第127話 ぶっちゃけあんまり考えてない

「まだ、やるでござるか?」


「くっ…」


あともう一球でゲームセット。最初から得意種目で全力でやったはずなのにここまで追い込まれるとは思ってなかったでござろう。


「やめておきます。僕はプロに行きたいから」


彼の利き腕は真っ青を通り越してそろそろ紫色になろうかというほど変色していた。これ以上やれば間違いなく使い物にはならなくなってしまうでござる。


「引くことを覚えていることは良いこと。じゃあせっかくだし、最後ってことで記念にいいもの見せてあげるでござる」


「え…?」


「吾が輩は別にふざけてフライパンを使っていたワケじゃないでござる。サーブする度にラケットをいちいち折ってちゃもったいないでそ?」


履いていた下駄を脱ぎ捨てて軽くステップする。やっぱり重りがないと軽くていいでござる。ボールをトスして今度は全力で。


「な、何を言って…」


「ぜあッ!」


ゴッ! パァン!


「ひぃっ!!! …ん?」


「ほらね」


「フ、フライパンが破けてる…。ボールは?」


「ここにあるでござる」

右手には底が抜けたフライパン。左手には破裂したテニスボール。


「破裂してる…。あなたは一体何者なんですか?」


「中卒無職ニートの引きこもりトレーダーでござる。ま、もっとも? 中学だって義務教育だから卒業させてもらったものの、そうでなかったら今ごろ小卒でござる。出席日数足らなかったから」


「なんて人だ…。ハハ、僕はそんな人に負けたのか…」


「誰か彼にアイシングしてあげて欲しいでござる」


「納得いきませんわ!」


出たよ勘違い金髪縦ロールさん。イケメンくんが自分から引いたのに余計な首突っ込まないで欲しいでござる。


「不正です! こんな勝負は認められません! その変な格好に細工がしてあったに違いありませんわ!」


「へー、そうでござるか」


わたくしと勝負です!」


なんだかややこしいことになってきたでござるなあ。これは彼女が納得するまでずっと不正扱いされそうな悪寒。


「サーベルで決闘です!」


※決闘は犯罪です。罪に問われます。絶対にやめましょう。

今度は武道場。普通の学校の武道場にフェンシングできる設備なんてないと思うけどここは武蔵野学園。普通というものが罷り通らないでござる。


「決闘ねえ。決闘と宣言するからには賭けるものは命でいいでござるか?」


というか学校に真剣持ち込むとか非常識でござるね。実況の新聞部さん、呆れている姉上、不安そうにしてるイケメンくん、アンタらなんか負けて当然よとカレンさん。それに取り巻きとギャラリーで一杯で皆授業そっちのけ。


「やれるものならやってお見せなさい!」


自分だけ立派に防具着ちゃって。吾が輩オルコッ党だけど、こういうキャラが実際いるとなるとわりとウザいでござるな。


「では遠慮なく、お命頂戴するでござる」


「えっ…?!」


「1≪アン≫」


甚平にサーベルとは大変珍妙な格好。しかしお気に入りを不正呼ばわりされてはこっちも黙ってはいられないでござる。ソッコーで多方向から前後左右無差別に首や胸、腹に突きつける。


「2≪ドゥ≫」


「み、見えないっ?!」


「ほらほら、突っ立ってるとどんどん死んでいくでござるよ。3≪トロア≫」


「そこっ!」


「残像だ」


「はい?」


ハンデの為にわざわざあんな重たい下駄を履いてたのに、それを捨てさせるなんて見る目ないでござるね。テニスコートは下駄の足跡だらけになっているというのに。


「4≪カトル≫。さあ、あと何回死ねば気が済むでござるか?」


「……っ!!」


「君達には今まで華々しい生まれや生い立ち、経歴やプライドがあるんでござろう。だが吾が輩にはそんなもの関係んなァい。興味もなァい。5」


「あなたのような楽をしてのうのうとしている、堕落した人間に何が分かると言うのですか!」


「言ったでござる、興味ないって。何聞いてたの?」


「きゃあああ!」


マスクを斬り飛ばし顔面まで迫って目玉すれすれにサーベルを突きつける。中にしまってあった長い髪がほどけて露になる。半分人間じゃなくなった吾が輩はヘシン! しなくとも、その気になれば人の目には追えない程度の速さが出せるでござる。


「はい、6。この甚平はAmaz○nで買ったもの。パワードスーツでもなんでもないでござる。なんなら購入履歴見る?」


「そんな…」


フラフラと床にへたり込む金髪縦ロールさん。腰が抜けて立っている気力はないでござるか。


「言っとくけど姉上はもっと強いでござるよ?」


「ハードル上げんなバカ。遊んでないでさっさとトドメ刺せ」


「ウィ。よろしいでござるか?」


「…………」


「沈黙は了解とみなすでござる。いざ!」


いざ! 最後の剣を振り下ろす。振り下ろされた審判の剣は容赦なく無情に乙女の命を刈り取る。


「余計な茶々を入れた罰はこれでいいでござる」


「……」


ばっさり切り落とされた金色に輝く髪。無惨に散らかるそれは乙女の純情。涙袋一杯に溜めた涙は頬を伝う。


「伊達に武将を名乗ってはござらん。乙女の髪はまげを落としたことと同義ってことで。敵将討ち取ったり!」


高らかな宣言とは裏腹に静まり返る武道場。


「アンソニー様!」


「…構わないで」


「しかし…」


「構わないで!」


取り巻きの一人が寄り添うも拒絶するアンソニー。火を見るよりも明らかなその差はただ単なる戦闘力の差ではなく、人としての器の違いを顕していた。


「何が…、何があなたをそこまでさせるのです」


「何が? なんでもないでござる。吾が輩は悪くないでござる。吾が輩の前に立つヤツが悪いでござる」


サーベルを鞘に納め、突き立てる。


「壁があるならブッ飛ばす! 穴があるならブッ壊す! 罠があるならブッ飛ばす! 前に立つならブッ殺す!」


世の中親に偉大な人物を持つとその跡取りとして過剰な期待と重圧に押し潰されるんでござろう。自分にそれだけの実力が伴わなかったとき、きっと吾が輩もこうなる。でも気に食わないからって八つ当たりは良くない。


「我が前に立つという者は女子でも差別しない。手加減容赦一切なし!」


「どうして!」


慟哭が鳴り響く。


「どうしてそこまで強くなれるのですか!」

桁違い、レベルが違う、別の世界。そんなありふれた言葉では言い表せない程の違い。天と地、月とすっぽん。


「強い? 弱い? そんなことは知ったことではないでござる」


へたり込んだ救いを求める弱々しいその眼を冷たくあしらう。


「邪魔なものはどかす。ウザいヤツは消す。遮るものは殺す。取り敢えず潰す。吾が輩の吾が輩による吾が輩のためだけのせい


どこの誰にも口を挟まれる筋合いはないでござる。逃げたと言われるのならその通り。こんな人生逃げて逃げて逃げまくってぶっちぎってやるでござる。


「誰しも一回しかない人生。一度と生きたことがないもの。親の死に顔だの今までの経験だのはそんなものは己の指標に過ぎないでござる。それを他人に押し付けたところで無意味。一度と生きたことがないものを騙るのならそれは愚か。ましてや他人の人生など」


「ならあなたはどうして…!」


どうして堕落した人生を送っているのか?


「この先どうなるかなんて次の瞬間には分からないこと。でもね、そばにいたいと思ってもそばにいられない無力は二度と味わいたくないでござる。それがきっかけ。守りたいものを守りたいだけ守るためのチカラ。何にもなければ使う理由もないし、斬った張ったばかりが強さじゃないでござる」


「………!」


「吾が輩が気に入らないのは結構。ただ喧嘩を売る相手はよく見た方がいいでござる」

サーベルを取り巻きの女子に預けると乱れた甚平を直す。応接室に戻って書類の続きをやらなければならないでござる。あ、そうだ。


「弟の癖に生意気言いやがって」


「記憶にございましぇーん」


苦笑いする姉上にすっとぼける吾が輩。静かに立ち上がり涙を拭うアンソニーさん。


「くませんせー、いえ、お兄様!」


「へ?」


今なんて?


「あなたは前に立つものを排除するとおっしゃいました。では、後ろに立つものは?」


「吾が輩の後ろに立つものはいらないでござる。隣に立つというのなら…、そのときはキミの前に立つでござる。敵としてではなくキミを守る者として、全力で守ってみせるでござる」


人付き合いは長い方がいいからね。


「ということで負けた二人は罰ゲームでござる」


「「え?」」


「『え?』 じゃねーよハゲ」


「助手ゲットでござる」

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