第115話 皇女やめます!

(朝か…)


カーテンの隙間から漏れる朝陽でもう夜が明けたのだと知る。まぶし……。


(まくら…)


もぞもぞ…、?


「あれ…」


昨日の夜、リエッセさんはそのまま吾が輩のベッドで一緒に寝たでござる。しかしいない。まくらを探して手探りすると隣には誰もいない。


(靴はあるでござる)


もしかしたらもう帰ったのかと思って玄関に降りるも、黒のヒールは行儀よく揃えられたままだ。なにやらリビングの方から良い匂いがするでござる。


「おはよう。意外と早起きだな」


「お、おはようございます…?」


「なんだよ」


「昨日の夜はあんなにだらしなかったのに朝になったらスーツでビシッとしてるでござる」


肩にタオルをかけてパンツ一丁、アイスを食べながら扇風機でターザンしてた人が凄い変わりようで、スーツにエプロン姿。テーブルこたつには二人分の朝食が出来上がっていた。


(母上のでも妹君のエプロンでもない…ってことはおそらくここまで全て確信犯でござる)


「瑠姫ちゃんも朝早いんだな。アタシが起きたときにはもう出るところだったぞ」


「妹君は朝練でござる。武蔵野大学附属になったことだしきっと気合い入ってるでござる。てっきりリエッセさんももう行っちゃったのかと」


「なんも言わないで行くわけないだろ。ほら、今二人きりだから」


「ウィ」


優しく触れるだけの朝の甘い挨拶。


「へへへ、こーいうのやってみたかったんだ」


顔を赤くしながら笑う年上の人。なんだこの乙女。可愛いでござる。中東に行った頃の狂犬っぷりはなんだったのか。


「あ、朝飯食うか!」


恥ずかしさを誤魔化すように急いでエプロンを取るリエッセさん。スマホで撮っとけば良かったでござる。テーブルこたつに座わって手を合わせていただきます。


「朝から女性の手料理とは贅沢でござる」


「いいよなあ、こういうの。なあござる、突然なんだけどさ」


「?」


「駆け落ちしねえ?」


ぶほぉっ! まずはお味噌汁…と思って一口飲んだところで爆弾発言。


「げほっ! ごほっ! ちっ、違うところに入っちゃった…! ホント突然でござるね、どうかしたので?」


「ふと、思ったんだよ。毎日こんな風にいられたらなあって。戦姫とかなんとか全部放り出してさ、人知れずどっか山奥で二人きりになって、全部忘れて穏やかに暮らすだけの…」


「吾が輩は構わないでござるよ」


「へっ?」


手を止めて突拍子もないことを言うリエッセさん。吾が輩の意外な答えに意表を突かれたのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。


「何を悩んでるのかは分からないけれど、吾が輩が誰かの逃げ場所になれるのならそれで構わないでござるよ」


「…この野郎、言ってくれるぜ」


止まった手が再び動き出す。


「駆け落ちなんかしなくとも、父上も母上も妹君だって話せば分かってくれるでござる。話にケリが着いたら二人暮らしすればいいですしおすし。いや八人暮らしだけど」


「マジにすんなよ。そんなんだからいつまで経っても童貞なんだよ」


「どどどど童貞じゃないし!」


「ふふっ、くっくっく。ありがとな、吹っ切れたわ」


「どういたしましてでござる」


自分じゃない他人が何を悩んでるのかなんて分からないでござる。年上の人なんてなおさらよく分からないでござる。よく分からないけど解決したようでなにより。


「会社とレイミに連絡入れるか」


「え? このまま出勤じゃなかったでござるか?」


「そのつもりだったけどな。ちょっと用事できたわ」


朝食を食べ終わって、そのまま吾が輩の顔をじっと見つめる。あんまり見つれられると恥ずかしいでござるよ。


「うん、決めた」


「?」





「皇女やめるわ」





「へぇあっ?!」


な、なんですと?! い、いいいいい今なんとおっしゃったでござるかこの人。え、なに? 皇女やめる? なにそれどういうこと?


「実はまだ日本の国籍取ってなかったんだよ。色々コネで誤魔化しててな。良い機会だから皇室抜けて国出るわ」


「アイエエエ?!」


「記者会見よろしく頼むぜ、旦那♪」


ど、どうしよう…?! リエッセさんが吾輩のお嫁さん第一号?!



どうしてこうなったっ! ヘイッ! どうしてこうなったっ! ヘイッ!


「今なんて…」


「皇女やめて日本人になるわ」


アレだ、トモミンが日常パートやっててなんて言うからこうなったでござる。つまり吾輩は悪くねえ! 吾輩は悪くねえ!


「な、なんでまた…」


「お前のそばが落ち着くんだよ」


ヤバいでござる。この人目がマジでござる。冗談でもなくからかっているワケでもない。大真面目でござる。


「ところでよお、お義母さん起きてくるの遅くねえ?」


「お義母さんって字が違うから。母上はいつも遅いからまだ起きてこないでござるよ」


「そっか。じゃあ取り敢えず仕事行ってくるわ」


「へぇ、ああ、はい、行ってらっしゃいでござる…」


食器を流しに片付けて水で浸けて、吾が輩のほっぺに軽くキスをすると手を振って出ていった。超展開に呆気を取られてリビングに一人取り残される吾が輩。


「ああ、食洗機備え付けまでは流石に分からないでござるな」


気が動転して意識が明後日の方を向いている。皇族ってそんな簡単に抜けられるものではないと思うでござるが…、聞き間違い?


「…」


ぼけーっとしながら食洗機に食器を突っ込んで部屋に戻り、シオンさんに電話を掛ける。


「あ、もしもし? シオンさん? 吾が輩吾が輩」


『…なに、こんな深夜に』


「ちょっと聞きたいことがありまして」


『あんた今ロンドンが何時だと思ってんの』

「今ロンドンにいんの? 本当にリエッセさんは自分の国の法律変えて一夫多妻制やるって言ってたんでござるか?」


『無視か。ええ、そうよ。そうすれば女が何人いても丸く収まるだろって前に呑みに行ったときに。っつーか、レイミなんか日本でもやるつもりよ』


「ありがとうございますた。ちなみに下着の色は?」


『淡い緑。そんなの聞いてどうすんのよ』


「ズリネタにするでござ」


プツッ ツーツー


そうか、淡い緑でござるか。えー、あー、うん。


「イッパツ抜いて二度寝するでござる」


二つあるウォークインクローゼットの内、普通に使っている方の奥から3歩下がって床を叩く。するとロックが外れて蓋が床から数センチほど上がる。間違って開けられてしまっても取っ手はないからすぐに踏んで閉めてしまえばバレない。


「オ○ホコレクション用の浅くて幅の大きい床下収納でござる」


ジャージを脱ぎ捨てお気に入りとローションを持って部屋に戻る。


ガシッ ミシミシミシミシ


「おあああ! 頭が割れるでござるうううう!」


「迎えにきたわよ。土日が空いてないなら今からよ」


いつの間にかヘシンしたトモミンが部屋に勝手に入ってきていたでござる。ねえ窓は? ねえねえ窓は? 鍵締めてあるはずなんだけど。


「痛い痛い痛い痛い!」


ガチャ


「ねえタケちゃん今の声な…に…?」


「この人借りますね」


「はあ…。えっ、あれっ? もういない…。今のってロイヤルセブンのファントムちゃん?」


突如現れたトモミンによって吾が輩は拉致されてしまったでござる。頭をアイアンクローされたままオナホとローションを持つパンツ一丁の18歳(童貞)。


「こ、ここは誰? 吾輩はどこ?」


目の前が真っ暗のまま、どこかを移動したような体が浮いた感覚がしたでござる。パッと手を離されると見渡す限り、木・木・木。鬱蒼と生い茂る緑色。


「熱海の山奥、私の実家よ」


「あぁーたぁーみぃー?! ああ、二人で露天風呂にでも入ってしっぽり(意味深)したいてきな」


ぎりぎりぎりぎり!!!!


「グエー! 苦しい苦しい苦しい!!」

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