第124話 映画デート
怒濤の一日を終えて。
先日、家に帰るとお腹を空かせた母上と妹君に怒られたでござる。汚れた服を洗濯機にダンクして、シャワーを浴びて、ご飯をお急ぎで炊いている間におかずを作って、いつもより二時間ほど遅い夕食を済ませた。
(んん…、まくらまくら。あった)
7月22日(土) AM07:00
(あの二人には自分で作るっていう考えはないでござるか)
今日は普通の日…と思うでござる。思うってのはトラブルに巻き込まれない確信がないからでござる。
(起きるか…)
もぞもぞとベッドから這い出て着替える。
「おはようございますでござる」
「あら、おはよう。昨日は遅かったのに早起きなのね?」
「お兄ちゃんおはよー! 行ってきまーす!」
「気を付けて行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいでござる」
リビングから妹君が出ていく。突然変わった制服だけど、もう馴染んでいるでござる。トースターに山○製パンのダブル☆ソフトを二枚セットする。
「今日もお出かけ?」
「今日も、というより今日は、でござるな。昨日は突然連れ去られただけですしおすし」
「これも縁なのかしらねぇ。あなたに交際する相手が出来るなんて」
パンツ一枚で始まった昨日。結局のところ、天乃宮家の継承については一時保留になったでござる。ただ、吾が輩についてはハッキリさせてもらっていて、家を出ていくつもりにないし、名字を変えるつもりもないと。
「今日はリエッセさんといわゆる映画デートでござる。午前早めの一本のギン魂を観て、ウィンドウショッピングをして、午後にバトル系公務員魔法少女の舞台挨拶付き上映を観に行くでござる」
「タケちゃんってデートってしたことある?」
「人生で初めてでござるな」
「ま、今のタケちゃんならどうってことないか」
新型戦闘機については一切の口外を禁ずる! とレイミさんからLIMEが回ってきた。あんだけ最上階でやらかして、下にいた社員の方々にはどう説明するでござるか。
「じゃあ、行ってくるでござる」
パンを食べ終えて立ち上がる。吾が輩が車を出してお迎えに行く約束でござる。
「失礼のないようにね。相手は皇女様なんだから」
「あー、それだけど、リエッセさん良い機会だから皇女やめるって言ってたでござる」
「えっ?」
「じゃ行ってきまーすでござる」
ついていけない母上を置いて家を出る。ガレージの前には既にリエッセさんが待っていた。学園都市に住んでるのにわざわざここまで来たでござるか。
「よっ、おはよう」
「おはようございますでござる。言ってくれればよかったのに」
「いーのいーの。休みの日くらい自由にやろうぜ」
薄いシャツにデニムのショートパンツ、パンプス、耳にはピアス、そして肩から提げている小さいバッグ。いつもは下ろしたままの髪を後ろで束ねてポニーテール。初めて見る服装だと新鮮でござる。
「ウィ。それじゃ行きますか」
ガレージを開けて車で武蔵野学園都市まで出て、映画館が入っている大型商業施設に向かう。
「お前初心者マークにしては上手くね? 免許取ってからどんくらいだよ」
「まだ数ヵ月しか経ってないでござるよ」
「AT限定?」
「いいえ、普通免許でござる。父上がせっかくだからMTに乗っておけと。この先乗ることはないけど、MT車がなくなる時代は必ず来るからだそうで」
「高校には行かなくていいのにMTは乗っとけって変な親父さんだな」
「『教養とはイコール学問ではない、教科書通りに出来たところでそれは教養とは言わない』だそうで」
「なんじゃそら」
他愛のない話をしながら学園都市に入り、商業施設の立体駐車場に停める。駐車券を忘れずに持って出る。確かここの映画館は三時間無料になるでござる。一日止めておくとなると大きい。
「混んでんなあ」
「夏休みでござる。それにしてもいつの間にチケットを用意してたんで?」
「ギン魂は普通の上映だからネット予約で取れるし、な◎はは抽選当たった」
「というかリエッセさんが魔法少女見ることが意外でござる」
「バーローTVシリーズ無印から見てるぜ」
やべえこの人古参でござる。リエッセさんの意外なアニメ趣向に驚いていると腕に柔らかい感触が…。
「や、やっぱちゃんと恋人同士になったんだからこうするもんだろ」
恥ずかしがりながらぎこちなく腕を組んでくる。可愛いなあこの人。外見とは裏腹にこういった一面を見せられるとギャップ萌えでござる。あとほっこりする。
「なんだよオメーその顔は! アタシが恥ずかしいだろ! おら行くぞ!」
「はいはい」
お昼はバ~ガ~キングで済ませ、午後も特にテロや強盗に巻き込まれることもなく、平和な一日を過ごしたでござる。何事もなく予定通りに終わり、普通の一日だった。帰りの車の中で話す。
「白目向いて鼻くそほじってるってマジの話だったんだな」
「ギン魂はピー音の部分で怒られて上映中止になりそうな勢いでござるな」
「な◎は七割がバトルだったな。新装備かっけえ」
「我輩達の装備、これのデザイナーさんに頼んで作り直すでござる」
リエッセさんの案内で自宅のマンションまで走る。なんかどう見ても億ションでござる。OLが住めるレベルじゃないと思うんでござるがこれは。来客用の駐車スペースに停めてロビーまで送る。そろそろ…というところで袖の端を掴まれた。
「なあ…やっぱアタシこのまま駆け落ちしてえ。帰りたくねえ」
「どうしたでござるか」
「皇族抜ける話、説得しなきゃいけなくなって、あんまり上手くいってねえ」
「やれるだけやりましょう、説得がダメでも他にまだ手はあるでござる。どうしてもダメだったらその時は…。というかどうしてそんなに説得にこだわるでござる?」
「ンー、兄上姉上達と母上はまあ末っ子だしアタシがいいならいいんじゃね? って言ってくれてんだけど、国皇やってる親父がなー、
『なにい?! 日本の男と結婚するだとう?! それも年下?! 未成年?! ダメだダメだダメだ!!! そんなどこの馬の骨かも分からん奴にお前を嫁に出すなど!! 絶対に許さん!!!』
って言って話聞いてくれねーんだよ。もう何回も話しに行ってんのにまるで話が進まなくて…、正直嫌になっちまうんだよ……」
掴まれた袖の端を引っ張られて抱きしめられた。最後の方は声が細く小さくて弱々しかった。抱きしめ返して頭を撫でる。いいこいいこ。こういう弱さを見せてもらえるのは本当に嬉しいでござる。
「お前さ、付き合いそんなに長くないじゃん? なんでそこまでしてくれるんだ?」
「ずっとそばにいるから」
「…かなわねーな。つーか素に戻るなよこの卑怯者」
「ンフフフ、大人はずる賢いくらいがちょうどいいのさって言ってたでござる」
少し見つめあって、唇を合わせる。ほんの数秒、たった数秒だけどこの世で一番長く感じていたい幸せな数秒。
「じゃあまたな、タケ」
「ええ、また」
家に帰ると今度こそお赤飯が待っていたでござる。
「大人の階段昇ってきた?」
「昇ってません」
翌朝。最近朝起きるとき、まくらを探すとだいたいおっぱいを掴むかお尻を掴むかが定番になっているでござる。でも起きる前に必ずスマホをいじる癖があるからまくらを探さないワケはいかないでござる。その前になくすなっていうツッコミはナシで。
「おはよう、ござるくん」
「……部屋の鍵は閉めたはずなのにレイミさんが吾が輩に膝枕している件について」
「窓は割ってないし合鍵でもないわよ。普通にピンポン押したら瑠姫ちゃんが出てくれて、ここまで案内してくれたから。というか部屋の鍵は空いてたわよ?」
「へ?」
妹君は警戒心無さすぎでござる。朝っぱらからこんなの入れんな。そんなバナナ。寝ている間トイレには行ってないし誰か来たこともないでござる。空いているはずが
「ごめんね、わたしが開けたのぉ。ゲームしに出てきて、お腹空いたからお菓子とジュースを頂いていたらちょっともよおしちゃって」
おまえかーい! なずなたん何やってるでござるか。知らない間に勝手に出入りしてるとは薄々感じてたけど人の物勝手に使ったり食べたりってフリーダム過ぎるでござる。
「うわ、出た! 本妻!」
「いやー、本妻だなんてそれほどでもぉー」
「戸籍がない人は本妻もクソもないでござる。だいたい吾が輩にはリエッセさんがいますしおすし」
「えっ?」
あっ。
「すいません今のカットでござる」
「無理よ、聞き捨てならないわ。なにそれどういうこと?」
「昨日デートしてたじゃない。最後はえんだぁぁぁぁぁぁ!」
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
「ちょっとそこの前世ストーカーは静かにしてて欲しいでござる」
「私が一番最初に結婚してって言ったのよ?!」
「浮気はしないでござる」
「みんな等しく全員愛せば浮気じゃないわ!」
「もう手遅れでござるこのポンコツお嬢様。吾輩は流れに身を任せるでござる。一番乗りした人が最初の人ってことで。で、何しに来たでござるか」
流石に同じようなネタを繰り返せば扱いが雑になるでござる。なんの用事もないのにわざわざ訪ねてくる理由はなんとなく察しがつく。まさか膝枕するためだけってことはないでござる。
「勧誘。派手なことが多くなってきたから個人情報その他etcをより高度なセキュリティシステムに囲いたいんだけど、ルール上一応一般人のままのござるくんは対象外なの」
「用務員の話ならお断りしたはずでござる。これ以上タイトル詐欺あらすじ詐欺を働くのは良くないですしおすし」
「ヒーロー名乗っといてそれらしいことは全然しないし、そのくせセクハラを繰り返すし、家は広くて大きいし、お金持ちだし、料理は作れるし、ガチの引きこもりでもないし、今まさに無職じゃなくなろうとしているし。本当のことと言ったら中卒童貞くらい?」
「どどどど童貞じゃないでござる!」
「経験無いかどうかなんて気にすることないのにぃ」
「取り敢えず本当に働くかどうかは後で決めていいわ。ハワイのときは生徒達のリアクション悪くなかったし、私は問題ないと思うけど?」
そういえば姉上はどうしてるんでござろう。表向き教育実習生として既に学園で先生やってるはずだけど。本人はなんも言わないしレイミさんから何か言われたこともないから大丈夫だとは思いたいでござる。
「う~ん…」
「このとーりっ! お願い! 昨日おばあちゃんにこってり絞られて何か成果出さないといけなくなったの!」
「そりゃあ自業自得でござる。しょうがない、取り敢えず書類上だけでござるよ?」
これ以上話が長くなるのはまずい。先程からずっと太ももを舐めたくなる衝動を抑えている。目の前にある生足の膝枕はなかなか際どい。たぶんリエッセさんの実家の説得が難航しているのは、吾が輩の一般人としてのステータスが原因と思われるでござる。仮にも皇女が中卒無職のトレーダーに惚れたから皇族抜けたいなんて無理だと、恐らくそういうことでござる。
「やった! ありがどー!」
「曲げていいの? 優しさと甘やかすのは違うよぉ?」
「何回もお願いされてるのに断るのも良心が痛むでござる。さて、起きますか」
あんまり納得していないのか、少し渋い顔でヘッドセットを着けて、PS4Proを起動するなずなたん。なに自然な動作でやってんの? こりゃ吾が輩が思ってた以上に遊んでいるでござる。母上や妹君に見つからないといいなあ。
ぐぅ~。
「あ…、えへへ。安心したらお腹空いちゃった」
「お茶漬けでいいなら食べてくでござるか?」
「わあい」
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