


フクザツでござる。彼は旧姓のままだし、吾が輩が結婚するわけじゃないし、吾輩の子どもじゃないんだけど。でも結婚するなら近い将来その時が来るでござる。つまり…セッ


(あ、やば。鼻血が…)


これはきっと暑さのせい。


(さっさとプール方面へ行くでござる。あっちならもっと涼しいだろうし。超速出しても誰にも見えないからいいよね?)


超身体能力ってホント便利でござる。吾が輩の場合超神体能力かな? なんでかってそりゃ字面がカッコいいから。ソッコーで終わらせて暑い校庭にバイバイして屋外プールへと向かう。


「あー! くませんせーだー! おーい」


ちょうど授業中なのか、見知った女子が声を掛けてきた。屋外プールはどうやら普通の学校にもある普通のプールでござる。


「はいはーい。カレンさんの友人その1さん」


「そろそろ名前欲しいですね」


「あ、ござるさん」


カレンさんも出てきて手を振ってくれるので吾が輩も手を振る。控えめにフリフリしているのを見ると、恋人同士が周りに悟られないようにしてるみたいでちょっと照れるでござる。


「ござるさんも入っていきますか?」


「一応仕事中でござる。サロンに行けば二人きりでお風呂入れるでござるよ」


「じゃあ今日の夕方、待ってますよ…?」


寄ってきてくれてしゃがむカレンさん。周りから離れて二人きりでヒソヒソってのはスゴくいいと思います。そしてスク水。JKのスク水でござる。水も滴る美少女JKのスク水。こんな近くで見れるとは…。生きててよかったー!


ばしゃーん!


「………」


「だははは! やーい引っ掛かってやんのー! バァーカ覗いてんなスケベェー!」


プールの水をバケツで頭からぶっかけられたでござる。水も滴るいい男。じゃなくて!


「…なんで姉上もいんの?」


「なんでもなにもアタシは二年体育担当だよ」


「教習生でしょ? 本当の担任の先生はどうしたでござる?」


「アタシがいるときは見てなくていいから楽で助かるって言って職員室で涼んでんよ」


それでいいのか? いやダメでしょ。あーあ、ずぶ濡れでござる。帰ったら作業着洗濯して乾かさなきゃいけないでござる。

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