第126話 おっしゃってません
ついに無職ニートを辞めることになった吾が輩。日本で、いや世界で見ても一番大きい学園都市の中心、武蔵野学園で働くことになったでござる。
(そういえばあの太陽と月の目使うと色んなものが見えるでござる。おほー! 生着替え中! あれ、屋内プール?)
まあノゾキくらいしか使い道が思いつかないだけでござる。あのインコ頭寄越すだけ寄越して使い方教えないとか。
「なにやってるんですか」
「なんでもないでござるよ」
「その目、アヤシイので校内では緊急時以外使わないでください」
「アッハイ」
ちっ、バレてたか。
「じゃーあとは書類ね」
ドン!
「いやどっから出したでござるかこの山」
「あなたは今から武蔵野大卒(予定)になるのよ。だから高校入学からバイト用務員になって大学卒業して就職までの全ての書類を書くのよ、今ここで」
「マジか」
そんなこんなで中卒から大卒へ瞬間移動する模様。もはやあらすじ全否定。無職でも中卒でもニートでもなくなったしそもそも最初から引きこもってないでござる。
「よかったですね、ここの卒業ならたいていの企業なら通用しますよ」
「中身は中卒のままでござる。ていうか用務員ってのはあくまでも隠れ蓑でしょ? 別に大卒じゃなくても…」
「ダメよ、体裁あるし。それにもうおばあちゃんの判子もらってきたんだから。武蔵野グループのトップに立つ人間の判子は社内規則よりも正義なのよ」
こんなんやってるから国会で怒られるでござる。採寸が終わったので渋々ソファに座ってボールペンを取る。あーもうなにこの書類の山。ざっと1mあるでござる。
「こりゃー、一日掛かりでござる…」
始める前からげんなりする。しかもお昼ご飯持ってきてないでござる。
「お昼は一部の富裕層向けのバイキングあるからそっち使ってね。カレン、ついでだから案内と見張りよろしく。授業出なくていいから」
「はい」
吾が輩を任せてパソコンをビジネスバッグに入れて立ち上がったレイミさん。え、書類手伝ってくれないの?
「本社に顔出して支社行ってサロン行って、たぶん夕方戻ってくるから」
そう言って応接室を後にするレイミさん。なかなかお忙しいようで。肌色がよく見えるJKと二人きり。ウヘヘ…。
「さ、頑張ってください」
「…はーい」
書類の山と格闘すること二時間、途中トイレ休憩を挟みつつ頑張りなんとかお昼の時間を迎える。
「ふへえ、お腹空いたでござる…」
「三分の一も進んでませんね、午後はもっと頑張らないと終わりませんね」
「うへえ…。無理して今日中に終わらせなくても…」
「ダメです」
「ええー…」
「じゃあバイキング行きましょう。皆待ってますから」
「え? 皆?」
高等部校舎最上階、一部のセレブ生徒の為に用意されているというバイキング。専属の料理人、パティシエ。何人もいるウェイターやウエイトレスのような人達が一人一人の生徒に付いて代わりにお皿に取ってる…。こういうところはらしいでござるな。
「あ、カレン、くませんせーこっちこっち」
「ほ?」
「来たな弟よ」
「げえっ、妖怪姉上!」
既に大量に料理が積まれたテーブルからよく知ってる声がした。そうだった、姉上は教習生でここにいるんだった。いや高等部ってことは知らなかったでござるが…。
「久しぶりだというのに失礼なヤツめ」
「タマせんせーと姉弟だったんですね」
タマってあなた磯野さんちじゃないんだから。
「皆っていうから誰かと思ったらハワイの時のメンツでござる」
「さあ座れ弟よ、就職祝いだ」
「こんなに積まれてもブラックカード持ってきてないでござるよ?」
ウエイトレスさんが椅子を引いてくれるので言われるがままに座る。普段は使わないでなるべく必要な時だけって父上との約束でござる。いつかもらったパラジウムカードあれば事足りるし。
「タマせんせーとくませんせーはお金いらないって」
「おお、なんという用務員にあるまじき厚待遇でござるか」
「まったくですわ! 何故こんな下民がここにいるんですの!」
お?
「ここはあなたのような下民がいていい場所ではありません。すぐに出ておゆきなさい!」
(なにこの痛い生徒。どうやったらこんな一昔前の勘違い金髪縦ロールが現代に甦るでござるか」
「くませんせー、後半漏れてる」
「おうふ、これは失敬」
「だっだっ誰が勘違いがですって?!」
「まあまあ、待ちたまえ」
ろ?
「このお方は会長とご縁があって副学長もお世話になっていると噂を耳にしました。ここに招待されていても不思議ではないでしょう」
なんかいかにも将来が約束されたイケメンが出てきたでござる。
「ただ一つだけ納得いかないことがあります」
ほうほう。
「カレンさんは僕のものだ、誰にも渡さない!」
「あんたのものになった覚えはないわ。私はこの人のものよ!」
どんな返しだよ。吾が輩もそんな覚えはない。人前で抱きつくのやめて欲しいでござる。
「くませんせーとおっしゃいましたか」
「いいえ」
おっしゃってません。
「カレンさんを賭けて勝負だ!!!」
ダメだこのイケメン、話通じないでござる。
「カレンさんを賭けて勝負だ! くませんせー!」
「なんで二回言ったんだ?」
「いいけどお昼食べてからでいいでござる?」
「アッハイ」
意外と素直に引き下がって自分のテーブルに戻っていくイケメンくん。勘違い金髪縦ロールさんは思いっきりメンチ切って戻っていった。こわひ。派閥なのかなんなのか、後ろにいたお連れの女子達にも睨まれたでござる。
「くませんせーいいの? アイツ勉強もスポーツも万能だし、テニスなんかインターハイ優勝してるんだよ。かないっこないって」
「テニスって硬球? 姉上より弱けりゃなんとでもなるでござる。彼は何年生?」
「三年、前生徒会長。私に負けたヤツです」
「カレンに負けてからずっとあんな調子なんです」
「とっとと終わらせて書類の続きやるでござる」
一人黙々と食べ続ける姉上を傍目に頭痛の悪寒。
「最初から得意種目をやらせていただきます。全力で!」
「どっからでもどうぞ」
ところ変わって放課後の屋内テニスコート。何故か満員の客席。特別実況席と書かれたプレートの席にニッコニコの新聞部ちゃんと姉上。なるほどキミの仕業ね。
「あなたはふざけているのか! なんだその格好は!」
イケメンくんに黄色い声が飛び、吾が輩にはブーイング。すんごい不機嫌そうなカレンさんと気まずそうな友人達。それにしても全ての施設が全天候型で開閉屋根とは流石武蔵野グループでござる。金にものを言わせるとはまさにこのこと。
「いいえなんにもふざけていないでござる。ちゃんとお家で着替えてきたし」
甚平、下駄、ラケットの代わりにフライパン。サムライwithしょーいちくんスタイルでござる。
「…後悔させてやる!」
「1セットマッチ、京介トゥサーブ、プレイ!」
「ハアッ!」
「ヴェイッ!」
ズドムッ!!!
「え…」
審判がコールし、イケメンくんが打ったサーブを打ち返す。全力で。
「な、なん…だこれは…」
ギリギリのところで入っている硬球。半分以上がハードコートに突き刺さり、回転から起こる摩擦熱によって少し煙を上げている。弁償代はレイミさんにツケでお願いします。
「あのバカ手加減しないで返したな」
「先生、くませんせーって何者ですか?」
「アイツがどういうヤツの練習相手してたのかは、アタシの名前でググれば分かる」
ボールボーイがなんとか引っこ抜き、ゲームを再開する。打つ度、打ち返す度に剛球を叩き込み、ラケットをへし折り、ポイントを取っていく。一発目のアレを見てもまだなお向かってくるとはなかなか根性あるでござる。
「??? 練習相手? 先生の? ちょっと待ってください、ええと、戦野珠姫…わっ」
「なんか出たか?」
「『中学・高校負け知らず、大学でもタイトル総舐め! クイーン・戦野珠姫!』…だそうで。なんでプロにならないんですか? というかタマせんせーもただ者じゃなかったんですね」
「フランス留学行きたかったけどフランス語分かんねーんだよ」
「くませんせーってプロレベルですか?」
「それは知らん。まあ一回や二回インターハイ優勝したくらいじゃあ、勝てねえだろうなー。三年生相手だと歳も変わらねーから手加減する気ねーんだろアイツ」
「え、いや、くませんせーって歳上ですよね」
「あ? 何言ってんだ、まだ18だぞ。アタシが21で、アイツ18」
「どええええ?! それにしては老け…げふんげふん、大人びた顔立ちですねぇ」
「そこらへんは深ぁーい事情があんのよ」
「?」
先程とは打って変わって、しーんと静まり返る客席。呆然と立ち尽くすイケメンこと京介くん。彼の端正なその顔はあからさまに血の気が引いているでござる。もはや蛇に睨まれたカエル。ざまあみろと言わんばかりに満面のドヤ顔をしているカレンさん。
「まだやるでござるか?」
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